ノーペーパー奇行文。
十二日酔い。
平凡な時間は、突然終わりを告げた。
俺の耳に、微かに聞こえる唸り声のようなもの。
これは間違いない。
アレが来た。
ヴィヴィオはこれより試合が始まるが、どうやら見ることは叶わないようだ。
走り出す。
この事情に、なのはさんを、ヴィヴィオを巻き込まない為に。
血相を変えて走り出した俺を、なのはさんは何事かと呼び止めようとする。
だが、止まるわけにはいかない。
こうしている間にも着実にアレが迫ってきている。
時間が、もう無い。
全力疾走は未だにできない。
だって速すぎるんだもん。
なので自分に認識できる最大の速度で走る。
会場の廊下。
文字は読めないが、青と赤のプレートを見つける。
恐らく、目的の場所はここに違いない。
歓声が会場から聞こえてきた。
多分ヴィヴィオの試合が始まったのだろう。
初試合を見れなかった俺を許してくれ。
中に飛び込む。
腰を下ろし、アレが通り過ぎるのをじっと待っていた。
後はこのまま、時間が経つのを待つだけのはずだった。
しかし、どうやら最後の最後で俺は失敗してしまったらしい。
この事態、もはや俺1人で対処できる状態ではなくなった。
だが、やはりなのはさんを巻き込む訳にはいかない。
巻き込みたくない。
……仕方ない。
ヴィヴィオも巻き込みたくない中の1人ではあるが、なのはさんよりは、大丈夫なはず。
ポッケからそっと携帯を取り出し。
通話ボタンをプッシュ。
『どうしたの? 狐パパ。
さっき、慌ててどこか行ったみたいだけど……』
「ヴィヴィオ……
紙が……
紙が無いんだ……!」
『……ヴィヴィオ、試合中なんだけど。
今も絶賛攻撃され中なんだけど……
切っていい?』
「待て。
だってアレだ、腹痛が来たからトイレに行くのは仕方ないだろ?
グルルルルルってもう、野獣の唸り声のような音が腹から聞こえたんだぞ?
しかし頑張って走って辿りついたトイレに紙が無いとか。
なのはさんに知られたら恥ずかしさで首を吊るレベルなんだ」
プツッ。
そんな音が聞こえると共に、携帯の画面には通話終了の文字が表示された。
スカさん。
ヴィヴィオが本格的な反抗期に入ったようです。
紙が無かったりスルーされたり、下半身スッポンポンの俺の心は砕けそうです。
そのまま暫くどうしようかと悩んでいたら、ドアをノックする音が。
入ってますよー。
そう答えると、個室の上の隙間からポケットティッシュが。
「その……お稲荷さん。
これ……使って?」
スカさん。
俺の心は砕けたようです。
「で、試合はどうだったんだ?」
「狐パパ、くさい」
席に戻って、待っていた2人に話しかけたところ娘からこの返答。
過去にも言われたセリフではあるが、今回のは心に響くものがある。
先ほどの事情に加え、もう立ち直れなさそうだ。
そっとなのはさんの胸に顔を埋めて泣いてみる。
「ほらほら、泣かないのお稲荷さん。
都会のトイレはいたずらされるからって紙無いところがあるらしいから。
今度からはちゃんと常備しようね?」
そうじゃない。
慰めてくれたのは嬉しいが、慰めて欲しい場所はそこじゃない。
「もう……!
これでも、狐パパやなのはママに見てて貰えると思って少しはやる気出してたんだよ?
それがお腹痛くてトイレ行ってたって聞いて、ヴィヴィオがどれだけ悲しんだか」
「……そうなのか? なのはさん」
「さぁ……
でも、お稲荷さんがお腹痛めてトイレ行く時って何かしら起こるよね。
闇の書の時もそうだったし」
あれはカレーパンが悪い。
さて、いつまでもこのままという訳にはいかないので。
抱きついていたなのはさんから体を離す。
ほらそこ、あっ……じゃありません。
体をヴィヴィオに向ける。
「ヴィヴィオ、何でも言うこと聞くので許してください」
「じゃあなのはママに『大嫌い』って言われてみて」
なん……だと……?
