第90話−ローグタウン4
『何故、か。それは簡単な事だ』
声は海兵の1人から聞こえていた。
その海兵をヨウゴーク大佐が睨みつけると、その海兵はニヤリと笑って、懐から電伝虫を取り出した。
……もう、気付いた者もいたかもしれないが、この海兵はエースの変装だ。
今回の作戦はこうだ。
まず、自警団に参加している、真面目な海兵を通じて海兵の制服を借りる。本来なら違反ものだが、電伝虫を通じてではあるが、海軍本部中将から直々に許可が出た為に海兵らも素直に協力してくれた。
その上で、エースとサボにこうした協力してくれる兵士と共に揉み合う振りをしつつ、ヨウゴーク大佐の部屋へ乱入。
後は、見ての通り、という訳だ。
『大した手ではない、単なる引っ掛けだが、それだけに君は何時も通りに行動した。そうして、何時も通りの行動ゆえに君は今、このような状況になっているという訳だ』
『その通りだ』
アスラの声が響く電伝虫から更に別の声が響く。
「……センゴク元帥までお出ましですか」
『アスラ中将が事前許可を求めて、最高会議に持ち込んだからな。今ここには私以外にも3人の大将含めマリンフォードにいる中将以上の全員が揃っている』
それを聞いてはヨウゴーク大佐としては笑うしかない。
先程の自分の独白は、海軍の最上層部全員に聞かれていたという訳だ、今更何を言った所で、どうにもなるまい。
そうと分かると却って諦めもついた。
『確認したい、何故お前はそうなったのだ。以前のお前を知る者に聞く限りではお前は十分次代を担う者の1人となれたはずだ』
「何故?そんなの簡単ですよ。自分で勝手に相手の実力と自分とを比べて、自分で勝手に勝てないと諦めたんですよ、元帥殿。アスラ中将と自分とをね」
さばさばとした口調でヨウゴーク大佐は告げた。
向こうではどんな事になっているのか。きっとアスラ中将に思わず、といった視線が集中しているだろう。その光景を想像すると何故かおかしく感じた。
「別に、アスラ中将が自分を見下してた訳じゃない。誰かを意図して蹴落とそうとした訳でもない。ただね、比べちまうんですよ、自分をあっさり追い抜いて、上へと上がっていった奴を見ちまうと」
こうなったら、言いたい事を言ってしまおうと決めたらしく、ヨウゴークは素直に話し続ける。
ただ、諦めがついたせいか、恨み言は言わなかった。
ただ、彼なりの事実を、淡々と語った。
「アスラ中将が有能で、実力があった。ただ、それだけなんですよ。それを見た自分が勝手に自分だったら、あんな事は出来ない、あんな力はない、あんな処理は出来ない。1つ1つの小さな事で勝手に自分が落ち込んで、自信をなくしていっちまった。ただ、その結末として今の自分があるだけなんですよ」
しばらく沈黙が部屋を満たしていた。
エースやサボ、ゾロやたしぎは、困惑していた。
海兵や海賊はどう反応していいか分からなかった。
電伝虫の向こうは苦虫を噛み潰していた。
『……成る程な。つまるところは』
「単なる自業自得もしくは自滅ですな」
はっはっは、と楽しげにヨウゴーク大佐は笑っているが、周囲からすれば笑い話ではない。
とはいえ、この場では立場上、一番上の人物が決断を下さねばならない。
『……無論、分かっていると思うが』
「大人しく逮捕されるつもりはありませんよ?」
どういう判断にせよ、このまま無罪放免という事はありえない。
降格するにせよ、インペルダウン送りになるにせよ、或いは処刑されるにせよ、とりあえずまずは逮捕からだ。
『恥を知るなら、せめて結末ぐらい覚悟を決めんかあ!』
「……その声は赤犬大将ですな?いやですな、そんな潔い人間だったら、自分こんな風になってませんて」
開き直った人間は、こういう時強い。
『……やむをえん。そうなると力づくという事になるが?』
「そうなるでしょうな」
そう言いつつ、ヨウゴーク大佐は4人に視線をやった。
「そうすると、さしづめそこらの子供らが自分の相手という事ですかな?」
海賊は論外。
海兵はそもそも自分より強ければ、自分より上か同程度の階級になっているであろうから、これまた論外。
事件が発覚したのがそもそもさっきだから本部から増援が出てるはずもなし。
かといって、もっとも平和と謳われる東の海だけに、本部大佐を取り押さえられるような戦力が傍にゴロゴロ転がってるとも思えない。
結論。
今、ここにいる中で、戦力的に本部大佐を取り押さえられる可能性があるとしたら、戦力が不明なエース達しかありえない。
『……エース、サボ。お前達で本気の本部大佐を捕らえられるか?』
アスラが確認を取る。
これまで本部の訓練施設で遣り合ってきたとはいえ、それは所詮訓練だった。今では、エースもサボも、それがどれ程甘いものだったか理解している。だが……。
「やるしかないんだろ?」
「なら、やるしかないだろ」
言いつつ、エースはニヤリと笑みを浮かべ、サボは溜息をつきながらそれぞれに或いは拳を打ち合わせ、或いは刀に手をやる。
腰が引けている海兵らはさておき、ゾロも前へ出る。
たしぎも出ようとした所で、エースが電伝虫を渡す。
「悪い、これ持って下がっててくれるか?そいつ壊されたら、えらい事だからさ」
だから守っておいてくれ、そう言われては反論もしづらい。
確かに、これが途絶えては海軍本部に状況が伝わらなくなる。
無論、今更なかった事になったりはしないが、万が一逃げられた時の対応などに違いが出てくる。或いは、もし、事情を知らない、或いは大佐の私兵と化している海兵が出てきた時、もし、この電伝虫がなかったらどうなるか?
……普通は、大佐に味方するだろう。
エースはじめ自分達が真実を叫んだ所で、素直に信用してくれるようでは、どこの誰かも分からない相手の言う事を信用して上司に襲い掛かるようでは、海兵は務まらない。電伝虫で、海軍本部上層部の声を伝える必要がある。
それが分かったからこそ、たしぎとしても足手まといに思われているのでは、だから下げられたのでは、という疑いを持ちつつも、下がらざるをえない。
「さて、それじゃ……始めようか?」