第80話−ココヤシ村
「もうじき、ココヤシ村だな」
ガープ中将の戦艦と共に航海してきたからだろう、さすがに妨害に突っ込んでくるような奴はいなかった。
まあ、普通の海賊はわざわざ海軍の戦艦と好き好んで遣り合おうと思う奴はいない。
海賊が船を襲うのは、あくまで積荷を狙っての事だ。海軍の戦艦など貴重品などろくに積んでいる訳がないし、僅かな護衛が乗っているのが精々の商船と違って、乗っているのは全員が鍛えられた海兵だ。
早い話が、労多くして、益少ない。そんなもん、襲いたくないに決まっている。
ましてや、海軍本部中将の座乗を示す旗があがっていれば、普通は逃げる。
かくして、今回の航海は至極穏やかなものだった。
もっとも、彼らが東の海に来る時は、まず騒乱など起きた試しがない。今回はガープと一緒だったが、普段はアスラと一緒。海軍本部中将が一緒という意味合いでは同じだったからだ。
お陰で、ストルツ・フランメ号の処女航海としては、操舵などに慣れるという意味合いでも快適だった。
嵐などにも遭遇したが、そこは世界最高の船大工の1人であるトムさんが自ら設計図を引き、建造に携わった船。小型でもグランドラインの嵐にもびくともせずに乗り切った。
そうして、東の海へと入り、彼らがまず目指したのはココヤシ村。
今回はアスラ一家を除く皆が乗っている。
折角、ナミもいるのだから、フーシャ村へ直行するよりは、とナミの故郷へも寄る事にしたのだ。
同時に、ここまでの航海で、幾つか問題点が明らかになってもいた。
船は問題ない。確かに素晴らしい船だ。
ただ、やはり、2人では厳しい。確かにこの船は2人でも何とか動かせるが、最低でも操舵には1人が必要だ。当たり前だが。
そして、帆で動く船である以上、何かあった時にはもう片方が帆を畳んだり、逆に展開したり、ロープワークが必要になったりと走り回る事になる。
そうしながら、海図と睨めっこしてコースを算出し、食事を作らなければならない。
舵の固定は可能にせよ、大海賊時代のこの時代だ、緊急時に備えて、常にどちらかが起きている必要がある。今は海軍の戦艦が傍にいるから大丈夫だが、エースとサボの2人でとなれば、現実には昼に動き、夜は適当な島の沖合いにでも停泊して、というのが妥当だろう。
「やっぱ、もう少し人手を増やす必要があるなあ」
眉間に皺を寄せて言ったのはサボだ。
「「大丈夫大丈夫、何とかなるって」」
「あんたらはお気楽すぎんのよ!」
エースとルフィが口を揃えて笑いながら言うが、ナミがそれを怒鳴りつける。
まあ、この子供達は大体こんな感じだ。
常に前向き、超ポジティブなエースとルフィに、真面目なサボとナミが突っ込み役となりやすい。ちなみに、エスメラルダは真面目派だが、ナミよりはサボ側で、丁寧に懇々と言い聞かせる形での説教になる。カルラはまだよく分かっていないようで、エスメラルダの真似をしてはしゃいでいる、といった所か。
「でも、まあ、確かにもう少し人手が欲しいな。俺らじゃ料理のレパートリーも限られてるって分かったし」
試しに作ってみた。
確かにまともに食えるものが出来た。味もまず問題なかったが、問題が発生した。サボが今言った通り、料理のレパートリーが少ない為に一週間もすれば、同じ料理が卓上に並ぶのだ。
更に、病気の治療法に関しても未熟だった。
「出来れば、医者、コック。後は航海術が出来る奴が2人ぐらいは欲しいよなあ」
それぐらいいないと、夜の航海なんて真似も出来ない。
今はまだ、いい。
しかし、4人でもそれなりに支障が出ているのだ。これから長期間の航海をしていくと考えるとなんとも心もとなかった。
しかも、仮にも賞金稼ぎの船だ。ある程度なりに戦闘能力がないと、あっという間に鬼籍に入る事になるだろう。そうした悩みを抱えつつも、彼らはココヤシ村へと到着した。
「みんなー!ただいまー!」
ナミが島に着くと、手を振って駆け出していく。その姿は年相応の少女のものだ。
あれから、島民らとは文通をしながら連絡を取り、互いの気持ちも数年の月日が落ち着きを取り戻してくれた。今では、解放直後の互いの複雑な気持ちから来ていた微妙な距離も解消されている。
とはいえ、やはり、親しい人と顔見知りとでは対応も変わる訳で、ナミが一番に飛び込んで行ったのは、ベルメールが亡くなった今、父親のような存在であるゲンさんだった。
ノジコは島中央付近の家にいたはずだから、少し遅れてやって来るだろう。
「ゲンさん、ただいまー!」
「おお!大きくなったなあ」
飛び込んできたナミをゲンさんは受け止める。
ゲンさん自身は全身の傷もあいまって強面に見えるが、その中身は優しい。だからこそ、島民にも慕われている。
久方ぶりに会えたゲンさん相手に最近の話をしていると、ノジコが駆けてくるのが見えた。
ノジコもまた、手を振るナミに気付いたのだろう、手を振りながら、彼女もまた駆けてきて、互いに抱き合う。
幸いというか、海軍に行った後早々に手紙が届いていたから、アスラ中将が言った通り、海軍への奉仕活動それもナミがやりたかった事を学ぶという環境で楽しく仕事を学んでいると知り、ほっとしたものだったが、何しろグランドラインの海軍本部だ。なかなか里帰りする事も出来ない。
こうして会うのも久しぶりだ。
だからこそ、互いに積もる話も多い。特に、変わり映えしない田舎のココヤシ村と違い、海軍本部マリンフォードは刺激的だ。話す事も多々ある。
そうした積もる話が一段落ついた所で、ノジコがふと他3人を見ながら、ナミに囁いた。
「でさ、ナミ。あんたの本命って誰?」
ピクリ、とゲンさんの耳が動いた、ような気がした。
「いないわよ!」
「そっかあ。……で、本当の所は?」
あくまでエース、サボ、ルフィの3人の誰かが本命なのだろう、と囁くノジコ。
それを否定するナミに、娘を取られる父のような気持ちとでもいうのか、ノジコが何か言う度に体が揺れるゲンさん、という構図がしばらく繰り広げられる事になった。
「はっ!まさか、あの時助けてくれた海軍中将とか!?」
「アスラは奥さんも子供もいるわよ!」
そんな会話を交わしながら、何時しか2人は笑っていた。
そんな光景を見ながら、ゲンさんは厳つい顔を崩しはしないが、心の内ではほっとするものがある。
思えば、結局短い期間で終わったとはいえ、あのアーロンの占領はこの2人にも重い陰を落とした。
母と慕ったベルメールを殺され、ナミは彼女なりに出来る事をと思い悩んだ末、事情があったとはいえ、アーロン一味に入った。無論、ノジコはそれでもナミを信じていたが、やはりそんな環境で互いに笑いあうなど不可能だった。
それが今、こうして笑いあえている。
それがゲンさんには何より嬉しかった。きっと天国のベルメールも笑顔で、この光景を見ているだろうと信じて……。
(だが、まだ男にやるには早すぎる!)
と、これだけは完全に過保護な男親の思考で、じろりとエースらを睨むゲンさんだった。
……ちなみに、睨まれた3人はと言うと、実力ではゲンさんをはるかに上回る3人ながら、何故かその視線に背中がゾクリと来るのをさけられなかったのは、これも父は強いという事になるのだろうか?
そうして、数日の滞在の後、再び彼らは旅立って行った。