見えない空気の奇行文。
8話
チビッ子達も回復し、お昼ごはんと相成った。
さっきまで飯だ飯だと楽しみにしていたのに、今は下手に動きまわるのが恐怖でしかない。
ダンボールに隠れてスニーキングミッションを遂行中。
任務失敗は、シグナムさんに見つかったときである。
「9本の尻尾が生えたダンボールが動きまわる姿って……シュールね」
「ティアナ、何を言うか。
これはかの有名な蛇男も絶賛したスニーキングアイテムだぞ。
光学迷彩なんて目じゃない」
「機械溢れるこの景色にレトロなダンボールがあるってだけで異色よ。
というかどこで仕入れてきたのよそれ……」
「変化の術の応用でござる」
「なんでもいいけど、目立つし恥ずかしいから使うの禁止です」
なのはさんに破り捨てられました。
横に愛媛みかんって文字までちゃんと書いた、力作だったのに……
「ところでダンボールの文字って日本語だったけど……お稲荷さんってもしかして地球出身?」
周りが外国人の名前っぽかったから日本人? って聞かれるかもとは思っていたが。
まさか惑星出身から疑われていたとは心外である。
「どこをどう見ても地球産の純粋日本人でしょうが」
「そのセリフ鏡見てからもう一度言って欲しいかな」
毒舌さに磨きがかかってきましたねなのはさん。
「でも地球の日本なら私も同じ出身だね!
……あ、そういやお稲荷さん一応次元漂流者扱いでもあったんだっけ……
帰る世界分かっちゃったし……地球に帰りたい……?」
「意味が分からない。
なにここ地球じゃないの?」
「あんた一体どれだけ基礎知識が抜け落ちてるのよ……」
ティアナが馬鹿にしてくるが、俺が何を知らないのかを俺は知らない。
お、今の名言っぽくね?
「だって詳しく訊こうにもなのはさんに連絡したら、
あ、じゃあ丁度いいからお稲荷さんも一緒に訓練しよ?
とか言い出す可能性があるんだぞ?
そんな事になったら俺の寿命がストレスでマッハ。
なのはさんの魔砲で俺は骨になる」
首筋にヒヤリとした何か。
ちらりと見る。
赤い珠の周りを金色の金属が囲って、そこから一本の棒が伸びている杖のような物が。
そしてその杖は、魔王の両手に握られていた。
「だって詳しく訊こうにもなのはさんに連絡したら忙しいのにさ、
あ、じゃあ丁度いいからお稲荷さんも一緒に訓練しよ?
なんて言ってくれる可能性があるんだぞ?
そんな事になったら俺の寿命が罪悪感でマッハ。
なのはさんの優しさで俺は骨抜きになる」
首筋に突きつけられていた死の宣告から解き放たれる気配。
命拾いをしたようです。
てか実際、地球じゃなくてもそこまで気にしてないから。
とりあえずどこででもいいから、生きてて人並みの生活ができればそれで満足。
連日魔砲を受けてて人並みかはとても微妙ではあるけど。
またヒヤリとした。
訂正、満足です。
「だからわっちは地球に戻る気も、なのはさんの使い魔を辞める予定も今のところありんせん。
安心してくりゃれ」
「……そっか、そっか。
よし、お稲荷さん今日は私が払っちゃうよ!
何でも好きなもの食べてね!」
何故か分からんが上機嫌ななのはさん。
この機を逃す事なかれ。
「では揚げ尽くしといこうか」
○ ● ○ ● ○ ●
食堂に着くとチビッ子達は早々と料理を注文しに行った。
俺となのはさんも席だけ確保し、それに続く。
先日から密かに食堂のおばちゃんに頼んでいたメニュー、揚げ尽くしを食べる時がきたのである。
いい仕事をしてくれた。
おばちゃん、愛してる。
それを受け取り、なのはさんも定食を貰って席に戻る。
俺が取った席には丸めがねのお姉さんが。
テーブルには謎の山が。
どこから突っ込めばいい。
「とりあえず……
何がテーブルにあるのかと思ったらスパゲッティーの山ですか。
てかこんなに誰が食うんだ」
「スバルとエリオよ。
全く、そこまで食べても太らない秘訣を教えてもらいたいものだわ。
で、あんたのそれ……何?」
「お稲荷さん要望の揚げ尽くしメニューらしいよ?」
「うむ。
主菜は稲荷寿司。
副菜に油揚げのサラダ、油揚げの煮物、油揚げのお造り。
油揚げのステーキもあったんだが、そこまでは食べれないからまた今度だな」
幸せなり。
「油揚げのお造りってなによ……味覚も狐化してるみたいね……」
「ティアナもなってみるか?
