第三十七歩
始業式からもう結構時間もたち、とうとう4月の最後の日曜を迎えた今日。
私は海鳴市に一か所だけある釣り堀に来ている。
ここまで言えばわかる人にはわかるのではないだろうか。
そう、あの海での雪辱を晴し、リカバリーナイフの効果を確認する、そのために今日は釣り堀にやってきたのだった。
あの海釣りに行った日、確かに私は大きな敗北を経験することになった。
※海釣りについては第十八歩参照
しかし、それで諦めるのはなんだか悔しかったんのだ。
だってそうだろう。
1日フルで粘って、1匹を釣り上げることもかなわなかったのだ。
あの日のことを思い出すといまだに虚脱感が全身を襲う。
私はもう決してあのような敗北をするわけにはいかない。
あんな思いをするのは二度とごめんだ。
そうして私は一つの答えに思い至った。
海で釣れなければ、より魚を釣ることが容易な釣り堀に行けばいいじゃないと。
そうしてそのことに気がついた昨日、私はネットでもっと最寄りの釣り堀を調べやってきたのだ。
はっきり言って、今回の釣り堀で今月のお小遣いはほぼ亡くなったのだ。
私にはもう差し出せるものは何もない。
つまり、私は背水の陣を敷いてまでこの場に来たの
今の私を止まられるものはもう何もない!
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神様なんてこの世にはいないのかもしれない。
きっとあのとき見た神様もきっと変な妄想で、今の釣竿を握って1時間近く座っているのもきっと夢に違いない。
今日は前回の反省を踏まえてちゃんと読みかけの文庫本を持ってきたり、いろいろ準備をしてきた。
だから、ひどく退屈というわけではない。
だがしかし、退屈でないからと言って、釣れないと何も楽しくない。
それに周りも釣れていないのなら私もあまり文句はない。
しかし、私の後に来た家族連れの客はなぜかめちゃくちゃ釣れているのだ。
それこそちらっと見ればもうバケツがいっぱいになっているのがわかるレベルだ。
はっきりいってみじめだ。
おそらく3歳ぐらいだろう子供には魚を釣ることができて、私にはできない。
鬱だ。
一体どこにここまでの差を生みだす要因があるのだろう。
もしかして魚はショタコンなのだろうか?
いやあの家族が釣れているということはもしかしたら、人妻趣味やオジサン好きなのかもしれない。
何と忌々しい魚だ。
そんなことを考えていても、釣れないことは変わりなく、餌だけがどんどん減っていく。
本当に忌々しい。
そこでしびれを切らした私は切り札を切ることにした。
はっきり言って、これはずるだ。
それも、やり過ぎれば営業妨害レベルのずる。
だがしかし、全く釣れず、ストレスがマッハの勢いで増している私にはそんなもの関係はなかった。
狙うは目の前にいるかなり大きな魚。
そうして私はその魚に全力で幻術を発動した。
内容は簡単。
目の前の餌が異様なまでおいしそうに見えるように幻術をかける。
だがしかし、私には魚にとってどんなものがおいしそうに見えるのかは分からない。
だから今回はいつもと少し違うタイプで幻術を発動させた。
いままで使っていた幻術が私のイメージや情景を設定してそれを相手に強制的に見せるものだが、今回は違う。
今回の幻術は相手の脳内にあるイメージを増幅して幻術として見せるものだ。
はっきり言って、これは普段に使用している幻術よりも使うのが簡単だ。
理由は単純。
自分でわざわざ考える必要がなのだ。
しかも、相手の主観で発動するから、おそらく相手も変な違和感がないはず。
つまりこの幻術は簡単で、さらに効果も通常より絶大だ。
そんな幻術をかけられた魚がどうなったかというと。
すごい勢いであのご家族のところに泳いで行った。
もう何が何だかわからなくなった私は釣竿をあげることにした。
するとそこには、針のなくなった釣り糸があった。
多分水に入れた拍子にほどけるかしてしまったのだろう。
今回の幻術は餌が異様においしそうに見えるように発動したのだ。
餌がなければ効果なんてない。
私は仕方がないので受付に行って、別の竿を借りることにした。
横から歓声が聞こえたが私には何も関係ない。
関係ないのだ。
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それから同じ幻術を4回ほど使用するとちょうど餌が尽きた。
そしてその場で一匹は、受付で塩焼きにしてもらい昼食として、食べた。
残りは内臓を取り出してから袋に入れてもらい、家に持って帰ることにした。
今日は釣れて本当に良かった。
さすがにあの海釣りの時のように何もせずに一日が終わるということもなく、ちゃんと家族にお土産もできた。
しかし、私はそこで気付くべきだったのかもしれない。
私が釣り堀に来た目的を忘れているということに。
いや正確には、半分しか達成してなかったことに。
そのことに家についてから寝るまで思いだせなかったのはまた別のお話。