第91話−ローグタウン5
ヨウゴーク大佐の第一印象を一言で言うならば、筋肉ダルマ、だろう。
3mに達する肉体を分厚い筋肉で鎧ったその姿は、巨大なドワーフとでも言うべきだろうか?
ヨウゴークは能力者ではない。
しかし、海軍で昇進しようと思えば、支部ならばコネや金で何とかなるかもしれないが、本部では戦闘での実力が必須だ。
そう、如何に堕落したとはいえ、本来億越えの海賊すら相手どる事もある本部大佐、決して弱い訳ではない。
「ふん!」
澄んだ高い音を立てて、斬りかかったゾロの刀が弾かれた。
その光景を見て、思わずエースが叫ぶ。
「鉄塊!?六式使いか!?」
「いいや、残念ながらどうにも不器用でな……真っ当に使い道になったのはこいつだけだ。言うなれば、一式使いという所だが……」
ぐぐっ、と腕に力を込める。
「正式に言うならば、一・五式使いという所かな!」
放たれた拳は到底届かない距離で……けれど、的になったエースは直後、左腕を吹き飛ばされる。
そればかりか、背後にいた……逃げ損ねた海賊が「ぶべら!?」と妙な叫びを上げて吹き飛んだ。
エースの腕自体は瞬く間に燃え上がり、再生するが……。
「今のは……拳圧を飛ばしたのか?」
言うなれば、『嵐脚』の変形。
先程喰らった状況や、海賊の状態からして、斬撃ではない。おそらくは、打撃。
エースが声を上げると同時に、ヨウゴーク大佐もまた声を上げた。
「ほほう!自然系(ロギア)か?察するに『火』か……あと正解だ。自分は『判衡(はんこ)』と呼んでおる」
どこか羨ましげな声だった。おそらくは、自分にもそんな能力があれば、と一瞬思ったのかもしれないが、即かすかに頭を振って、切りかえた様子だった。
そうして、先程までの構えなしの状態から、ボクシングスタイルへと構えを変える。
「ならば、遠慮もいらんな……いくぞ!」
ヨウゴーク大佐の戦闘方法は想像以上に厄介だった。
速度でいえば、元々筋肉というのは重い。あの重量級のボディにみっしりと筋肉がついているのだ。当然、『剃』をも駆使するエースやサボにやすやすと回り込まれる。だが、『鉄塊』を修得しているというのが厄介で、サボにせよゾロにせよ弾かれる。
エースはそれならば、と能力を使って火を放つが……。
「どうしたどうした!その程度の集束ではグランドラインでは通用せんぞ!」
未だ集束の甘いエースの一撃では、まともなダメージが入らない。
それに、エースはまだマシだ。
自然系の特徴として、単純な物理攻撃は無効化するというのがある。
だが、サボやゾロはそうはいかない。
軽いジャブに見えるが、それを全力で回避する。
直後に、ソファが直撃を喰らって吹き飛んだ。
拳の直撃を受ければ、一撃で戦闘不能になりかねない重い攻撃。かといって、距離を取れば連射してくるジャブ、その一撃一撃に飛来する拳圧ならぬ『判衡』が見えぬだけに厄介だ。そればかりか、拳を完全に避けなければいけない、というのが面倒極まりない。
一歩下がって避けるとか、紙一重の見切りとかがまるで役に立たないからだ。
一歩下がって避けるのが意味ないのは分かると思うが、紙一重の見切りまで通用しないのは、皮肉にもヨウゴーク大佐の技に無駄があるからだ。
きっちりと集束しきれていない衝撃が拳の周囲にまとわりつき、判衡の威力を低下させる代わりに、ギリギリで避けると衝撃に巻き込まれて、体勢を崩す事になってしまう。
最初に喰らったサボは、体勢を崩した所へ追い討ちの一撃を受け、かろうじて刀を盾にしたものの、そのまま吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「うぐっ!」
咄嗟に『鉄塊』をかけて、打撲や骨折こそ防いだものの、衝撃までは防ぎようがない。
あくまで『鉄塊』は筋肉を引き締めて、表面硬度を上げる為の技であり、内臓や脳までカバーしている訳ではない。お陰で、少しふらつきながら立ち上がった所へ追い討ちをかけられそうになって……。
激しい音と共に割り込んだゾロが受け止めた。
そこにエースが追撃をかける。
もう、そこには当初考えていた生け捕りなどという生易しい考えはない。そんな事を考えていては、間違いなく自分達が返り討ちにされる。そう感じるだけの実力を確かにヨウゴーク大佐は示していた。
「蛍火……火達磨!」
周囲に作り出した炎の玉を目晦ましに放つ。
先程までの攻防で、自身の技がまだまだ甘い事を実感していたエースは、炎を全てヨウゴーク大佐の顔面に集中させる。
