第14話 ゲームセット
最終回となる5回の表。
先頭打者は防御人格。
「なのは! 全力で行こう」
「うん。私の全力全開! 防御人格さん……受けてみて!」
「ほう、面白い。ならば俺も正面から叩き潰すまで!」
「咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ。貫け!閃光!」
そしてなのはを中心として魔力が集まってくる。
しかし、防御人格の足元と正面に2枚の魔法陣が展開される。
そして同時に魔法が発動する。
「スターライト・ブレイカー!!」
「響け終焉の笛、ラグナロク!」
大規模砲撃魔法の撃ち合いだ。
なのはは周囲の魔力を集束して撃つ。
防御人格ははやての魔力を使い、さらに闇の書の頁を使って魔力を高める。
お互いに魔力のぶつかり合いとなったが、これは戦闘ではなく次元野球。
魔法で効果を上乗せできないなのはの球を、身体能力に秀でた防御人格が打ち返せないはずがない。
魔力の奔流が収まると、打球はホームランゾーンに落ちていた。
なのははマウンドに跪き、防御人格はグラウンドを一周する。
これで勝ち越しの1点が……。
「なのは……」
「ユーノ君……打たれちゃったよ……」
「なのは! まだ死合は終わってないよ。そこで諦めるのかい?」
ユーノに甘えそうになったなのはは、ユーノの言葉に立ち上がる。
そして自分の頬を叩き、体に魔力を纏う。
「ありがとうユーノ君。まだ終わってないんだよね」
「うん、そうだよ。……不屈の心は?」
「この胸に!」
ユーノの言葉で立ち直ったなのはは、切れのある魔法で蒼き狼、風の癒し手、紅の鉄騎をアウトにする。
そして5回の裏……僕達の最後の攻撃だ。
既に魔力切れに近いなのはに代わって打席に立つのは……リニス!
「さあ、大魔導師の使い魔として、働かせて頂きますよ」
そう言ってバットを構えると周囲にフォトンスフィアが大量に展開される。
「あ、フェイトにファランクスシフトを教えたのは私ですから」
リニスはなんて事の無いように言う。
防御人格は投球フォームに入る。
1球目は様子を見てボールとなるが、リニスは反応しない。
2球目を投げると同時にリニスは力ある言葉を紡ぐ。
「フォトンランサー・ファランクスシフト……ファイア!」
連射スピードはフェイトよりも遅いが弾幕を張る。
防御人格はシールドを張り耐えている。
しかしファランクスシフトは絶対防御対策で作られたもの。
シールドを破り防御人格にダメージを与える……。
「やるではないか。しかし、それで倒せなかったのは痛いのではないか?」
3球目の投球フォームに入ると、リニスは周囲に浮いているフォトンスフィアを1つにまとめあげ、それをバットとして打球を捉える!
「スパーク……セイバー!!」
高威力の魔力を纏った打球が飛んで行く。
相手は外野手がいないため、慌てて風の癒し手が旅の鏡でボールを引き寄せるが、リニスはその間に1塁を駆け抜ける。
ノーアウトのランナーが出た。
「リニス良くやったわ。次は私の番かしらね」
「母さーん、がんばってー!」
「はーい、頑張るわ〜!!」
プレシアさんが打席に立ち、すぐさま魔法に集中する。
そして投球フォームに入る前にリニス同様周りにスフィアを展開する。
しかし……フォトンスフィアと違ってバチバチ電気っぽいスフィアだな。
「サンダースフィア……私の電撃は痛いわよ」
防御人格が投球するのに合わせ、サンダースフィアそのものが防御人格に当たっていく。
投球フォームに入ろうが入らまいが、ずっと当て続ける。
当然そんな事をされていればイライラし始める。
珍しく甘く入った球をプレシアが打つ!
「緩衝魔法」
蒼き狼の魔法によりフィールドに足場が何個もできる。
それを紅の鉄騎が使い、フライとしてキャッチしようとするが、そこをプレシアさんの魔法が炸裂する。
「本家本元の魔法を喰らいなさい。フォトンランサー・ジェノサイドシフト!」
瞬間的に大量のフォトンスフィアがプレシアさんの周りに召喚されると同時に、フォトンランサーが発射される。
大量のフォトンランサーによる弾幕が張られ、不安定な足場では回避しきれず、紅の鉄騎が堕ちる。
そしてリニスはしっかりとホームに帰り1点。
風の癒し手が旅の鏡で球だけ呼びだそうにも、この弾幕の中で球だけを選ぶことなど出来ない。
一緒に呼び出してしまったフォトンランサーの直撃を受け、ダメージを受け捕球にモタつき、送球もままならない。
その隙にプレシアさんはしっかりと3塁へ進んだ。
「フェイトー、見てくれたかしらー?」
「母さん格好良いー」
フェイトに褒められ、クールな仮面を捨てて素直に喜ぶプレシアさん。
呆れる使い魔コンビのリニスとアルフ。
そして一打同点、本塁打で逆転サヨナラのチャンスに、打順はリインフォース。
しかし、既に初回から魔法を使い続け、大魔法を2回も使っているため息が荒い。
「どうした管制人格よ……。もう、ぼろぼろではないか」
「私は既に限界だが、次はタローが控えている。だから私は全力で今出来る事をやるだけだ」
そう言って打席でバットを構える。
「それと……私の名はリインフォースだ! はやてに貰った大切な名だ」
「……ふん、そんなものどうでも良い」
そう言って投球フォームに入る。
「覚悟しろ……
「!?」
リインフォースと防御人格の勝負から顔を背け、はやてに向き合う。
そしてはやての両肩を掴み瞳を見つめ話しかける。
「はやて……お願いがあるんだ」
「え、あっ、その……嫌やわー、みんな見とる前で……」
僕の言葉にキョドりながら真っ赤になるはやて。
どうしたんだろ?