油揚げがあり得ないくらい美味しく感じるぞ」
必死に否定されました。
まぁこんな事態にならなかったら俺も狐になろうなんて思わなかったけど。
なってしまったものは仕方ないから楽しむだけさ。
「で、そこは俺のキープした席なのだがどちらさん?」
「あら、なのはさんもお昼ご飯ですか?」
丸めがねのリバースカードオープン。
魔法カード『スルースキル』が発動。
次のターンに俺の怒りは有頂天になる。
「あ、シャーリーもご飯?」
「えぇ、みなさんを見かけたのでご一緒しようかと」
「うん、いいよ」
なのはさんは自分がキープした席に座り、丸めがね……シャーリー?と談笑ムードに突入。
チビッ子達もそれに乗じてワイワイし始めた。
俺、席が無いため揚げ尽くしを手に立ち尽くしている。
今うまいこと言った。
なのに涙が出ちゃう。
仕方無しに隣のテーブルに座る。
人がいっぱいでみんな楽しそうにご飯食べているのに俺の座るテーブルだけ孤独。
絶品なはずの揚げ尽くしが何だかしょっぱく感じました。
○ ● ○ ● ○ ●
あまりの寂しさに意識が夢幻の彼方へ飛んでいっていたようだ。
気がつくと既に訓練室に戻っていた。
「何故みんなとご飯に行って1人で食べなければならないのか」
「そこに席が無いからよ」
何、決まった……! みたいなセリフ言ってやがりますかティアナさん。
ウサギじゃなくても孤独死できると思ったよマジで。
仲間はずれ良くない。
「さぁ、今から午後の訓練だからみんな準備してね!」
あ、やっぱり仲間はずれでお願いしますご主人。
え、だめ?
ですよねー。
壮絶。
その一言に尽きた。
志村後ろ、後ろ!作戦も。
タンスの角に小指がゴン作戦も。
全て耐え切られて後に撃ち抜かれた。
特にタンスにゴンの時はダメージを与える事ができた分、返ってくるのも凄かったとです。
一撃入れたら見逃してくれるんじゃなかったのか。
逆に見逃すかって意思がありありと見て取れました。
え? どうやったかって?
幻術と変化の合わせ技。
狐火の形を全部タンスに変えただけです。
迫り来る50近いタンス。
その中に1つだけ変化で作った実物。
うん、それはそれで怖いかもね。
「はーい、じゃあ夜の訓練、おしまい」
「あ……ありがとうございました……」
「…………」
所々ボロボロになりながらも、何とか立ちながらなのはさんに礼を言うチビッ子達。
無言でうつ伏せで黒焦げになって、ブスブスと煙を上げている俺。
「いつか何かに触れると必ず静電気が発生する呪いをかけてやる……」
「そんなことしたら八つ当たりされる回数が増えるだけだと思うぜ」
エターナルロリータもといヴィータに諭された。
どうやら俺がなのはさんに一矢報いる日は訪れないようである。
お疲れさまでした、と声をかけて帰宅するチビッ子達。
なのはさんはそれに応えると、今日の訓練結果を纏めたような物を表示しているモニターを空中に出現させた。
もはや魔法というよりSFである。
キーボードっぽい何かでピッピッピッピとやりながら、ヴィータと話している。
黒焦げ状態から回復した俺は、近くの壁に寄りかかりながら座ってその光景を眺めていた。
超回復って凄いよね。
「けどあれだ……なんつぅか、もっと、厳しくしねぇでいいのか?」
「俺に死ねと申すかエターナルロリータ」
ハンマーが顔の10センチ横の壁にめり込んだので自重します。
「小さいことで怒鳴りつけている暇があったら、模擬戦でしっかり叩きのめした方が、教えられる方も学ぶことが多いって……教導隊では、よく言われてるんだ」
叩きのめされる度に記憶が飛ぶ時もある俺に学ぶものなど何も無い。
というか、あの教導はまっさらな新人を育てるものじゃなく、もっと強くなりたいって意思と熱意を持った魔導師に、ハイレベルな戦技を教えていくものらしい。
「意思も熱意も戦闘技術もない俺はただただ平穏無事に毎日を過ごしたいだけなんですが」
「ま、何にしても大変だよな、教官ってのも」
「でもヴィータちゃんも、ちゃーんと出来てるよ? 立派立派!」
「撫でるなぁー!」
「あっはははは!」
「聞いてよ」
他の人がアットホームな雰囲気を醸し出していると俺はエアーマンになるようだ。
食堂に続き二度目の切なさを歌いたくなりました。
「結局あのまま空気かよ。
泣いてない、泣いてないよ俺。
1人夜道を歩くのにも結構慣れてきてしまったさ」
「お前が稲荷だな」
「ん? どちらさ……
ピンクのポニテ、無愛想な口調、ボイン……
まさか、シグナムさんか!?」
「ほぅ、些か気になる特徴ではあるが。
なのはから話は聞いているな?」
「聞いているけど聞いていない。
クッ、このままでは俺は終わってしまう……!
危険ではあるが、この場を脱出するために俺はあえてこれをする!!」
「な!?」
「これは……D……か?
ノギャァァァァアアァアァアアアア!!!」
— 防犯用街中カメラの音声より抜粋 —
友人が授業休んで1人学食でご飯を食べる寂しさは異常。
アニメを見ながら書いてる筈なのに、描写されてるところよりもされてないところを妄想して書いてる自分も異常。
という訳で8話でした。
閲覧ありがとうございました。