しかも言ってみてじゃなく、言われてみてとか。
だがその程度で許してくれるとは、ヴィヴィオもまだまだ温いな。
少々困っているなのはさんの前に歩み寄る。
覚悟はもう出来た。
さぁ、いつでも来るがいい。
「えと……
……お稲荷さん、大っきらい。
もう私の前に出てこないで」
今までに見たことのない鋭い目つきで。
底冷えするような声と共に。
しっかりとその言葉は俺に届いた。
ゆっくり振り向いて、ヴィヴィオを見る。
これでいいんか?と。
そう問いかけると、ヴィヴィオは何やらとても慌てていた。
「ごめん狐パパ!
そこまでダメージ受けるとは思わなかった!
とりあえず顔から出る液体は全部出ちゃってるから!
そして『ごれでぃぃん゛が』の意味が分からないんだけど何て言いたかったの!?」
すまんなヴィヴィオ。
今喋ると、何か決壊しそう。
「お稲荷さん……
ごめんね? ヴィヴィオの頼みだったからつい……
はい、これで機嫌直して?
サインしてくれるだけでいいから」
すっと、俺の前に出される紙。
なにこれ、外泊証明書か何か?
視界がセルフエコノミーなので、とりあえず指定された場所にサインしておく。
「やった……!!
お稲荷さん、これで私達も夫婦になれるよ!
元の世界に戻ったらだけど!」
なんのこっちゃ。
「ヴィヴィオ!
もう学校はどーでもいいから帰ろ?
明日からはバラ色の生活だー!
お父さんとお母さんに報告だー!」
「なのはママ、嬉しすぎると壊れるタイプだったんだね。
というか変わんないと思うから。
2人の日常は既に夫婦生活だと思うから」
「そんな、ヴィヴィオったらもう夫婦だなんてー!
あぁ、今日は人生最良の日だー」
「ちょっと落ち着こうよ、その絡みは疲れるから。
……一方は落ち込んでて、一方は舞い上がってて。
何ていうか、2人の中心でアッパーカットしたらヴィヴィオも飛竜昇天波を使えるかもしれない。
あるいは風の傷。
鉄砕牙はどこだ」
向こうも何かカオスになってきました。
ヴィヴィオの試合も終わり、今日することも無くなったので帰宅することに。
帰る途中、テンションの高いなのはさんのせいか、顔がギャラクティカな俺のせいか。
結構な視線を受ける羽目になってしまったが。
帰って直ぐに風呂に直行。
まずは顔を洗わないとだ。
なんせ、既に家にいた高町さんに悲鳴と顔面フライパンを貰う程度にはひどい有様らしい。
「でも、顔を洗ったらほらキレイキレイ」
「狐パパ、何で顔を洗ったの?」
湯船に浸かる俺の膝の上。ヴィヴィオが俺に背を向けて一緒に入っている。
顔だけ少し横に向けて、そう聞いてきた。
「キレイキレイってハンドソープじゃなかったっけ……?
まぁ、お稲荷さんの頑丈さなら、汚れが取れればケアする必要なさそうだけど……
あ、お邪魔するねー」
「若干狭いが仕方なし」
対面になのはさんが入ってくる。
ギリでも大人2人が入れる広さの風呂。
尻尾が邪魔なのは気のせい。
なのはさんは勿論タオル着用。
強いて言うなら俺も腰にタオル着用。
ヴィヴィオ?
マッパ。
「こう、ヴィヴィオがいい感じにガードに入ってて見えそうで見えない。
そういうシチュエーションって何か良くない?」
「よく分からないけど、今の狐パパがド変態ってのはよく分かる」
失敬な。
全国に似たようなロマンを持っている同士が大勢いると俺は信じている。
「まぁ、それはさておき。
今日の昼に聞けなかった事なんだがな。
結局試合にはどうやって勝ったんだ?」
うーん、と1回唸りを入れるヴィヴィオ。
「名前は忘れたんだけど、武器は持ってなかった」
おぉ、格闘タイプなのですな。
「で、拳に魔力乗せて弾幕撃ってきた」
格……闘……?
「あの子、凄かったよねー
『ショットガン』って言ったっけ?
