第86話−真剣試合
「……ちっ」
ゾロが鋭く舌打ちする。
分かったのだろう、今のサボが自分より強い、と。
嘗て達人同士の戦いにおいては、互いが刀を抜き放ち、そのまま刃を仕舞った、という話がある。刃を合わせる前に互いの実力を理解し、やり合ったとしても千日手となるのが見えたからだという。
その領域までは至っていないが、それでもゾロには自分より強いかどうか、ある程度の検討はつく。まあ、ある一定を超えると、今度は強者の気配そのものを誤魔化されてしまうので、また分からなくなってしまうのだが。
今のゾロは3刀流の構えを取っている。
一方、サボは下段の構えだ。こちらは余り実践的な構えとは言えない。どうしても振り上げるのが遅くなるからだ。
『誘ってやがるのか』
打ってこい。
つまりはそういう意味なのだろう。
(上等だ!)
一気に踏み込む。
3刀流は元々、幼馴染でありゾロの師匠である道場主の娘、くいなに勝とうと思って刀を増やしていった結果だ。
1本では足りないなら2本で。
2本でも足りないなら3本で。
……子供の戯言だ。
分かってはいる。数を増やせば勝てるものではないぐらい。
二天一流という流派がある。これは力で刀を振る事を前提とした流派ではなく、『断つ』のではなく、全身運動によって『斬る』を前提とし、『受け止める』ではなく『受け流す』事を前提とした見かけによらず『柔』の剣だ。
しかし、ゾロの剣はそのような柔剣ではなく、剛の剣と言ってもいい。
そういう意味でも本来は1刀でもっての剣技を磨いていくべきなのだろうが……ゾロには今更このやり方をやめられない、止める訳にはいかない理由がある。
幼馴染にして、唯一勝つ事の出来なかった、くいな。
彼女は自身を上回る天才でありながら、互いに最強の剣士たろうと誓った直後、事故であっさりと亡くなった。
だからこそ、彼女との誓いをゾロは果たそうとする。
嘗て、遂に彼女に勝てなかった己と、その持てる技でもって最強の剣士となる事によって。
だからこそ、目指すのは世界最強の大剣豪と名高い存在、ジュラキュール・ミホーク。
斬りかかったゾロの両手に持つ2本の刀。
同時に振り下ろされたそれを、サボは刃を合わせ、受け流す。
受け止めるのではなく、流す事、それこそが刀の本領だと言わんばかりに、受ける事で防御と同時にゾロの体勢を崩す。
だが、その姿勢からゾロは口に咥えた第3の刀を首を振る事によって、サボの追撃を防ぐ。いや、正確にはサボが無理をせず、距離を取った。
ただ、この一瞬の攻防でも分かった。
「……まだ、完成には程遠いな、それ」
「ああ、そうだろうよ」
双方共に、その事を理解していた。
「だがな、俺は世界最強を目指すんだ。何時かはミホークにも届いてみせる!」
「……ミホーク師匠にか。あの人相手じゃお前はまだ『夜』を抜く価値さえないだろうな」
ゾロの意気込みは買う。
しかし、気持ちだけで勝てるなら誰も苦労はしない。
サボは自分が決して弱いと思ってはいない。
だが、それでも自分より強い者はいくらでもいる事も理解している。短い間だったとはいえ、自分の師匠でもあったミホークもそうだが、その当人と真っ向やり合える剣豪であり、四皇の一角でもある『赤髪』のシャンクス2人の戦いを見せてもらった事もある。
この時はアスラも当然おり、海軍・海賊・王下七武海が同時にそこにありながら、互いに知らん振りをして、頂点の3者のみが剣(拳)を交わすという、ある種のカオスになった。ちなみに、この時は岩礁程度の島とはいえ、1度の手合わせごとに1つの島が、合計3つの島が崩壊していたりする。
地を揺るがし、天を裂く、そんな彼らの戦闘に比べれば、自分の力など所詮はその足元にも及ばない。
けれど、何時かは届いてみせる、そんな思いがあるから、ゾロの決意も分からないでもない。いや……剣に命を賭ける者ならば、何時かは、というのは必ず思う事だろう。
「……お前、ミホークを知ってるのか」
「ああ。短い間だったが、鍛えてもらった身だ」
自分の実力が足りなかったせいで、ミホーク的に言えば軽い基本だけだったが……まあ、彼が教えたという事自体が酷く珍しい。
