第82話−デビュー戦
激しい音がして、刀に重いものが叩きつけられる音がした。
この時ばかりは、サボは自分の新たな愛刀が黒刀である事に心から感謝した。もし、これが以前の数打ちの刀であれば当に折れていたであろうし、黒刀でない名刀であれば折れずとも、下手をすれば曲がっていたかもしれないからだ。
エースとサボは初めての賞金稼ぎを行なっていた。
ガープと別れ、航海に出て数日。
小型船と見て、海賊船の方からやって来た。
ストルツ・フランメ号の性能ならば余裕で振り切る事も可能だったが、それではこれからの仕事にならない。旗を確認すれば、相手の海賊は懸賞金額350万ベリー、『鎧猿』のアルボリ。
自分達の初仕事としては物足りないが、ここから俺達の物語が始まるんだ!とばかりに寄ってきた所に逆に襲撃をかけた。
……その結果がこの有様だ、と思う。
実力から言えば、彼らは自分達より遥かに弱かった。
一撃で吹き飛ばされ、斬られ、自分達は順調に相手を倒していたはず、だった。
だが、そこからが違った。
彼らは倒されても倒されても、立ち向かってきた。
血を流しながら、懸命に足にしがみつき、両腕をへし折られても歯で噛み付き、腹を刺されてもそのまま武器を掴んできた。
「くそ……放せ!」
体にしがみついてきた連中を振り解こうとしたサボはふと目の前の光景に気付いて、目を疑った。そこには大砲が自分に向けられていたからだ。慌てて、仲間ごと撃つ気か、と叫び、しがみついている連中には死ぬ気かと叫んだが、意地でも離れるものかと更に抱きつき、大砲を操作していた連中は容赦なく発砲した。
『鉄塊・剛!』
最強の鉄塊でかろうじて防ぐが、さすがに衝撃まではこの状況では防ぎきれず、吹き飛ばされる。
幸い、それで大怪我を負った連中も引き剥がせたので、起き上がりつつ、エースの方を見れば、あちらも船長を相手に苦戦していた。どう見ても、エースが苦戦するような相手ではないのにも関わらず、だ。
(アスラが東の海から始めろ、って言った意味が分かったような気がする……)
人を初めて殺す、という事の衝撃も、そんな衝撃に浸っている余裕すら与えられなかった。
彼らは弱い。自分達がこれまで相手をしてきてもらった人達に比べるべくもない。
エースとサボは気付く余裕もなかったが、これは彼らが逆に乗り込んだ際、『賞金稼ぎだ!』と名乗った事もあった。
賞金がかけられているような海賊というのは、裏を返せば何らかの犯罪を行なった海賊達である。
そして、この時代。
大海賊時代と呼ばれる程に巷に海賊が溢れているような状況では、海軍も一罰百戒とばかりに厳罰主義で望んでいた。
何が言いたいかというと、実際に犯罪を犯した海賊の一味など、よくて長期の刑務所という名の緩慢なる死刑。悪ければ、即効で死刑が待っていた。
これが同じ海賊ならまた反応も変わっていただろう。
海賊相手ならば、逆にここまで抵抗する方が馬鹿馬鹿しい。何故なら、同じ海賊ならば敵わないと悟ったらさっさと降伏した方が殺されずに済む可能性が高いからだ。
確かに溜め込んだ財宝や食料を奪われる可能性はあるが、最悪でも殺される可能性が高いのは船長ぐらい。場合によっては、相手の配下になってしまうという手もある。だから、同じ海賊相手ならばここまで抵抗せず、さっさと船長なりが敗れた時点で降伏する事も多いが、逆に海軍や賞金稼ぎでは話が異なる。
『どうせ、捕まったら助からない』
そう言い切れるだけの悪事を実は、『鎧猿』一味はやって来ていた。
その割に懸賞金額が低いのは、仕事をした時は極力皆殺しにして、証拠を残さずやって来たからだ。
しかし、証拠が薄いからといって、疑われている可能性は高い。となれば、捕まれば死刑となる可能性も高いだろう……そこへ賞金稼ぎがやって来た。
かくして、彼らは自分達が生き残る為に、或いは仲間を生き残らせる為に命を賭けた戦いを繰り広げているという訳だ。
そんな事情はエースもサボも分からない。
だが1つだけ分かった事がある。
これまでやって来たのは所詮試合だったという事だ。
海軍元帥が、大将が、中将が相手してくれた。時には王下七武海が相手をしてくれた事もあったし、海軍の将官佐官、それもマリンフォードの本部所属の面々が相手をしてくれた。
ただ、エースやサボが強くなった時、一手入れた時、怪我をしないように素直に負けを認めていた。
如何に激しくとも訓練と実戦は違う。
如何に相手が弱くとも、命を賭けて挑んできた時、人は想像以上の強さを発揮する事がある。
それが今、彼らが体験している事実だった。
この戦いは激しく、けれど、実力差故に、短時間で終わった。
如何に必死に戦おうとも、海軍本部で幼少時より一流の面々に鍛えられた者と、穏やかな海で弱い者から搾取していた者達とでは根本的に差がありすぎた。
……もっとも、勝者の2人が果たして勝った気になれたか、といえば、そんな気分にはなれなかった。
周囲には血の海が広がり、海賊船に他に生きている者は誰もいなかった。
「………なあ」
「なんだよ」
しばらく座り込んでいたエースがやっと、という声でサボに話しかけた。
「これが……本当の殺し合いなんだな」
「……そうだな。アスラが東の海から始めろって言った意味がやっと分かった」
それからしばらくは彼らは動けなかった。
ただ1つ分かっているのは。
こうした事は、これからもありうるという事実のみ。
そして、アスラもガープもこうした現実を乗り越えてきた、という事だけだった。