第93話−ローグタウン7
「で、それで私ですか、ヒナ了承」
ローグタウンでのヨウゴーク大佐の一件は実際に大佐が予想した通り、事故死として処理されていた。
大佐の攻撃の巻き添えで倒れていた海賊が使われなかったのは、本部大佐がこの程度の小物海賊に倒されるなどという話が広まると後が面倒だ、という事と、もし海賊に倒されたとなるとそれは殉職として扱わざるをえない為、昇進を考慮しなければならないからだった。
この処理全体をアスラが担当する事になったのは、CP長官という立場に加えて、ヨウゴーク大佐自身が名前を上げたのも多少なりともあっただろう。
そうして、新たにローグタウンに配属する責任者として、アスラが選んだのがヒナ大佐だった。
「そうだ、何か聞きたい事はあるか?」
「そうですね、では1つ。何故私ですか?ヒナ疑問」
ちらり、と視線を部屋の一角にやる。
そこには先日准将へと昇進したスモーカーの姿があった。
不機嫌そうに葉巻をくゆらせつつ、書類を片端から処理している。ちなみに、その卓上には葉巻の煙を吸い込み処理する小型の空気清浄機が置かれていた。これは、アスラが元の世界の記憶から葉巻の煙に余りいいイメージを持っておらず、とはいえ部下の能率を上げるには……と考えた末、Dr.ベガパンクに依頼して作ってもらったもので、小型ながら性能は抜群だった。
その当人は自身に向けられた視線に気付いて、顔を上げる。
「……なんだよ?」
「別に」
最近スモーカーは少し変わったと思う。
以前ほどの海軍に逆らってでも、自分の筋を通す、という部分が薄れた気がする。
元々、悪魔の実の中でも最強と言われる自然系の1つ、モクモクの実の能力者で、真面目な軍人だったから功績は同期の中でも群を抜いていたが、前述の理由が祟って、昇進と降格を繰り返してきた。
それが最近、大人しい。
……嬉しいような、枠に嵌ってしまったのが寂しいような複雑な心境だ。
もっともスモーカーにしてみれば、アスラの説得に応じただけだ。
『何かを為すには階級もまた必要だ』
事実、スモーカーとヒナが関わった司法船襲撃未遂事件とて、アスラが本部中将という立場になければ、止められなかっただろう。
本部中将が訴えたからこそ、元帥という海軍の最高権力者へと直訴が可能であったからこそ、迅速かつ真剣に受け止めてもらえた。もし、これがアスラが一介の大佐だったら、ああは行かず、おそらくトムらはスパンダムの計画通り処罰を受ける事になっていただろう。
或いは、ガープ中将。
彼もああも自由でいられるのは、彼が英雄と呼ばれる程の名声を持ち、海軍本部中将の地位にあるからだ。
要は原作通り、スモーカーが階級の必要性を理解した、という事になる。ただし、アスラの介入により史実より早く。
さて、ヒナ大佐に問われたアスラは少し考えていた。
何と答えるべきか、と思ったが、敢えてストレートに行く事にした。
「不愉快になるのを承知の上で言うならば、君が見た目美人の女性だから、だな」
海軍としては真面目な実力者だから、という事になるが、と付け加えられたものの、さすがにヒナも頬が引きつった。
「まあ、苛立つのは当然だろうな。ただ、前任者が結果的にローグタウンの住人からは嫌われていただけに、今回送り込まれる人員には見た目分かりやすい、最低でも怨まれる度合いを減らす要素が必要なのだ」
本当の彼がどうだったかは問題ではない。
少なくとも、ローグタウンの住人が一般的に信じていたヨウゴーク大佐は汚職塗れで、不真面目な軍人だった。
そんな所に、見た目が不真面目な軍人を投入したらどうなるか……。
例えば、スモーカーは表面こそ不良軍人だが、その内実は至極真面目で堅物だ。だが、人というものはぱっと見た印象にも強く影響を受ける。無論、時間をかければそれも解消されるだろうが、その時間が問題だ。
その為に見た目が使えるなら、使った方がお得だ。