「それじゃあ、出来る限りやらせてもらわねえとな……どんだけ通用するか試させてもらおう」
言いつつ、再び前へ。
「鬼……斬り!」
両手を交差させ、突進。左右から両手に持った刀を振り、更に首を捻り、上から振り下ろす。3方向からの斬撃をもって、逃げ道を塞ぐ一撃だが……。
これをサボは円回転で防ぐ。
右を弾き、上を弾き、左を弾く。
片手で、口で持つ刃は両手で持たれた刃より速度がどうしても落ちる。下位の剣士には通用しても、同程度以上の剣士ではその剣速の遅れが、その結果を生む。せめて、腕力が明らかに上回っていれば、それを押し切る事も出来ただろうが、それも出来ない。
弾かれて、体勢を崩したゾロへと刃が走る。
それをかろうじて、引き戻した左手の刃で防ぐが、無理な体勢からの防御に加えて、数打ちと黒刀の大業物の純粋な質の差で左手の刀が折れ砕ける。
一歩下がり、加えていた和道一文字を右手に、左手にもう1本の刀を握りなおす。
元よりゾロとて最初から3本の刀を制御出来た訳ではない。むしろ少年時代は2本の刀で精一杯だった。そういう意味では、3刀流よりは2本が、更に元から習っていたのは1本の刀術だ。全ての本数において経験がある。
「鷹波!」
斬撃を飛ばして牽制し、接近する。
その斬撃をサボは下手に回避せず、一刀の元に切り払い、振り切った先で刃を返す。
「弐斬り……応登楼!」
振り下ろされた斬撃と。
「昇竜!」
天に駆け上がらんとせんばかりに豪速を持って振り上げられた刃とが激突し、打ち負けたゾロの持ち直した左手の数打ちがやはり耐え切れずに折れる。
それでもゾロは諦めない。
納刀し、居合の構えへと移る。
既に、ゾロはこれが試合だという事は頭から吹き飛んでいる。そんな手加減をして勝てる相手ではないと判断しての事だ。
「一刀流居合……獅子歌歌(ししソンソン)!」
「飛燕一閃!」
居合の速度には居合とばかりに迎え撃たれた刃は……最終的にゾロの刃が飛ばされる事で終わった。
力ではない。速さと腕の差が噛みあった刃を弾き飛ばしたのだ。幸いというか、さすが大業物というか、和道一文字が折れる事はなかったが……手を離れ、突き刺さった刃に駆け寄る間もなく、ゾロの喉元に美髯切長船が突きつけられる。
「これまで、だな」
「……ああ……俺の負けだ」
一瞬間が空いたのは、これがあくまで腕試しの試合だという事をゾロが忘れていた為だろう。
ふう、と大きく溜息をつくと、ゾロはどっかりとその場に腰を下ろした。
「強ええな、あんた」
「俺より強い奴はいっぱいいるさ。まだまだ修行の日々だよ」
そうかい、とサボの言葉に答えて、ゾロは立ち上がると、和道一文字を拾い、鞘に納めた。
その上で手放した2本の刀……の残骸を見やる。粉々に砕かれ、殆ど鍔と柄しか残っていない。さすがにこれを使うのは無理がある。
「しかし、どうすっかな。こいつはさすがに使い物にならねえ」
本音を言えば、サボからすれば、これを機に一刀流に戻したらどうだと言いたい所だが、不利を承知で鍛えているという事は何かの意味があるのだろう。少なくとも、刃を合わせた限りでは、お遊びではない何らかの信念を感じ取っていた。
……単なる遊びではあそこまでの鍛えられた刃にはならない。
だからこそ、ゾロにそんな事は言わなかったが、そうなると確かに、この砕けた刃をどうにかする必要がある。出来る事なら、新たに調達する刀は大業物と言わなくても、少なくとも数打ちではない、それなりの業物が欲しい所だ。
「……とりあえず、ローグタウンで武器屋に寄ってみるか」
「そうだな」
まあ、ゾロとて恨み言を言う気はない。
むしろ、大業物と打ち合ってよく耐えてくれた、という気持ちの方が強いし、そもそも折れるのが嫌ならせめて1本目が折れた時点で止めている。
1本はこっちがもとうというサボに、ゾロも悪びれる事なく、悪いな、と応じている。
……そんな2人をエースは横目で見ながら、自身の能力の制御にいそしんでいた。
その掌の炎は指先から立ち上る橙の炎ではなく、回転し青白く輝いていた。