第78話−カイゼン
モーガン少尉が海軍本部にやって来た。
とはいえ、俺が会う事はない。
なんだかもどかしいが、立場的に仕方がないとも言える……相手は新たに海軍本部に配属されたばかりの新人少尉、こちらは海軍トップの一角である中将。
この状況では、中将がわざわざ足を運んで声を掛けるどころか、赴任の挨拶に来させる事さえ困難だ。そう、例えるなら今の状況は、世界トップクラスの大企業で、中途採用の平社員と執行役員ぐらいの立場の差がある。精々が、この状況下では直属上司となる少佐ぐらいが今会える最高階級クラスだろうし、先だっての指摘の確認にせよ、いちいち気にしていると思われるのもどうか、と思えるし……。
悩ましい。
せめて、大佐クラスならまだ可能性はあったんだが……さすがにそれじゃ手遅れだしな。
ただ、逆に、というかモーガンの件で気付いた事をもっと大元の点で改善する事は今の立場だからこそ可能だ。
そこで、中将以上が参加する会議で、先だっての案件を出してみた。
「……つまり、海軍の認識に問題がある、と?」
「そうですね、これは先日偶々気付いたケースなのですが……」
そう言って、センゴク元帥以下会議参加者の前に先だってのキャプテン・クロの案件を提出する。
「……ふむ、確かに疑念がありすぎるな」
さすが智将の異名を持つセンゴク元帥。早くも気づいたか。
更に言うならば、他の一同も馬鹿じゃない。あくまで日々の忙しさに追われて、こうした細々した事に気付かなかっただけで、ちゃんと目の前に置かれて、『この件に関しておかしな部分があるんですが』と言われた上で読めば、ちゃんと理解出来る頭がある。だからこそ、全員が真剣な顔つきになっている。
このキャプテン・クロのケース自体は海軍本部にしては小さな件だ。被害にあった当事者達、惨殺された海兵らにとっては悪いが。
問題は、これが至る所で日々横行している可能性が高い、という事だ。
1つ見つければ何とやら、というが、こうした件は大概氷山の一角だ。
そう、この件が事実ならば、海賊達が死んだと見せかけて実は生きているといったケースを含め、『海軍が思考を放棄しているせいで、海賊らにまんまと出し抜かれている可能性が多々ある』、という事を示している。
まさか、この報告書を書いた奴が特に馬鹿だった、なんてお気楽に考えれる訳がない。
「確かに、こりゃあ逃げられとるんじゃろうなあ」
「そう〜だねえ〜こんな話は〜他にもあるのか〜い?」
赤犬大将の言葉に賛成した黄猿大将がそう尋ねてきたので、とりあえずざっと部下に探させた、『状況的に疑念のある』と思われる案件をまとめたものを提出する。
これらが提出を命じて即出てきたのはCP改革の産物で、情報分析担当はこうした資料を分類して収納するように命じてあったから、今こうして役に立っている。
「へえ、こんなにあるの」
さすがに青キジ大将も真剣な表情で資料を確認している。
今回提出したのは比較的重要と思われる案件に限っているが、中にはそれこそ、『VIPが被害にあった為、事件の解決をさかされた結果として、一般市民が犯人に仕立て上げられた』、と思われるものさえあった。
「こうした件を今回の議題として出した理由としては……」
1、肝心要の犯罪者を取り逃がしている可能性。
これは今回の件が正にそれだが、実の所クロコダイルのケースも似たようなものだ。
簡単な陽動や引っ掛けにあっさりかかる奴が多すぎる。
その結果として、出動したのに海賊を取り逃がしたり、誤認逮捕したり……しかも後者が最悪だ。この世界、司法が一部例外はあれどもまだまだ真っ当な働きには程遠いせいで、一般市民が捕まったらそれを晴らすような手段がない。
……なんせ、この世界弁護士だの、上告だの制度がないからなあ……場合によっては、逮捕した奴がそのまんま裁判官に、なんて事まで起きている。
2、懸賞金などの虚偽申請
これも分かるだろう。
今回のキャプテン・クロのケースで、モーガンには報奨金が出ている。生き残ったのが彼1人、という事もあり、さすがに仕事の一環であるから本来の懸賞金額よりは下がるが、結構な金になる。まあ、彼の場合は見舞金なんかも上乗せされるんだが。
ただ、今回はともかく、偽装で賞金稼ぎと組んで海賊がやらかそうものなら、1と相まって面倒な事この上ない。
少なくとも、より明確な確認方法の導入は不可欠だろう。
