第83話−決意
まず結論から言うと、エースとサボは賞金を受け取れた。
賞金がかかっている船長は当然持ち帰ったが、幾つも初めてならではのややこしい事態が発生してしまった。
まず、当然起きる問題だが、遺体の保存だ。
船には機能を追求されていて、小さいながらも遺体の保管庫に相当する倉庫というか安置場所まで『賞金稼ぎ』として使用すると分かっていたからだろう、きちんと設けてあったのは幸いだった。これに関しては、エースもサボもいざ『どこに置く?』となった時、困り、簡単な船の解説をひっくり返して、安置所を発見した時安堵の溜息をついたものだった。
そりゃあ、誰だって自分が寝る船室に遺体と一緒にいたくない。
かといって、倉庫に置くのはそれはそれで、食料と一緒に遺体が置いてあるのかと思うと何とも不気味な気持ちがする。自分達が殺した相手だとなれば、尚更だ。
次に困ったのが船の処置だった。
自分達の船ではない。海賊船だ。
自分達が乗っているのより更に大きな船であり、曳行など不可能だ。
かといって、まさか死体だらけの船をこのまま放置、という訳にもいかない。
最終的には遺体を船内に押し込んだ上で、船に穴を開けて沈めるに至ったが、遺体を担いで船から漏れ出さないよう押し込む作業も、船が沈むのを見ているのも気持ちのいいものではなかった。
気持ちのいい船乗りがいたら、むしろ精神面を気にした方がいいだろうが。
最後に、自分達の船だ。
今回は良かったものの、自分達の船に戻った時、冷や汗が流れた。原因は船と船の固定に関する部分だ。
今回は持ち堪えたものの、即効で乗り込んだ為に簡単にしか固定されていなかった双方の船の接点は舷側は傷だらけになっていたし、固定していた筈のロープは船に挟まれて結構危ない状態。引っ掛けた鉤爪は外れかけていた。
もし、鉤爪かロープのどちらかが持ち堪えられなかったら……その時は船は流れ出していた筈だった。そうして、あんな戦況と心理状況ではそれに気付く余裕などあるはずもなく、きっと船を失っていただろう。
それらをようやっと全部片付け、証拠となる海賊旗と賞金首の遺体を引き渡し、ここでまた確認に騒動が起きた。
これが本当に、賞金首の遺体なのか、似せた死体を持ってきただけではないのか、という確認からエース達への聞き取り調査まで様々だった。
この辺は、実はアスラの改革のせいでもあり、供述に矛盾点がないか、本物なのかの確認が必要になっていたからだ。
それもやっと終わり、賞金を受け取り、海軍支部のある町の港に停泊させたストルツ・フランメ号の上で、エースとサボはぼんやりと夜の町を眺めていた。
「……なあ、サボ」
「……なんだよ、エース」
幸い、2人とも怪我などは特に大きなものはなかった。
何しろ、確かに必死であったが、攻撃力という面では彼らの攻撃力は大して高くはなかったからだ。というか、単純にエースやサボの基準となる攻撃が規格外だったとも言う。
そりゃあそうだろう。人一人を一撃で殴り殺せると威張っているような相手に対して、これまでエースやサボが見てきた、相手してもらってきたのは、一撃で大型船が轟沈するレベルが当たり前だ。必然的にエースもサボも人体を殴って壊せる程度の攻撃力なら対処のしようは幾等でもあるし、万が一まともに喰らっても耐える自信はある。
とはいえ。
「……お前は大丈夫か?」
「……そういうお前こそ」
精神的なものはまた別だ。
あの時は必死だった。
攻撃が通用する、しないの問題ではない。初めて目の当たりにした、命を賭けて立ち向かってくる相手。
これまで気圧される事はあった。だが、それは言うなれば闘気だった。『お前を殺す』、そんな意志を込めた殺意をエースもサボも1度は経験している。
アスラが頼み、エースはサカズキ大将から、サボはミホークからそれぞれに浴びせられた事がある。あの時は気付けば腰が抜けて、地面にへたり込んでいた。きっと、あの時のあれがなければ、今回の戦いでもっと自分達は硬直し、怪我を負っていたかもしれない。
そして、人を斬る、殴り殺す感触。
終われば、あの時の感触が手に蘇ってくる。
互いに語ってこそいないが、2人が2人とも夜に1度ならず、あの時の事を、必死の形相で襲い掛かってくる相手を、倒しても峰打ちで打ち倒しても幾度でも立ち向かってくる相手に遂に殺してしまった時を。その時の相手の形相と感触、そして断末魔の悲鳴と至近距離で見た命を失う者が浮かべる顔とを……夢に見て飛び起きる事がある。
互いに自分が悲鳴を上げていたであろう事も、それを同じ船にいて相棒が気付いていないとも思っていない。だからこそ、互いに気遣う会話を交わした訳だから。
「……あれが、戦い、か」
「ああ、試合じゃなく、自分が相手が互いを殺そうとする戦い、なんだな」
ふう、と揃って溜息をついた。
あれが例外なのだと、2人も思ってはいない。冷静に考えてみれば、海賊が自分を捕らえに来た海軍だの賞金稼ぎ相手に必死に戦うのは当然だし、無力化だけですむはずがない。たとえ、その場は無力化出来ても、隙あらば暴れようとするだろうし、逃げようともする。そして、現状の自分達だけではそれに対処しきれるとも思えない。……純粋に人手が足りないからだ。
そうなると答えは1つだけだ。殺さねばならないのだろう、これからも。
「……何時か慣れちまうのかな」
「慣れたいとも思わないけど、なっちまうんだろうな」
アスラやガープの事を思い出す。
海軍の将官ともなれば、誰もが相手を殺した経験がある。そして、彼らは幼少時に初めて見せられた海賊の末路の光景でアスラやガープが相手を殺したのを目の当たりにしている。
あれが、慣れた姿なのだろうか?そして、何時か自分達もああなろうのだろうか?
肉を切り裂く感触を、肉を叩き潰す感触を、これから幾度経験すれば、ああなるのだろうか?
そもそも、死刑となるのを分かっていて、生きたまま引き渡すのは、単なる逃げではないのか?
考えれば、考える程エースとサボには分からなくなる。
ただ、1つだけ確実なのは、今更引けない、という事だ。今から『やっぱりやめる』と言って、いきなりマリンフォードに戻る事も出来まい。というか、やったらさすがに恥ずかしい。
「覚悟決めるしかないな」
「……ああ」
結局、彼らに出来るのは、前に進む事、それを改めて決意する事でしかない。
ある意味、この日から賞金稼ぎとしての、彼らの道は本当の意味で始まったのかもしれない。
慣れる事は仕方がない。
慣れなければ、心が壊れる。
だが、決して、楽しむ事だけはしないようにしよう。2人はそう誓う事になる。
そうして、そんなある日、彼らは『それ』と出会う事になる。