第二十四歩
side はやて
腹筋が攣りそうだ。
現在の私は、吹き出さないように若干机に突っ伏しながらも耐えていた。
原因はただ一つ、監視対象の裕也君だ。
はっきり言おう。
反応が面白すぎた。
そんなことを考えていると、またさっきのシーンが頭に浮かんできてしまった。
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それは先生が電話を切ってすぐのことだった。
先生は携帯電話の電源を切り教卓に戻って行った。
その間もちゃんと私は監視を続けている。
先生が話しだす。
それと同時に裕也君も何かをつぶやこうと口を開くのを確認し、私はサーチャーで音を拾う努力をした。
するとちゃんと音を拾うことに成功した。
「鈴木のことだが、ドアノブが取れて部屋に閉じ込められたらしい。
これが寝坊の言い訳か、それとも事実なのかはわからんが、2時間目が終わっても来なかったら先生に報告に来てくれ。
それと、もし寝坊したからってこの言い訳は使うなよ?
二番煎じのネタは面白くないからな。」
≪そ〜らをじゆうにと〜びたいな〜≫
私は吹き出した。
私は通信か何かをしようとしているのかと思って割と気がまえていたのだ。
それをこんな風に裏切られるなんて思わなかった。
いや予想できるはずがなかった。
こんな些細なことだが、気を張っている私には、あまりにもおかしく感じてしまい、乙女にあるまじき反応をしてしまう。
なんとか突っ伏して、耐えるが体は正直で、思いっきり震えていたことだろう。
「八神、確かにドアノブが取れて閉じ込められるなんて珍しいことではあるが、そこまで笑うほどか?
というか、完全につぼに入ってるのおまえだけみたいだぞ。」
私は攣りそうなおなかを押さえながら頑張って答えた。
「せんせい、いま答えンのむりです。」
声が震え、片言みたいになってしまう。
周りからは『あいつどうしたんだよ』という視線が向けられているのもわかる。
なのはちゃん達からもにいたような視線を感じる。
しかし、私の中では今もさっきの裕也君のつぶやきが、リピートされ、腹筋に猛烈な打撃を与え続けているためどうしようもなかった。
なんとか深呼吸をしようとするも、リピート再生されるつぶやきが邪魔をする。
本気で、裕也君を恨みたくなってしまった。
しかし、神は私にさらなる試練を与えた。
それは私が落ち着きを取り戻し始めたときのことだ。
先生は、もう教室を出てもういない。
裕也君は何か思いついたような顔をして、急に立ち上がった。
そして、窓枠に近付き辺りを見回し、突如声をあげた。
「ナイフ1,2番。
空中停滞。
方向固定。
1m/sで等速直線。
ナイフ3,4,5,6,7,8番。
主の1m以内で空中停滞。
主の自動防御。
ナイフ9,10番。
主の1m以内で空中停滞。
敵勢への自動迎撃。
敵と接触後消滅。」
すると、ごく微量の魔力反応を感知した瞬間、何もなかった場所から突如ナイフが出現した。
私は、その魔力の消費の少なさに愕然とした。
転送魔法は、使用の際に、召喚物に関係なく、それなりの量の魔力を消費してしまう。
しかし、裕也君はかなり少量の魔力、それも、下手したらなのはちゃんのシューターのたった5,6発分の魔力で行ったのだ。
しかも、魔力を感知したのは召喚の一瞬だけ、なのに、ナイフは空中に浮遊し、裕也君を守るように円軌道で、裕也君の周りを飛び回ってた。
そこで私は、我に返り、なのはちゃんとフェイトちゃんに念話を送った。
≪なのはちゃん、フェイトちゃん。
裕也君が何か、魔法みたいなのを使うみたいや。
今サーチャの映像を送るから、2人も眼を通しておいてや。≫
≪はやて、わかった。≫
≪はやてちゃん、それほんと!?≫
≪見た方が早いから、とりあえず見てや。≫
そうして、二人と映像を共有し、再び監視に戻った。
それはちょうど、裕也君がナイフに掴まり、窓から出るとこだった。
私にはこのナイフがどういうものか理解できなかった。
だってそうだろう。
どこの世界に、人ひとりの体重を支えて空を飛ぶナイフがあるのだ。
そして、問題はそれだけじゃない。
あれは明らかに刃引きもされていない。
魔力刃でもないうえ、刃引きされていない刃物。
そんなものに、非殺傷設定なんてあるはずがない。
あの魔法は明らかに、ミッドでは禁止されている魔法だ。
最悪戦闘になったら、殺しあいになる可能性があることを示している。
それに、裕也君には、幻術の魔法もあるのだ。
はっきり言って、組み合わせが凶悪すぎる。
幻術で、目くらましされている状態で、いくつ召喚できるかもわからないナイフを相手取ることなんてできない。
私の中で、裕也君の危険度は今最大に引き上げられた。
そして、さらに状況に変化が起きた。
一言で言ってしまうと裕也君が落下した。
それだけなら、よかった。
しかし、そこからがひどかった。
裕也君は落下し、畑の隅っこに割と綺麗に着地したように見えた。
実際にはそんなことはなく、そのまま、足を滑らせ、勢いよく芝生にヘッドスライディングした。
その映像を見て、私はまた吹き出してしまった。
私は、シリアス時のギャグに極めて弱いようだ。