私にも拳が見えないくらい速く打ち出してたし。
全部の攻撃から魔力弾が出てたから、壁みたいに見えたもんねー」
「うん、どこの霊界探偵かと思った」
見とけば良かったと再び後悔。
「で、その弾幕の嵐をどうやってくぐり抜けてきたのよ。
てかもうそれ、格闘戦じゃないよね」
「知らないよ、審判が何も言わないんだもん。
後、当たっても痛くなかったからそのまま相手の所まで歩いて行った。
狐パパから電話かかってきたのも、その時だったかなー」
想像する。
雨あられと降り注ぐ弾幕の中。
自分は必死に撃っているのに、無傷で平然と歩いてくる敵。
しかも電話してる。
ホラーとか、そういうの以前に。
「どこのジール・ボーイだよお前」
「流石に彗龍一本髪は悪いかなーって思って。
後、居合い拳とあんまし区別が付かないからヴィヴィオ的に除外した」
へー、と相槌をうってヴィヴィオをなのはさんに預け、一旦湯船から出る。
体が温まったので洗髪から。
シャンプーをつけて、ワシワシと泡立てる。
「お稲荷さん、耳に泡入らないの?」
「洗う方向間違えると危険が危ない。
で、ヴィヴィオ。
決定打は?」
「スカさんのおかげで、非殺傷なるものになってたらしいから。
後、試験会場自体になんか怪我にならない結界風味なものがあったらしい。
ので、殺劇舞荒拳で」
何だろう、対戦相手に対して悲しみがこみ上げる。
あれって20連撃くらいしなかったっけ?
多分、ヴィヴィオに当たらなかったらいいところまで行けたんだろうなぁ……
頭の泡をシャワーで流しながら、そんな事を考える。
「ヴィヴィオは技の動きはトレースできるけど、武術は習ってないから。
直に殴る場合、未来ヴィヴィオと違ってそこまでダメージがある訳じゃないと思うけどなー」
素人だから余計危ない気もするんだが。
次は体を洗う。
あ、腰のタオルどうしよ。
90度横を向いて、ヴィヴィオとなのはさんから背を向けて取り払う。
「あ……」
「なのはさん……あ、じゃないとです。
ヴィヴィオはまだ俺のお稲荷さんを見るのは早い」
「私は?」
年齢的には……大丈夫なのか……?
湯船の縁に腕を起き、その上に顎を乗せて微笑みながらこっちを見ているなのはさん。
「今度は2人で入ろ?」
なんて言ってきました。
「風呂で致したら高町さんがフライパン持って現れるぞ。
あいつは絶対変装してるリリス。
死者の目覚めに要注意。
で、ヴィヴィオは結局その技で1発……じゃないけど、1技KO?」
「うん。
未来ヴィヴィオが目を輝かせてヴィヴィオを見てたのが少し気になるけど」
……あいつにテイルズ系はやらせないでおこう。
厨二の代表格ではあるが、それを再現出来た時の威力はヤバイと思う。
「だね!
……あれ、じゃあ既にテイルズの技を使っちゃったヴィヴィオは?」
「おめでとう」
むああああああ!!
となのはさんの膝の上で悶え苦しむヴィヴィオ。
いいじゃん、ちゃんと動きトレースできてるんだから。
俺なんて、子供の頃はただ棒を振って『天翔龍閃』とかやってたんだぜ。
軽く死にたいレベル。
「あ。
ヴィヴィオ、尻尾ヘルプ」
「よしきた。
石鹸はどこかね」
何故お前はそこまで俺の尻尾をゴワゴワにしたがるんだ。
洗髪用シャンプーを使ってくれ。
トリートメントも忘れずに。
「あ、ヴィヴィオ。
私もやるよー!」
「前の防御は手薄なので、後ろからお願いします」
「後ろからしっかり見るよ!」
やめてください。
「やはり尻尾も1人で洗えるようにならないといかんかなー」
風呂上り。
リビングで涼む3人。
因みに3人とも同じスウェット着用。
以前、教会で寝てた……誰だっけ。
とりあえず日がな1日寝て過ごすという俺の敵に着せたあれと同じ油揚げ柄。
なのはさんにせがまれたので、なのはさんの分も作った次第。
なのはさんとヴィヴィオは、ソファーに座って団扇をパタパタ。
俺は庭に繋がるドア付近でお茶を飲んでいる。
何となく、外に視線を移した。
カカシ相手に、どこかで見たことあるような動きで特訓しているヴィヴィっ子の姿が。
見えた気がしたけど、俺のログには何もないので視線を戻す。
まぁ、あれだ。
強くイキロ。
「えぇー!?
いいよ、お稲荷さん。
尻尾は私が洗ってあげるよ?」
「どうしたのなのはさん、最近スキンシップ多いね。
元々多かったけど」
「えへへー」
……あ、理由は教えてくれないのね。
「……あ。
そういやさっき、高町さんが明日はISさんと……コロナ?の試合って言ってたっけ。
ヴィヴィオは見に行くのか?」
「何故に」
ですよねー。
「なのはさんは?」
ソファーの上でタレなのはになってますが。
「んー?
