モーガン討伐記5
シャムを吹き飛ばした技の名は『嵐破(らんぱ)』。
見れば分かるかもしれないが、基本は【嵐脚】の変形だ。
モーガン大尉は接近戦はとりあえず、腕の斧を使った戦闘技術を鍛えた。ただ、【剃】と【鉄塊】は全ての六式の基本であるからそれはいいのだが、射程のある攻撃がなかった。
【嵐脚】を修得したい、という気持ちはあったが、1年足らずでやるには時間が足りない。
それでも、右腕からだけとはいえ、似たような攻撃を出せるようになったのは、もうこれは執念の賜物と言っていいだろう。
まあ、とはいえ渾身の大振りになってしまう為、隙がデカイとかの欠点はある訳だが……。
とはいえ、1人やられたからとて海賊が止まれば苦労はしない。
ブチ自身はは無傷だ。
だからこそ、ここで引けない。背後にはクロ船長がいる。
『すいません、やられました』
で、戻って許してくれるような人ではない。
……ただでさえ、想定外の事で苛々しているというのに、下手に刺激しようものならまず殺されるのは自分達じゃないのか!?という脅迫観念がある。
だからこそ自分の自慢のパワーでもって叩き付けたのだが……。
「……!?」
「ぬるいな、力自慢、か?その程度で片腹痛い」
力自慢、確かにこのブチは力自慢なのだろう。
だが……モーガンの基準がそもそも人外レベルが基準となっている。1度マリンフォードでの大将中将クラスの模擬戦闘を見れば、この程度の力で自慢しているのが本当に哀れになってくる。
というか、モーガン自身も以前はそれなりに豪腕と思っていた自分の井の中の蛙状態を実感させられたのを思い出して、少し悲しくなったが……。
それなりにブチは頑張った。
頑張ったのだが……自分と真っ向力比べが可能なパワーに、瞬間的にクロに匹敵する速度が加わっては勝てるはずがなく、ブチが倒れたのは、それから間もなくの事だった。
「ぶ、ブチまで……」
その光景に驚愕するジャンゴ(+黒ネコ海賊団一同)だったが、クロ自身は冷徹にその光景を見詰めていた。
(厄介な奴だな。瞬間的な速度は俺の【杓子】に匹敵するか?パワーでは真っ向ブチの奴と張り合う上、シャムを一撃で仕留める威力の飛び道具もあり、と……)
力と速さで互角以上となると、厄介だった。
実の所、クロは用心深い。
逆に言えば、強敵との戦いはなるべく避けてきた、或いは強敵を罠に嵌め、全力を出し切れない状態に追い込んで仕留めて来た。それは間違っていないやり方ではある。
ただ、同時に強敵と真っ向やりあう、という経験が少なめなのも事実だ。
だが……今回はどうあってもやりあうしかない。
クロとモーガン。2人の視線が合った。
そして、次の瞬間。
2人の姿が消えた。
ここで、海兵と海賊、双方の反応は全く逆のものになった。
【杓死】の危険性を知る海賊達は悲鳴を上げて、それまで岩陰から覗かせていた身を完全に隠し、屈めた。無論、そんな事とは知らない海兵らはそんな事はしなかった。
結果として——。
「がっ!?」
海兵の1人が斬られた。
【杓死】と【剃】には大きな違いがある。
【杓死】は常に高速で動く業だ。
【剃】とは瞬間的に高速で動く業だ。
そこには大きな差がある。
すなわち、モーガンはクロを追撃する事は出来るが、同じ速度で動き続ける事が出来ない。
故に停止したモーガンをクロは何を斬っているかを知らぬまま斬りつけていたのだが、【鉄塊】で弾いていた。
モーガンが停止したのには、海兵らに警戒を命じる為でもある。
まあ、実際には海兵らも慌てて姿を隠していたのだが……実際、周囲は斬撃の痕が物も人もおかまいなしに、手当たり次第に斬られる。
先に倒されたシャムとブチの内、まだ多少は動けたブチは懸命に動かない体を動かして岩陰に入ったものの、シャムは転がったままだ。
斬られていないのは正に偶然の産物で、兄弟のブチとしては『船長、斬らないでくれ!』と願うばかりだ。
ブチなどが息を呑みつつ見詰める中、クロはようやく停止した。
「……ふん、案外と人は斬れていないか」
くい、と眼鏡を掌で直し、クロは呟いた。
【杓死】で動いている間は何を斬っているのか自分でも分からない。
部下とて、ひたすら身を小さくして自分が斬られないようにしているしかない。
ただ、クロ本人からすれば不満もいい所だ。
海兵らを削る事も出来ず、モーガンは……。
(……服に切れ目はある。斬られているのに本人には傷がない。……面倒な、何かの防御する技があるって事か?)
無論、モーガンにはモーガンの見方がある。
(……追いつく事は出来る。だが、ずっとあの速度で動き続けるってのは面倒だ)
双方がにらみ合う中、戦場の外では、また別の動きがあった。
こっそり、そーっと……海兵が、海賊達が、ようやっと動けるようになったブチはシャムをモーガンの視界に入っているのを覚悟の上で回収して逃げ出し、海兵は海兵でクロの視界に入っている事を覚悟の上でじりじりと後退を続けていた。
この時ばかりは、彼らの思いは1つだった。
(頼むから、俺らが安全圏に逃げるまで、動かないで!)
幸いその願いは叶い、2人が再び動いたのは海兵と海賊双方が大きな岩の陰にそれぞれ避難し終えた後だった。
実際の所は、モーガンとクロ双方が示し合わせた結果だ。
モーガンからすれば、海兵達が避難するまで動きづらい。クロにしても、別に部下を無駄に斬りたい訳ではない。先程までの動きでモーガンさえ倒せば何とかなるという事も理解した。であるならば、海兵らが逃げるまで、部下らが逃げるまで待っても問題はない。
そして、誰もいなくなった瞬間。
2人の戦いは第二ラウンドを迎える。