無論、これらに加えて真面目な実力者である事は必須だが。
「……了解しました、ヒナ承知」
まあ、理屈は分かったし、何よりこれは正規の命令に当たる。任務であるならば、当人の感情や希望は後回しにされるのが世の常だ。
とあれば、自分の不快感など些細なものだ。あくまで見た目で判断するのは何も知らない一般市民であり、海軍上層部は能力で評価してくれるだろう、というのもあったが。
それに、この任務を果たせば上層部の覚えも目出度くなるだろう。
(スモーカー君には負けたくないものね、ヒナ決意)
もう1度スモーカーに僅かに睨むような視線を投げかけ、それに気付いて首を傾げるスモーカーを尻目にヒナは敬礼を行い、辞令を受け取ると退室した。
「……なんで、あいつああも睨んできたんだ?」
「……本気で気付いていないのか?」
退室した後、閉まった扉を見つつ呟いたスモーカーの言葉にどこか呆れたような口調でアスラは呟いた。
それが恋愛感情かどうかはさておき、ヒナ大佐がスモーカーに対して、明らかな対抗意識を持っているのは確かだからだ。
「何がです?」
「いや、いい」
まあ、いい。
当人が気付くまで、或いはヒナ大佐自身が言うまで黙っておこうと決めて、アスラは別の書類を手にした。
もう、そこにはローグタウンやヨウゴークの事は脳裏にない。
……非情なようだが、そこまで考えていられない、というのがアスラの現実だ。
自身への妬み嫉みは気にしていたらキリがない。
そんな事は理解している。
CP9からの報告書を読みながら、動じなくなった自分にどこか寂しさを感じる。この報告書とて、偽装されており、普通の報告書の9P目と18P目と19P目を抜き出し、18Pの文章に紛れ込ませた本日分の符丁を元に残る2枚を『翻訳』するという形を取っている。内心では、慣れとしか言いようがないが、そんな事をさらりとしている自分に苦笑気味なのだが、それが表に出る事はない。
本当に何時からこうなったのか……そう思いつつ、確認していく。
既に、CP9はBWに潜入する事に成功し、連絡役のジャブラは既に幾度かBWの要員と戦闘に突入、先日はミスター7と名乗る男を仕留めたとの連絡が届いていた。
とはいえ……。
(……クロコダイルが全く現状に気付いていないとも思えん)
急拡大する組織に、誰も潜入していないなどという事はありえない。
CP(サイファーポール)とて、外部から雇い入れれば、もっと簡単に戦力の建て直しも可能だっただろうが、それをせず既に構築されていた育成機関からの卒業生を教育するという形を取ったのは、正にそれが原因だ。
実際、それでさえ、買収や脅迫その他で裏切る事を完全に防げる訳ではない。
クロコダイルとて、そんな事は百も承知だろう。きっと内部では、誰が潜入工作員なのか常に探られているはずだ。
(原作通りにビビ王女が入り込もうとしたとして……果たしてうまくいくか?彼女は、いや護衛隊長イガラムにした所で潜入調査は所詮は素人だ)
とはいえ、既に1度ダンスパウダー作戦を潰した結果として、未だアラバスタ王国は混乱が引き起こされた様子はない。
或いは、アラバスタに自身が居座っていると見せかけて、他で作戦を開始するという可能性も視野に入れておかねばならないかと思う。
(とにかく、何とか中核にこちらの手の者を送り込みたい所だが……)
最悪誰かに死んでもらうしかないか。
傍らで仕事をする副官改め副司令官となったスモーカーにさえ悟らせる事なく、アスラはそう思考を巡らせていた。
そんな自身の思考の、以前からすれば異常ともいえる思考に気付かぬまま。
という訳で、自分でも意識しないままに染まってしまってるアスラです
まあ、どこか二面性を抱えてしまうのかもしれませんが
戦場で何人も敵を殺した兵士が、家に帰れば良き父親なんて例はザラにありますからね
アスラも家に帰れば、ごく普通の感覚を保ってますが……
自分でも気付かない内に、仕事時の思考が……