第81話−再会と語らい
ココヤシ村を旅立ち、一同はゴア王国フーシャ村へと到着した。
フーシャ村はルフィの生まれ故郷だが、主にガープの事が原因で、間もなくマリンフォードへとルフィも移った。
だが、それ以降も極力1年に1度はフーシャ村へと訪れる事にしていた為、結果としてエースやサボにとっても、もう1つの故郷とでも呼ぶべき感覚がある。まあ、サボにとってはゴア王国は実際故郷な訳だが。
ゴア王国首都へはガープは立ち寄る予定はない。
元々、ガープにとっては、フーシャ村は故郷だ。村長とは、もう親子三代に渡る付き合いが続いている。逆に言えば、アスラのようにゴア王国に立ち寄るのにも理由が必要な立場ではなく、里帰りの一言でゴア王国へも理屈がつく。
まあ、アスラの場合は本部中将以外にも色々と厄介な肩書きがあり、一方ガープはとにかくフリーダムなのも原因な訳だが。
まあ、とりあえず親しい人間が多いという事だ。
だから、あちらではエースとサボが村の若い面々と遂に航海に出る事を決めた事を話して、贈り物として貰った船を見せ、羨ましがられている。
かと思うと、ルフィが未だ新品の海兵服をマキノや村長に見せて、話し込んでいる。
あちらでは、ナミが村の女の子らと話をして、マリンフォードなどで仕入れた品をお土産に渡したり、かと思えばガープが昔馴染みの面々と話に花を咲かせていた。
その中で、サボは何かしら追加のクルーになりそうな情報を集めていた。
無論、この村の人間を連れて行く予定はない。
彼らは皆、普通の村人であり、農民であり、商人であり、猟師であり、漁師だ。それぞれに異なる道はあれど、戦い、という道とは縁遠い、平穏な生活を送っている人達に他ならない。そんな彼らを巻き込む予定はサボにもない。
ただ、情報を集めるという行動を行なえば、それは間違いなく、見えないものよりも見えるものの方が多くなる。CP長官の立場にあるアスラが僅かな休暇の折に教えてくれた事だが、知る、という事は選択肢を増やす事だ。
無論、情報の多さに溺れる事は論外だが、情報を集めなければ、それだけ間違った選択を行なう可能性は増えるし、或いはより良い選択があったのに、知らないままに終わるかもしれない。
まあ、大抵は役にも立たないクズ情報なのだが、そんな中に海上レストランというものが開かれているという話を聞く事が出来た。
どんなものかは話してくれた商人も知らず、ただそういうものが出来たらしいという事だけなのだが、それはそれで興味を惹かれる。何しろ、この航海の間、結局ナミや隣の戦艦のコックに頼んで料理を作ってもらっていたのが実情だからだ。
刺身と煮込みと塩焼き、茹でに揚げと干したもの。この繰り返しには、お互いのレパートリーのなさに笑うしかなかった。まあ、この辺はアスラとて似たようなものなのだが、彼の場合は家では料理上手な奥さんが、船では専門のコックがいるので問題はない。
後で、エースに話してみるか、とサボは脳裏に書き込んだ。
【SIDE:ガープ】
夜のフーシャ村の郊外。
そこにガープは佇んでいた。
殆どの人間は既に寝静まっている時間だ。さすがに、ガープの戦艦は交代での見張りが立っているが、緊急時に対応する為に彼らが船から降りる事はない。
一方、この位置は船からは完全に死角。
山賊が来る程山に近くもなく、村から散歩で来る程近くもない。そんな場所だった。
海軍のコートも纏わず、制服も纏わず、アロハシャツとでも言うべき服装なガープはただ腕組みをして、海を睨んでいた。
どれだけ経っただろうか。
短いような気もしたし、長いような気もしたが、ふと風が吹いた。
ガープは視線も向けようとしなかったが、何時の間にか、ガープに並ぶようにして1人の男が立っていた。
「久しぶりだな、親父」
「お前も元気そうじゃな、ドラゴン」
視線を互いに交わす事もなく、2人はそれでも声を交わした。
そう、彼の名はモンキー・D・ドラゴン。ルフィの父であり、ガープの息子。そして、現在は革命家として高額の賞金首でもある。
本来ならば例え息子であっても、いや息子だからこそ捕らえねばならないのだが、ガープが今の服装をしているのは自身が今は海軍の一員としてここにいる訳ではない、という事を示す意味合いもあった。