まあ、この2つが特に大きいな。
これ以外にも細々した事は結構あるんだが、成績を誤魔化す為の強権逮捕とか、その辺は個別の件として併記してあるから、よしとしよう。今はあくまで、この件による直接的な影響だ。
「……今回の、モーガン少尉だったか、そいつが関与したっちゅう可能性はあるんかのう?」
「いえ、確認しましたが……彼が発見された当初瀕死の重傷だったのは確か。おそらくは暗示の類を用いられたのではないかと」
「暗示、だと?」
正確には催眠術だが、暗示というものは本人の願望に従えばより効果的にかかる。
まず意識不明瞭な夢の中にあるような状態にする必要があるが、これは大怪我で意識が朦朧としている状態にあれば、特に何かをする必要もあるまい。
次に願望だが、モーガン軍曹(当時)のそれまでの行動を見る限り、正義感の強い真面目な海兵だった。そんな彼がその時、願っていた事は何だったか?それは当然、キャプテン・クロの逮捕だっただろう。仲間達が命を散らし、自分も瀕死。このままでは、仲間が報われない、そんな思いの中、朦朧とする意識に……。
『仲間達が命がけで、キャプテン・クロを捕縛し、海賊を追い払う事に成功した』
と、囁かれたらどうなるだろうか?
そうして、目覚めた時、『キャプテン・クロを名乗る人物が捕らえられた』と聞いたら……暗示自体の作用と相まって、それを信じてしまうだろう。
そんな暗示や催眠術の専門家の言葉を告げた。別に催眠術はジャンゴの専売特許ではなく、海軍やCPにも使える者はいるし、中にはジャンゴを上回る者とている。まあ、これらはより正確には、そうした使い手達の意見を参考意見としてまとめさせたものなんだが。
「ふうん……なまじ正義感が強い真面目な海兵だけに、それを利用されたって所だねえ」
おつるさんが、そう言った。
参考意見と、おつるさんの言葉を聞いて、赤犬大将が体重を椅子に預け直した。……サカズキさん、貴方、もしモーガンが自分から関与してたなんて結論になってたら、燃やしに行く気満々でしたね?
「ふむ……確かに言いたい事は了解した。それで、アスラ中将。この件に対して、どのような対応策を行なうのがいいと思うか?」
センゴク元帥の言葉に一同の視線が、アスラに集中する。
「はい、まず皆さんにご理解頂きたいのは、すぐにどうこう出来るような問題ではない、という事です。根が深い、というだけの問題ではありません。これまでのやり方をガラリと変える必要があり、今までと違った見方をして、ちゃんと状況を考えろ、という事でもあります」
ふむ、と頷く者もいれば、黙って聞いている者もいる。ただ、ガープ中将も含めて理解出来ていない人はいないようだ。
……ガープさんも真面目にやれば、頭悪くないのに。
そう思いながら、アスラは話を続ける。
「この為、この状況を改善するとなると、正直に申し上げて抜本的な対策を行なわざるをえません。現在の海兵らの育成自体の変更に手をつけざるをえませんので……例えば、ストロベリー中将」
「なんだね?」
一番近くにいたストロベリー中将に、アスラが声を掛ける。
「今から、ご自身で育成方法を変える事は可能ですか?具体的には武術や書類処理だけなく、書類の裏事情を読み取ったり、或いは策略を教えたり、とか……それも少数ではなく、ある程度纏まった数の相手に」
「………無理だな」
少数ならば、教える事も可能だろう。
だが、これまで海軍はあまりにもそうした領域をCPなどに任せすぎてきた。結果、脳筋ばかりが増えて、或いは戦闘力を鍛える為の流れは出来ていても、謀略面など頭を働かせる部分が完全に疎かになっている。
まあ、だからといって、謀略面ばかりが重視されたら、今度は元の世界の旧日本軍よろしく、謀略畑の参謀ばかりが幅を効かせて好き勝手という事になりかねないから、そこら辺は注意しないといけないんだが……。
あくまで、謀略面を見抜く力は必要だが、自分から謀略を企む必要はない、という事を徹底する必要がある。
最終的な判断として、海兵育成のプログラムに作戦立案や作戦看破の為の教育を組み込んでいく事になった。
これから、大変だな……まずは教育の内容から考えないと……。
立案者の責任として、『教育総監』に任じられたアスラは深い溜息をついた。まあ、この役職はあくまで『臨時』なのが救いだが。