第87話−ローグタウン1
ローグタウン。
海賊王ゴールド・ロジャーの誕生の地であり、同時に終焉の地でもある。
ここではその為、ロジャーの処刑台が観光名所になっているぐらいなのだが……同時に治安も極めて悪い。原作では?と思うかもしれないが、あれはスモーカーが豪腕を持って、徹底的な治安回復を図った結果だ。その結果として、ルフィらが入り込むまで海賊の影響を排した平和な町になった。
一方、現状はというと、これはアスラの手抜かりだった。
アスラの記憶ではローグタウンの描写は割と平穏な、むしろ海軍の影響が強い町として記憶にあったが、副官にスモーカーを配置した結果として、ローグタウンの状況は旧来のままだった。
アスラの失敗は平和な町が旧来からの状態だというイメージを持っていた事で、結果的に治安が悪い状態のまま放置してしまった事になる。
この町を現在担当している海軍本部大佐ヨウゴークはといえば、海賊達から賄賂を受け取り、私腹を肥やしているともっぱらの噂だ。したがって、下の者には頑張っている者もいるが、一番上が動かないから大抵そういう頑張る下っ端は長生き出来ない。
ただ、ある程度以上の実力を持つ者達にとっては問題ない町でもある。
確かに危険といえば危険だが、所詮東の海での基準という面もあるからだ。だからこそ、海軍本部大佐級の人物ならば実力的には十分、海賊達とて敢えて敵対しようと思わない相手な訳だが……。
「いやあ、いい獲物が手に入ったな」
そんな町の中をゾロはご機嫌な様子で歩いていた。
一方、その後ろを歩くエースとサボは微妙な顔だ。
無論ついてきた理由は簡単で、ゾロを1人で町を歩かせたら絶対迷うからだ。下手をしたら、何時まで経っても武器屋に辿り着けないという事態を招きかねない。だからこそ、先程までは左右からゾロを挟む形で武器屋を訪れたのだった。
武器屋の主、いっぽんマツは商人としては最低の部類だった。
何しろ、ゾロの刀、和道一文字を大業物と見抜いたまでは良かったが、それを安く買い叩こうとしたのだから……とはいえ、ある意味この町では仕方ないとも言える。何しろ、人が人を騙し、人が人を殺す。それが海賊の溜まり場である、この町では普通の事なのだから。
だが、それでも、商売人としては最低でも、人としてはまだ漢気のある男だった。
三代鬼徹。
妖刀として名高いそれを仕入れたものの、余りに危険なそれを、業物であるそれは売れば100万ベリーを超えると知りながら、一山幾等の刀の山に突っ込み、誰にも売らないようにしてきた。
無論、それだけにゾロがそれを惹かれるように手にした時も売れないと反論したのだが、ゾロが空中に投げ上げた三代鬼徹に腕を差し出し……己の強運で持って屈服させたのを見て、彼に惚れこむや、己の家宝をゾロに託した。
「名は、雪走(ゆばしり)。黒漆太刀拵、刀紋は乱刃小丁字。良業物の1本だ」
高額のそれは、別にナミのように財布の中身限定などという事は言わなかったエース達からすれば買える金額だったが、すっぱりと『金はいらない』と、優れた刀は優れた剣士の元にあるべきだと言って譲らなかった
まあ、だからこそ現在ゾロは機嫌がいい訳だ。
まさか、失った数打ちの代わりに安く名刀を2本手に入れる事が出来るとはさすがに思っていなかったのだから、その喜びようも当然だろう。もっとも、ゾロの行動には逆にサボなどは眉を潜めざるをえなかったのだが。
確かに、彼の強運は理解した。
妖刀をも屈服させるとは確かに認める部分もあるが、だからといって、あんな危険を冒す必要はあったのだろうか?
そんな悩みを断ち切る事になったのは、海賊達だった。
別段彼らに喧嘩を売ってきた訳ではない。
絡まれている子供を庇う女性の姿を見かける事になったからだ。
残念ながら、この町ではよく見かける光景だ。
女性は腕は悪くないが、守るべき相手がいるだけじゃなく、海賊の数が多い。加えて、東の海の海賊としてはなかなか腕は悪くない。何が言いたいかというと、大変苦戦していた。
ただ……。
その女性の姿を見た途端、ゾロが駆け出した。
余りに躊躇いのないその姿に、普段のゾロとは違うが故に、一瞬遅れて、慌ててエースとサボも後を追った。
「はあ……はあ……」
「おい、姉ちゃん。いい加減諦めな」
追い詰められている。
案外、海賊が強かったのも誤算だった。
だが、最大の誤算は数だ。
最初は子供がぶつかってしまい、どうやら彼らが財宝の1つと見ていた壷を割ってしまったのが発端だった。
怒った海賊が武器を抜いた所で、彼女が駆けつけ、割って入った訳だが、その時点では3人だった。これぐらいなら、動きから見てもなんとかなる、と判断しての行動だったが……。
ところが、1人を叩きのめした所で、ゾロゾロと仲間が近くの酒場ともいえない呑み屋から出てきたのだった。
けれど、諦める訳にはいかない。
ここで諦めたらどうなるか?子供達も逃がせなかった。彼女自身の刀は業物の1つ、時雨だ。売れば大金になるだけに、自身の誓いを自身で破る事になる。加えて、彼女自身も自分で言うのもなんだが、まず見目良い部類に入る。こんな連中に屈した後の事など考えたくもない。
けれど、このままでは……。
そう彼女が思った時だった。
「3刀流……龍巻き!」
口に刀を両手にも刀を携えた男が突っ込んできて、まとめて海賊を吹き飛ばした。
吹き飛ぶ海賊達だったが、無論それで全滅した訳ではない。『なんだ、お前は!』などと怒鳴り、左右に分かれて包囲しようとしたのだが……。
「火拳!」
「渦潮!」
海賊達にとって不運だったのは、とにかく相手が悪かったというに尽きる。
まあ、一歩遅れて突っ込んできたエースとサボが左右の残る海賊達を吹き飛ばし、あっさりと1つの海賊団がここに終わりを迎える事になったのだった。
「おい、いきなり駆け出してどうしたんだよ?」
エースがゾロに言うが、当のゾロはといえば、女性に釘付けになっていた。
その様子を見て、エースとサボはというと、ニヤリと笑って少し引いて様子を見ている。彼らが何を考えたのかは丸分かりだが、それさえ今のゾロの目には入っていなかった。
当の女性はといえば、一瞬の殲滅劇に呆けていたが、やっと落ち着いたのか、ぺこりという擬音をつけたくなるようなお辞儀をした。
「あのっ、ありがとうございます!」
「あ、ああ、いや……」
口ごもるが、ゾロとて仲間がいる状況でさっさと立ち去る訳にもいかない。
ちなみに、エースは子供達に懐かれていた。この辺は刀ではなく、さっきの火による攻撃が子供達の琴線に触れたらしく、火で芸をして遊んでやったりしている。
そうして、彼女は名乗った。
「あの、私、たしぎ、って言います」