モーガン討伐記3
村人と海軍が対峙していた。
無論、海軍側にも村人はいる。だが、朴訥な風情の村人達の大多数は片側に寄っていた。
その先頭に立つのは、カヤの両親だった。
そもそも何故このような事態となったのか。
シロップ村へと訪れた海軍は当然、村人から奇異の目で見られる事になった。
当然だろう、海賊の襲撃を受けたというならばともかく、それ以外でこうした村を海軍が訪れるという事は滅多にない。
当然といえば当然で、こうした小さな村には一定以上の規模の船の整備も本来困難だ。たまたま、この村には資産家の家族が住んでいる為に、彼らが使う船の為の簡易整備施設があるが、それとて軍艦の整備を行えるようなものではない。
そんな視線を物ともせず、海軍は即座に行動に移った。
『百計のクロ』の手配書を持ち、村人に確認を行なったのだ。
これで村人が皆、困惑して誰の事を言っているんだろう?的な反応を示していれば、誤解でした、で終わる所だが……そのような事にはならなかった。
ある者は素直に『おんや、こりゃあ……』と、資産家の執事となった人物の事を上げ。
ある者は庇おうとしたのか、『い、いや、ワシは知らんよ?』と不審な挙動を見せた。
彼らは役者ではない。
全員が、それこそBWのMr.2みたいな面々ならば騙しきったかもしれないが、そもそも彼らはクロが海賊であったという過去すら知らなかった。
そうして、易々とキャプテン・クロの情報を得た海軍の面々は列を連ねて、向かうのを素直な村人としては黙って見ていられず……冒頭の光景へと移る訳だ。
到着した時、クラハドールことクロはむしろ堂々と姿を見せた。
現状では下手に身を隠す方が自分に不利になると見抜いたからだった。
その上で、堂々と以前は海賊であった事や、間違っていた事に気付き、足を洗おうと決めたのだと見事な演技でもって、村人の同情を誘った。
もちろん、キャプテン・クロの内心は異なる。
資産家の両親の殺害の為に事故に見せるか、病気に見せるかを検討中であり、娘も共に葬るか信頼を醸成する為に敢えて生かして、かいがいしく世話をしてみせる事で信頼を得るか、そんな計画を練っていた折に海軍がやって来たのだった。
しかも、先頭に立つ相手にクロは見覚えがあった。
さすがに、自分が死んだ事にした時に使った海兵の顔ぐらいは覚えている。
『誤魔化そうとしても無駄か』
ジャンゴの催眠術が解けていると思われるその様子に、部下を内心で罵った後、穏やかに取り繕い、村人を巻き込むという策に出たのだった。
さあ、どうでる?
クロが内心でそう確認した時、村人の言葉を聞いたモーガンは静かに答えた。
「……そうだな。確かにそうなのかもしれん」
海軍の責任者と思われる人物の言葉に村人達の顔が明るくなった。
「だが、法は法だ。全ては罪を償ってからだ」
だが、すぐにその言葉で村人の喜色は一瞬で消えた。
尚も言い募ろうとした村人を制し、モーガンは告げる。
「反省しました。はい、分かりました、では意味がない。犯罪を犯したならば、罪を償い、その上でやり直せるならば、それは我々海軍としても喜ぶべき事だ」
「けど……」
「ならば聞こう。お前達は自分が被害にあっていないからそう言う」
モーガンの言葉にむっとした様子の村人もいたが……。
「同じ事を、その男の、海賊の被害にあい、家族を、愛する人を、我が子を、友人を、隣人を失った他の村や町の人々に言えるのか?」
続けてのその言葉に、誰もが言葉を失い、そうして沈黙せざるをえなかった。
そう、この村の人間はクロの被害に遭っていない。
だからこそ、クラハドールことクロが善人を装えば、信じようと考える事も出来る。だが、クロに殺された人間は1人や2人ではないし、そうした人間はクロの事を許せるはずがない。
そう言われては、村人も反論出来なかった。
「……これは仕方ないですね」
だから、クロのその言葉を誰もが当然と受け止め。
次の行動を止め損ねた。
そのまま、カヤを抱き上げ、刃物を突きつけた行動を。
「え?」
誰かが理解出来ていない、というような声を上げた。
無論、モーガンら海軍は『やっと本性を現したか』とばかりに警戒を怠っていなかったのだが、何しろクロは油断なく村人の真っ只中にいた。それを蹴散らして即取り押さえる事はさすがに出来なかったのだ。
……いや、まあ。昔のサカズキ大将なら庇う村人ごと吹き飛ばしていたかもしれないが……。
「まったく、予定が全てダメになってしまいましたよ……しょうがないですね。役立たずどもが」
豹変に村人らは混乱していたが、少なくとも理解出来た事が1つだけあった。
それは……あの真面目な態度が偽物だったという事。
クロからすれば、村人達も役に立たなかった腹いせに消していきたい所なのだが、今手元にあるのはナイフ1本のみ。本来の得物はもし見つかった時、怪しまれる事必定なのでここには置いておけなかった。
そうして、手元には先程まではお嬢様と呼んでいたカヤ。
ナイフ1本で村人だけなら皆殺しにするのは訳ないが、目の前には海軍がいる。……明らかに雑魚の、東の海で見かけてきた海兵とは一線を隔した連中が。
彼らを捌きながら、同時に村人を殺すのは面倒が過ぎるどころか、自分の墓穴を掘りかねない。
クロは逃げ出す事に集中していた。
海軍はどうやって少女を助け、クロを捕縛するかに集中していた。
村人はクロの豹変とカヤへの不安、そして空気の重さに自然と無言になっていた。
だからこそ。
「必殺——」
その声は決して大きくはないのに、よく響いた。
「タバスコ星!」
それは恐ろしいまでの正確さでクロの眉間に着弾した。
眼鏡のブリッジの僅かに下に着弾したそれは、簡単に潰れて中身を飛び散らせ……左右に散ったそれは必然的に目にも僅かながら飛び込んだ。
「っ!?」
強い刺激に思わず目を抑えて——クロが蹲りかけた瞬間に動いた者が2人いた。
1人はカヤ。
その声が聞こえた瞬間に、彼の事を信じていたからこそ、心の用意が出来ていた。
だから、足が地面についた瞬間、緩んだ腕から抜け出した。自らしゃがみこむ事で。
もう1人はモーガン。
【剃】
一瞬の作られた隙に、自らの全力で駆け寄り、だが、途中で少女が屈み込もうとしているのを、その視界で確認した。
刹那の時ではあるが、笑みが洩れそうになる。どうやら、先程の狙撃手を随分と信頼しているようだ——そう思いつつ、少女を助ける為に、掴みとる為に開いていた左拳を握り締め——。
渾身の力で叩き込まれたストレートは、再びクロにカヤを人質とさせる前に吹き飛ばしていた。