「ぐお!?」
さすがに、これは効いたらしく、大佐の体がよろけ、思わずといった風情で顔を抑える。
人間、目の前に物が飛んできたら思わずそんな反応を示してしまうのは、反射行動としては当然だ。
ただ、その結果として追撃のタイミングを失い、サボもまた距離を取る。
エースもサボもゾロも息が荒い。
短時間の戦闘ながら、濃密さと相手の強さ故に3人も消耗していた。
部屋の広さの関係もある。
これが、屋外であれば速度に勝る点を生かして、遠距離を維持して攻撃を仕掛け、消耗を誘うという手もある。
だが、ここは如何に大佐の居室で他と比べれば相応に広いとはいえ屋内だ。機動戦を仕掛けるにも限度があるし、この程度の距離なら、部屋内の全距離がヨウゴーク大佐の『判衡』の射程範囲内だった。
「どうした?最強と謳われる自然系の悪魔の実の能力者に加え、業物以上の名刀が都合4本。先程から見ておるに、六式も自分より多くの技を使えるのだろう?だが、まともに使えるのは一式のみ。精々一・五式程度の自分に敵わない」
淡々と事実を指摘するその声に、嘲りの響きはない。
「何故か?それはお前さん達が自分の力をきっちり理解していないからだ。どの技をどう使うか、どう極めるか。何もない。例えば、現状同じ『鉄塊』を使っていても、酒浸りで年くった自分よりそっちの方が消耗している。何故か分かるか?」
そうサボに視線を向け、聞いてくる。
もっとも、サボが答える前に答えを口にしていたが。
「それはな?筋肉の厚みの差だ。『鉄塊』とは筋肉を凝縮させ、鉄の硬度を生み、防ぐ防御方法。同じ鉄の強度ならば後は鉄の強度の厚みよ」
後は打撃の性質もあるな、と語るヨウゴーク大佐によく分かっていないゾロはともかく、エースとサボは唇を噛み締めざるをえない。
要は、薄い鉄板と分厚い鉄の板では、どちらがより防ぎやすいか、という問題だからだ。
薄い鉄板を殴りつけてくるヨウゴーク大佐の場合は、防いだ所で衝撃が反対で防ぐ側にも届く。
だが、より分厚い鉄板を構える側に、斬りかかったのでは、なかなか反対側には届かない、という事だった。
エースは思う。
アスラなら、と。
自分が自然系、アスラが超人系だからどうだというのだ。アスラなら、この程度の相手に苦戦はしまい。
サボは思う。
ミホークなら、と。
世界一の大剣豪と謳われる師匠ならば、この程度の相手に苦戦などすまい。一撃の元に葬り去っているはずだ。
そう思って。
2人とも気付いた。
ああ、そうか。目の前の彼もまた、こんな気持ちをずっと味わい続けていたのか、と。
自分達はまだ若い。
何時しか届いてみせると未来を見ていられる。だが、ある程度年齢を重ねると、現実が見えてくる。自分が走る以上の速度で走り、最早追いつけなくなってしまった相手。
何となく、大佐がこうなってしまった理由が分かったような気がした。
けれど。
だからこそ、自分達が今、屈する訳にはいかない。
彼とて、最初から諦めた訳ないだろう。そんな人間は大佐まで昇進出来ない。
「……ほう、まだ立つか」
感心したような声を上げるヨウゴーク大佐の前で、息を整え、立ち上がる。
不思議と追撃はなかった。
「へっ、まだ諦める訳にゃいかねえからな」
「これで諦めたら師匠に殺されるぜ」
「諦める訳にゃいかねえってのは同感だな」
ふむ、と顎を撫でながら、ヨウゴーク大佐は言う。
「だが、気持ちだけではどうにもならんぞ?自身の利点と欠点、強みと弱み。自分を把握しての戦闘スタイルの構築……それらが出来てこその悪魔の実であり、業物だ。勝てないのならば、逃げるのもまた1つの手だ」
どこか諭すような口調だったが、ニヤリと笑って、3人はそれぞれに構える。
「「「嫌だね」」」
そう答え、駆け出す。
もう、ここまで来れば意地だ。細かな技など意味はない。各自がそれぞれの最高の一撃をかける。3人の誰か1人でも当たれば、他が迎撃されても自分の一撃が当たれば十分な程の一撃を!
「火拳!」
エースが今の自分に出来る限りの集束を高めた炎の拳を放つ。
「竜破墜天!」
サボが空を蹴って、駆け上がり、上空から刀を叩きつける勢いで振り下ろす。
「三・千・世・界!」
そのサボの下を掻い潜るようにして、ゾロが踏み込み両手の刀を振り回す。
それらの一撃を。
鉄塊で弾いていた攻撃を。
拳で迎撃していた攻撃を。
ヨウゴーク大佐は何ら防御する事なく、笑みすら浮かべて受けた。