第79話−出航
「……あの悪ガキどもがもう、なあ……」
「ふふ、時が経つのは早いものじゃ」
アスラとハンコックは、マリンフォードの岸壁にいた。
これから、エースとサボが旅立つ。
ストルツ・フランメ号はガープ中将がフーシャ村に向かうのに同道し、そこからは中将と別れて行動する事になる。
この航海が実質的に当面の兄弟の別れとなる為、ルフィとナミもまた、フーシャ村まではストルツ・フランメ号にて航海を行なう事になっている。尚、ルフィは正式に海軍の一員となった為、とりあえず軍曹の階級が与えられている。とはいえ、ルフィの実力ならばすぐにもっと上へ上がってくるだろう、と予想されているのだが。
当面は、ガープ自身に任されている。危ぶむ声もあったのだが、センゴク元帥の『なら、小さなガープとでも言うあいつが問題を起こさないよう抑える自信があるのか?』と聞かれると、誰もが目を逸らした。
無論、これとは別にセンゴク元帥はガープだけを呼んで、密かに話をしている。
何しろ、ルフィの熱血な正義感とでも言うべきものと、その正義感故に革命の道へと進んだドラゴンという例がある。だからこそ、センゴクも、それ故に道を誤らないよう心配していたのだ。特に、下手に天竜人の、彼らの言う所の下々民に対する行動を見たら、ぶち切れかねない。
だからこそ、ガープの手元に置いて、ある程度仕込むよう伝えていたのだ。
アスラの元に置くという事も考えたが、アスラは何しろ書類に追われている時間が多く、ルフィに細々と目を向けていられない。
ガープもその辺りは理解しているから、口ではセンゴク元帥に対して軽口を叩いていたものの、目は真剣だった。
さて、話を戻して、今回はサンダーソニアとマリーゴールドもガープ中将の船に同道する。
彼女らも一応海軍所属となったというのもあるが、それ以上に『偶にはアスラとハンコックに夫婦水入らずで過ごさせてやろう』という事に家族一同が賛成したからだ。
何しろ、これまでアスラの家には本来の家族とは別に、エースとサボ、ルフィ、ナミ、それにサンダーソニアとマリーゴールドがいて、ガープとサカズキもちょくちょく当たり前のように来訪していた。
したがって、本当の意味で夫婦水入らず、というのは長い事なかったのだ。
まあ、広い家だから、特に問題なかったのだが……やはり、そこは気分の問題だ。
サカズキ大将もこれに合わせて、久方ぶりの航海に出るので、家に残るのはアスラとハンコック、エスメラルダにカルラ、後はアリスだけになる。
本当は、アスラとしてもエースとサボの処女航海にはついていきたかったのだが、それをやると、今度はハンコックと一緒にいる時間がなくなるので、諦めたのだった。
したがって、エースとサボとは、アスラはここでお別れになる。
「それじゃあな、2人ともエスメラルダとカルラの妹か弟作ってやれよ」
「真面目な顔で朝から何言ってんのよ、あんたは!」
きりっと真面目な顔でいきなりそんな事を言うエースに、ナミが思い切り突っ込んでいた。
まあ、確かに朝っぱら言う事ではあるまい。まあ、ハンコックは顔を真っ赤に染め、両手を頬に当てて、「そんな、いや、でもアスラが望むなら」と呟きながら、まるでいやんいやんと言わんばかりに首を振っていたのだが。
そんな中、アスラはサボの元へと歩み寄った。
エースが六式をはじめとする、格闘戦闘を鍛えたのに対して、サボは武器を用いた戦闘を鍛えた。この為、モモンガ中将や、ぶらりとやって来たジュラキュール・ミホークにまで鍛えてもらい、今では相当な腕前を持っている。少なくとも、そこらの海賊如きにはまず負けはしまい。
「サボ、お前刀はどうするんだ?」
「ん?ああ、どっかの島に寄った時に買おうと思ってるよ」
サボが現在腰に挿しているのは、海軍支給の無銘の刀だ。
頑丈だが、特徴はない。
まあ、長らく使ってきた愛刀ではあるが、所詮元々は訓練用に支給された数打ちの一本だ。真の名刀には程遠く、本物と刃を合わせれば腕が互角でも簡単にへし折れるだろう。
「だと思ったよ。ほら、餞別だ、持って行け」
苦笑を浮かべ、アスラはコートの陰になっていた手に持っていた一本の刀をサボへと差し出した。
「これは……?」
受け取ったサボは刀を抜き、息を呑んだ。
刀は黒刀。
刃文は乱刃丁子乱れ。
吸い込まれるような正に名刀だった。
「大業物、美髯切長船だ。持って行け」
さすがにこんなものは貰えないサボは慌てる。
それは当然だろう。大業物は僅か21刀工。
一本辺りの価格は優に1000万ベリーを超える。餞別には確かに高すぎる代物だろう。
「気にするな。そいつはミホークからの餞別だからな」
「……え?」
短い期間ではあったが、紛れもなく師匠の1人であった世界一の大剣豪の名を言われ、呆気に取られるサボだった。
「あいつが持っていた刀の一本を餞別にと寄越してくれたんだ。有難く貰っとけ」
「……でも」
俺には、まだこの刀は重過ぎる、とサボは語る。
当然かもしれない、世に名だたる剣豪が、この刀一振りを手にするのにどれだけ苦労している事だろう。そうして、それでも手にする事の出来ない者の何と多い事か。
「あと、ミホークから伝言だ」
「……師匠から?」
「『刀に負けるか、それとも刀に勝るか。後はお前次第だ』、だそうだ」
「…………」
じっとサボは手元の刀を見詰める。
刀の名に負け、その刀を持つに値しない男で終わるか、それとも……。
「……分かった。答えはこれから俺の行動で示してみせる、って師匠に伝えておいてくれ」
「分かったと言いたいが……俺だと何時になるか分からんがな」
違いない、とサボと2人して笑みを交わす。
こうした些細な事も、これで当面終わりとなるかと思うとなんとも寂しくもある。
エースには、こうした贈り物はないが、これはさすがに得物があるかないかの違いだし、さすがにアスラとて、悪魔の実を手配する事は出来なかった。
エースがメラメラの実をこの世界でも食うかどうかは分からないが……それは縁があれば、食う事になるだろう、と思っている。
「お、サボ、いいもん貰ったな?」
「おお〜立派な刀だな!」
「あら、結構綺麗な刀ね?幾等ぐらいするのかしら」
エース達も寄ってきて口々に言うが、欲しいと言わないのはエースとルフィは素手格闘戦を鍛えてきたし、ナミは嘗ての経験から少々金に煩い所はあるが、金の亡者という程ではないからだろう。
「ようし、そろそろ出航するぞい!」
準備が整ったのだろう、ガープ中将が声を掛けてきた。
小型船であるストルツ・フランメ号と違い、大型戦艦であるガープの旗艦はさすがにそれなりに出航に時間がかかったのだが、それもようやく終わったようだ。
「元気でや(れよ/るんじゃぞ)!」
「がんばってねー」
「がんばれー」
「みゃう!」
アスラ一家が見送る中、遂にエース達は出航していった。
これから、彼らは共に旅をする仲間を探しつつ、旅を続けていく事になる。
無論、早々に予定外の事態でくじけてしまう事もあるかもしれないし、名を馳せる事になるかもしれない。原作とは大幅に変わってしまったこの世界で、果たしてどのような冒険を彼らが繰り広げていくのかは、アスラにも分からなかった。