早く元の世界に戻りたいな。
あの書類出したいしー」
あの書類……?
というか、明日の試合の話をしてるのですが。
次元が1つか2つ違う話をしてませんかあなた様は。
「ねーなのはママ。
もうヴィヴィオ、学校行かなくてもいいよね?」
「んー……
まー、私とお稲荷さんの式が終わるまでは忙しくなりそうだからねー。
でもずっと行かないのはダーメ!
あ、日取り決まったらなのはちゃん達もよぼっか?」
「ホント!?
やったー!!」
……ん?
あれ、ヴィヴィオ。
もしかして俺、また何かやっちゃった?
「大体狐パパのトイレのせい。
1つ言うなら、同じことやって煩悩高校生は最高に危ない修行を受けることになった」
意味が……分からない……!
「お稲荷さん」
「一体何がどーしてこーなった。
お、どした?」
ソファーの上でタレていたなのはさんが、足に両肘をついて顎を支える姿勢で座っていた。
俺の視線を受け止めたあと、微笑みながら一言。
「……大好きだよ」
「……。
……おぅ」
うまく言い表せないけど。
あのなのはさんの視線にこの言葉。
そっぽ向いて、その一言しか出せなかった俺は悪くないと思う。
そしてヴィヴィオ。
そのカメラ、後で没収な。
「ヤバ、バレた。
あばよーとっつぁーん!」
「待たんかゴルァ!」
ヴィヴィオを追ってリビングから出る直前。
視界の端にみえたなのはさんの顔は、ほんのり紅く染まっていた。
美人の嫁さん貰って怠惰な生活。
なるほど、こういうのもいいかもしんない。
ヴィヴィオを追いながらも、自然と笑みが溢れてくるのだった。
ヴィヴィオが曲がった廊下を、数秒遅れて俺も曲がる。
次の瞬間。
視界に広がるフライパンの底。
耳に響く、ガイィィィィン!という音。
薄れゆく意識の中。
『もう夜なんですから、ニヤニヤしながら家の中で走り回らないで下さい!!
うるさいのもありますが、何より怖いじゃないですか!!』
そんな高町さんの声を聞いた気がした。
夜中にフライパン持ってふらついてる高町さんもどうかと思う。
あぁ、リリスだからか……
その後、目を覚ました場所は昨日倒れた場所。
しかもまだ尻尾を乾かしてなかったので。
「おわぁ……」
尻尾がマスタースパークしていた。
世界はこんな筈じゃない事ばかりである。
因みに何故放置されていたかというと。
なのはさんは、そのままソファーで寝落ち。
ヴィヴィオはちゃっかり部屋に戻り、ベッドで眠りについていたらしい。
高町さん?
ありゃ人の形した白い悪魔だ。
てか、ヴィヴィオは助けてよ。
お久しぶりです。
アメフラシです。
月間から大いに間があいた奇行文です。
もうお忘れの方も多いと思います。
アメフラシ自体忘れていましたので、1話から読み返していました。
3日かかったとです。
12日酔いを書いている時。
何度も読み返しているわけですが、自己分析をするにきっとアメフラシはこの時寂しかったのだろうと思います。
アメフラシは寂しいとこういうの書いちゃうんです。
海に生きるうさぎなんです。
友人に言ったところ、うさぎに謝れと言われました。
解せぬ。
このネタ入れたい、あのネタ入れたい。
思っていても書き始めると好き勝手やりだす3人組。
今回の流れも、思っていた物とはかけ離れてしまいました。
でも、読んでてニヤニヤ出来たのでそのまま投下。
全国の老若男女……女性の読者はいるのか分かりませぬが。
みんなでニヤニヤしてもらえたらと思います。
因みにアメフラシは仕事場で思い出しニヤニヤをしていたら、店長に『うわっ……』って言われました。
みなさん気をつけてください。
という訳で、12日酔いでした。
次回どうしようかはまだ考えてません。
何故なら兄者にVIVID6巻を買ってくれと頼んだので、それの到着を待っているため。
飽きずに奇行文に足を運んでくださる皆様に感謝しつつ。
アメフラシは今から仕事に行ってきます。(←昼休み中に投稿)