第84話−二重の出会い
「……なあ、これって」
「ああ……」
エースとサボ、2人はあれから幾つかの海賊団を倒す事に成功していた。
ある海賊団は『自分達はまだ悪事をしていない』と哀れっぽく泣きついてきた事があった。事実、懸賞金額がかかっていなかった事と、2人にこてんぱんにやられた事から、海賊旗没収と村へ戻る事を条件に解放してやった事があった。
ある海賊団は自信満々に2人に襲いかかってきて、返り討ちにされた。
ある海賊団は普通に脅してきて、最後の1人まで戦って全滅した。
1つだけ彼らに共通している事があったとしたら、素人海賊団以外の、本物の海賊達は命がけで戦ったという事だった。賞金稼ぎである2人と戦い、そして生き残った者など誰もいなかった。
そうして、ある日の事。
倒した海賊が詰め込んでいた宝物をとりあえず、2人は整理していた。
こうした宝物こそがある意味、賞金稼ぎにとって大きいと言える。
別にネコババする気はない。ただ、襲われた場所が分かっていればいいのだが、分からないものや全滅してしまったものもあるし、何より何も礼もなしに、という訳にもいかない。結果、こうした宝物は1割が正式に賞金稼ぎらの物になるし、何か特別なものがあれば、望めばまあ、よほど大切にされていた物や遺品とかでもない限りは大体手に入れる事が出来た。
死体が転がる中、物を漁るという行為に何も感じない訳ではないが、これも仕事の1つと割り切るしかないのが実状だった。……何しろ、何があるのかしっかり把握しておかないと、誤魔化される危険があるからだ。下手に腐敗した海兵が担当でもしようものなら、気付けば大半は何処かに隠されて、僅かな現金だけが渡される、という事さえある。アスラ中将による改革が進みつつあるとはいえ、そうすぐに全部変われば苦労はしない。それにこうした連中は対応策が取られれば、それに対応してまた新しい方法を考えるイタチゴッコが起きるものだからだ。
したがって、簡単でも良いので目録を作って、それに担当する海兵のサインを貰わないといけない。
それだけにこんなごちゃごちゃに適当に突っ込んであるようなのは厄介だ。
「……ん?なんか、がっちり鍵かかってんな……よっと、って?おーい、サボ…」
「どうした?エース……って?」
2人が見詰める視線の先には唐草模様の実が1つ。
「「……悪魔の実?」」
まさか、こんな雑魚海賊団の所で見る事になるとは思わず、2人の声は思わず重なっていた。
そうして冒頭に戻る。
「なあ、この悪魔の実って何の実だと思う?」
「分かれば苦労しないって」
悪魔の実にはそれなりに種類がある。
だからこそ辞典なんてものが製作されたりする訳だが、2人の船にはそんなものは搭載されていない。何しろスペースが限られているのは確かなので、もっと積むのを優先するべき品がたくさんあったのだ。
悪魔の実を食べれば、まず弱くなる事はない、というのは聞いているし、知っている。
だが、問題は何の実か、だ。
いくら弱くなる事はない、と言っても変な実は実在する。
そんな実を食ったら、と思うとやはり躊躇いはある。
それに海で泳げなくなる、というのも大きい。力を手に入れる代償としては小さいと思うか、海を往く自分達としては大きい事と考えるべきなのかは微妙な所だ。
「……サボ、食うか?」
「いや、俺はあくまで船長じゃないからな。やはりここは船長が食うべきだろう!」
この船を貰った時、どっちが船長か揉めた。その時、最終的にはジャンケンで決める事になった(発案:ハンコック)。その結果として、エースが船長になったのだった。まあ、2人だけだし、サボも副船長なので殆ど意味がないとも言うが。
まあ、サボの言葉にぐっとエースが詰まった。
『船長命令だ、食え』なんて言わないのは、やはりそれはさすがに冗談で誤魔化せない事になりかねないと察しているからだろう。
「……アスラに聞いたら分からないかな?」
「……やめといた方が無難だろうな」
ふと思いついてエースがサボに言うが、サボから返って来たのは否定の言葉だった。
というのも、悪魔の実には確認されただけで相当な種類がある。その悪魔の実を全部覚えているとは思えない、という事だ。別に記憶力が悪いからとかそういう訳ではない。
……覚えても意味がないからだ。
既に悪魔の実の能力者であるアスラは、新たに悪魔の実を食うという事は出来ない。出来ない以上、どんな悪魔の実が手に入ろうともそれは所詮アスラの手元にある限りは倉庫の肥やしにしかならない。まあ、部下に与えるという手はあるが、全部の悪魔の実を覚えるなんて努力をするぐらいならば、手に入った時辞典で調べた方が効率がいいのは確かだ。
無論、アスラなら頼めば探してくれるかもしれない。
だが、あのクソ忙しいアスラにそんな事を頼めるか、と言えば……それは無理だ。というか、もし、家族サービスの途中だったりしたら、目も当てられない。エースもサボも休暇ぐらいアスラには家族と楽しんで欲しいという気持ちを持っているのは変わらないからだ。
アスラの手をわずらわせず、この悪魔の実の正体を知る、となると、偶然にアスラが知っていた時ぐらいのものだろう。
「よし、食おう」
しばらく睨んでいたエースが、ぐわっと手を伸ばした。
「お、おい、エース!?」
さすがに慌てたサボがいいのか?と確認するような声を出した。
「……悪魔の実は希少だ。売る事も出来ない訳じゃないが、売るのはもったいないし、次に何時出会えるかなんて分からない。出会えないかもしれない」
それなら、食った方がいい、というのがエースの主張だったし、確かにそれは間違っていない。
「……分かった、お前が覚悟して食うなら、俺は何も言わない」
互いに視線を見合わせ、エースが悪魔の実にかぶりついた。
やはり、滅茶苦茶に不味かったらしく、だばーっと吐いた。
「汚ねえな、オイ!?」
サボが叫び——すぐに視線が鋭いものへと変わった。
エースもまた、不味さに顔をしかめてはいたものの、甲板に向けて視線を向けている。
「……誰か来たな」
「ああ」
それだけ言うと、一気に甲板に向け、2人は駆け上がった。
何しろ、まだ船長らの死体は転がったままだ。持ち去られでもしたら、自分達が仕留めたのだと証明する手筈がなくなる。ついつい、周囲に船がいなかった事もあり、油断していた。それに気付いたからだ。
そうして、駆け上がった2人が見たのは……1人の男。
「おいおい、なんだ、こりゃあ?」
短く髪を刈った若い男。
腰には何故か3本の刀が挿してあり、うち1本は相当な業物の気配を漂わせていた。その男はといえば、死体が転がる中でも平然とした様子で頭を掻いていた。ちらり、とサボが舷側から視線を向ける。自分達とは反対側に小さな小船がつけられているのに気付いた。あの船でこの船にやって来たのだとすれば、おそらくこの男は1人なのだろう。とはいえ、あんな小船で海を航海するなど死にたがりなのだろうか?などと思ってしまう。
「んあ?あーお前らか?この船、こんなにしたのは?」
「……ああ、俺らは賞金稼ぎだからな。俺はサボ、こっちがエース。お前は?」
ああ、と納得したように頷き、彼は言った。
「ゾロ、ロロノア・ゾロだ」