第95話−模索
エースは自身の掌をじっと眺めていた。
そこには赤い火が揺らいでいる。
精神を集中すると、火は回転を始め、周囲の酸素を取り込み赤から蒼へ、蒼から白へと輝きを増す。が……。
「ふうっ」
エースが息をつくと同時に、再び赤い火が揺らぐだけに戻った。
傍らで刀の手入れをしていたサボが手入れが終わったのか、音を立てて鞘へと戻した。
結構乱暴な扱いもしたし、盾代わりに攻撃を防ぐ場面もあったのだが、そこは大業物に位置する黒刀。元より恐竜が踏んでも一ミリも曲がらないと称される黒刀の中でも逸品に属するだけの事はあり、歪みも何も全くなく、何時も通りの手入れで済んだ為か、然程時間がかかった様子はなかった。
これがゾロなどは大変で、例え同じ大業物といえど和道一文字は黒刀程は頑強ではない分、歪みがないかの確認含めて手入れをしなければならない。しかも、それが3本あると来たものだ。当然、数が増えれば手間もその分増える。
かといって、手入れを怠れば刀は容易に拗ねる。
加えて、こうした愛刀ばかりは使い手本人の手で最後の手入れをしてやる必要がある。微妙な手入れの違いが、命をかける戦場では結果を左右する事もあるから手は抜けない。
だから、ゾロは今も船室で細かな手入れを繰り返している筈だ。
ちなみに、たしぎは自身の時雨の手入れが終わった後は、ゾロの部屋に入り込んで、うっとりと刀を眺めているという……ある意味ゾロにとって非常に居心地の悪い状況を生んでいた。かといって、騒ぐ訳ではないから出て行けとも言いづらい。そもそも、彼女が幼馴染に瓜2つというだけに、元より強い事を言いづらかったりする。
さて、話を甲板に戻そう。
「……悩み事か?」
サボの問いかけにエースは沈黙していたが、やがて溜息をついて言った。
軽すぎる、と。
エースが知る自然系は4つ。スモーカーの煙、赤犬のマグマ、黄猿の光、青キジの氷だ。
この内、煙はまだいい。
元々、煙という性質上、余り攻撃には向いていないのは確かだからだ。
だが、火という一見攻撃に優れたように見える自然を手に入れただけに、エースは不満だった。
無論、ある程度理解はしている。
海軍大将という海軍の頂点に立つ彼らと自分を比べるのが間違っている、と。大佐相手でさえ苦戦した自分達だ。本部大佐の更に上、幾多の実戦を経て、世界最高クラスの戦力を持つに至った彼らとでは自分は所詮若僧に過ぎない。
だが……。
何時か肩を並べる所に行きたいと願う気持ちはまた別だ。
「……火ってのは重量がないからなあ……」
サボの呟きが全てを語っている。
単純な熱量においてはマグマに劣る。
あちらは高熱と質量を共に保有している。そこから生み出される攻撃は恐怖の一言だ。
光はその速さにおいて、他の追随を許さない。
圧倒的な速さから繰り出される途轍もない質量へと膨れ上がった光速の蹴りは強烈だし、放たれるレーザーは一撃でシャボンディ諸島のヤルキマンマングローブをへし折る破壊力を持つ。
瞬間移動とも取れる光速移動や閃光による目潰しなど小技も豊富だ。
氷は一見上の2つに比べると地味だし、直接的な破壊力という面では、上記の2つに大きく劣る。
だが、氷には絶対的とも言える強烈な特徴がある。
それが、海に落ちても平気という能力だ。
正確には海でも自身の能力が発動不可能に至る前に強い冷気が海をも凍らせてしまうのだが、悪魔の実にとって共通の弱点である水に対して絶対的なアドバンテージを持つ氷の能力は極めて強力だ。
……だが、火には、これらに匹敵する能力がない。
「やっぱりさ、何か『これ!』って奴が欲しいんだよ」
その気持ちはサボにも分かる。
それだけに一緒になって唸っていた。
彼らがこうして悩んでいるのは、やはり先だっての戦いが原因だ。
あの時、彼らは3人がかりで本部大佐1人に敵わなかった。
最終的に勝利を収めたのは彼らだったが、3人が3人とも到底勝った気になれないでいた。当然ではあるが。
それ以後、彼らは彼らそれぞれが『どう極めていくか』を追求するようになっていた。
それが出来なければ、グランドラインに入る余地すらない。
これがまだ、剣士である3人は楽だった。
武器という要素は良かれ悪しかれ、ある程度方向性を絞ってくれるからだ。
サボは速さへ。
六式と組み合わせた鋭さを追求する方向へ。
元々剛剣だったゾロはその方向へ。
3刀流というやり方自体が、力が強くなければ不可能なので、これは案外すんなりと決まった。
その為にはまず筋力トレーニングだ。
たしぎも決まった。
女性故に力の道へは進み辛い。無論、男性にも負けない力を持つ者はいるが、たしぎとは余り相性は良さそうではない。
故に彼女は技の方向を極めようと、型をこなしていた。
「やはり、温度かなあ?」
サボもこれらと比べれば、どうしても幅が大きい火に関しては、答えを出しづらい。
「やっぱり、そっちが妥当だよな」
エースとしても、集束と熱という2つの分野に絞るのがやはりイメージが湧く。
だが……。
「けど、温度って集中しないとすぐ下がるんだよな……」
それが問題だった。
結局の所、精進あるのみ、という事にまとまりそうだったが……。
ちなみに、後にエースと電伝虫で話したアスラは、自然系悪魔の実の火とは熱なのではないか、という見方を示していたりする。共に、形のないものであるし、熱を火という形を通じて発揮しているのではないか、そう思ったからだ。
そこから、『これは出来ないか』『こういうのはどうだ』とあくまで可能かどうかは分からないが、と断った上で幾つか提案してみたりするのだが……。
その結果が出るのは、まだ先の話である。