「ルフィには会ったのか」
「いや。あいつは海兵になる道を選んだ。まあ、それもいい。男が自分で選んだ道だ。だが、それだけに革命家の父親が、今あいつの前に姿を現すのは良くないだろう。遠目に見るぐらいはしたがね」
ドラゴンも、この父には悪い事をした、と思っていない訳ではない。
確かに無茶苦茶な父だったが、嫌いではなかった。
どうしても今の世界が許せず、革命家という道を選んだドラゴンだったが、今ではガープの選んだ道の意味も分かる。
ガープが海軍に入る道を選んだ時代、世界には革命軍などというものはなく、海賊も今程蔓延っていた訳ではなかったが、それだけに海賊達は凶悪で、凄腕だった。
今は大海賊時代と言われてはいるが、それは単純に憧れだけで海へと漕ぎ出した、海賊という犯罪者となる事を理解して海へと出た訳ではない連中も多々含んでいる。彼らが海賊を名乗っているのは、海賊王ゴールド・ロジャーへの憧れだけで、戦い方さえ知らない素人海賊団などという嘗てなら信じられないような者までいる。
無論、海へと多数が出た為にダイヤがその中から出てくる可能性も高まったが、現在の大海賊時代を一言で言えば『粗製濫造』、これが相応しい。
だが、当時。
フーシャ村を出て、海軍へと入ったガープはきっと凶悪な海賊達に泣かされる人々も大勢見た筈だ。
世界政府への不満よりも、天竜人への怒りよりも、そんなものを抱いている余裕などない時代だったかもしれない。
無論、だからといって自分の道が間違っているとも思っていない。
長すぎたのかもしれない。
或いは最初から何か狂っていたのかもしれない。
1つだけ言える事は、世界政府も天竜人も海賊も今の世界は平穏に暮らす人々にとっては大差ない存在だという事だ。
海軍もまた、真剣に正義を胸に抱いて励む者がいる一方で、自らの欲に負け、人々を苦しめる者もまたいる。
いずれにせよ、世界は変わらねばならない。そして、今度はほんの僅かな、一握りの人々が全てを握る世界ではあってはならない。ドラゴンはそう信じている。
「早いものじゃな。お前が今の道へと踏み込んだ時は、革命という存在がこれ程世界にとって大きなものとなるとは思わなんだ」
「それは当然だ、親父。それだけ世界は、人々は今の世界の有り様に疑問を抱いているんだ。不満と言い換えてもいいかもしれんがね」
ふん、とドラゴンの言葉を鼻で笑う。
「小さな火はあるじゃろうな。だが、それを焚き付けて、大火にしとるのは間違いなくお前達、革命軍じゃ」
「それは否定せんよ。けれど、今のままでは駄目だという思いだけは間違いないと信じている」
その言葉に一瞬黙り込んで、ガープは言った。
「だから、ゴア王国にも革命を起こすか」
「………この国が限界なのは親父にも分かっている筈だ」
ドラゴンは否定はしなかった。
そして、ガープもまた否定しなかった。
サボが涙と共に叫んだ言葉から何年が過ぎただろう。子供にさえ、『貴族に生まれた事が恥ずかしい』と言わしめたゴア王国は軋みを上げて倒れようとしていた。
嘗ては今程の歪みはなかった。
だが、何時しか、無論煽る者達がいたのも確かだっただろうが、王と貴族、そしてそれ以外との関係は崩壊しつつあった。貴族とて気付く者もいたが、それは大抵の場合、軍による威圧に終わった。
……その軍隊でさえ、大半を占めるのは、それ以外に属する一般人である事を忘れて。
一旦崩壊が始まれば、それは王と貴族が気付かぬ内に、軍の大部分さえ取り込んでゴア王国に業火を燃え上がらせようとしていた。ドラゴンが今日この日にここにいるのは、無論ガープが図ったのもあるが、ドラゴンの事情もある。
「……ルフィに父親を討たせるような事にはさせるなよ」
「今更だな。それを言ってしまえば、俺と親父もそうだ」
それ以上は互いに語らなかった。
そのまま互いに1度も視線を交わす事なく、親子は互いに背を向けるとその場から立ち去った。
この3日後、エースとサボが旅立つのに合わせて、ガープの戦艦も出航。
ゴア王国が倒れたのは、更にその2週間後の事だった。