「そんな事言わずに、今頼みたいんだ」
「え、まぁ、私も吝かやないし、タローならええし……」
「じゃあ、お願いだ。防御人格の名前を考えてあげてくれ!」
「分かっ……へ?」
はやてつぶっていた目を開き僕のことを見る。
「だから、防御人格にもリインフォースみたいな名前をあげて欲しいんだ」
「…………。ドアホウ! そういう事はしっかり言いや! 変な誤解するやんか!!」
はやてはいきなり怒り出した。
あれ? 説明不足だったかな?
「タローの言い方は兎も角、それは面白そうなアイデアよ」
「プレシアさん……。今はちょっと泣きたい気分やけど、それは置いておくわ。何が面白いアイデアなんや?」
「それはね……」
闇の書の闇という、蔑称やレッテルによる呪いから解き放つため、はやてから名前を授けると言う行為を使う。
そして、夜天の魔導書を呪われた闇の書と呼ばせたプログラムから開放させる。
「これが夜天の魔導書オリジナルデータよ」
プレシアさんが1つのデバイスを出す。
デバイスの形は本に挟む栞。
これが依頼していた例の品か。
「これで全て元に戻してあげられる。でも、彼も助けたいなら……はやて、貴女にかかってるのよ」
「……うん。防御人格に名を授けることで、過去を捨て未来へ向けさせたる。タロー、私を近くまで連れてって」
「ああ、行こう」
リインフォースがアウトとなったので、はやての車椅子を押し打席の近くまで移動する。
それを見て笑いながらリインフォースは僕とハイタッチをしてベンチに向かう。
打席の後ろに車椅子を停め、防御人格の方へはやてを向ける
「主よ。そんな所にいると、俺とそいつの戦いの余波でやられるぞ」
「わざわざ心配してくれてありがとうな。ホンマは優しい子なんやね」
はやての言葉に防御人格は激昂する。
「馬鹿を言うな。俺は闇の書の闇、壊れた防御人格。破損したプログラムの集合体。そんな俺に優しさなどはない!」
「そんなことあらへん! もう、防御人格とか闇の書の闇とか呼ばせへんし、あんたは私の家族にしたる!」
「な、何を言っている……?」
はやての力強い言葉に動揺する防御人格。
いや、もう防御人格じゃなくなるんだったな。
彼の瞳をシッカリとはやては見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「夜天の主の名において汝に新たな名前を贈る。強く守護する者、闇と夜天が交差し、皆を護る剣となれ……汝の名はシュベルトクロイツ」
「シュベルトクロイツ……?」
「そうや、それがあんたに与えた名前や!」
その言葉にシュベルクロイツは何度も小さな声で自分の名を呟く。
そして急に頭を抱え、しゃがみ込む。
「クロイツ、どうしたんや?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー!!!」
シュベルトクロイツは叫び涙を流しながら立ち上がると、目の前に闇の書が現れる。
『蒐集』
闇の書がその言葉を発すると、4人の守護騎士が闇の書へ消えて行く。
そして闇の書のページが音を立ててめくられて行く。
「に、逃げろ……主……
「クロイツ……?」
「逃げて……くれ……」
はやての言葉にシュベルトクロイツは反応しない。
ただ、逃げてくれと呟く。
そして辺りに散らばっているすべての魔力がシュベルトクロイツに集まって行く。
これってもしかして……。
「タロー逃げなさい! それはなのはのアレよりも危険よ!」
「タロー逃げてー!!」
プレシアさんの警告と、フェイトの悲鳴が聞こえる。
僕は一度はやての方を向く。
はやては驚き震えているが、僕のと目が合うと力強く頷く。
「ええで、タロー。後はあんたに任せるわ」
「サンキューはやて」
そう言って僕は背筋を伸ばして後傾気味に重心を取り、右手でバットを垂直に揃え、左手を右上腕部に添える動作を行う。
「タロー!?」
「タロー、なのはが考え出したその魔法は本当に危険なんだよ!」
「……ユーノ君、それどういう意味?」
クロノとユーノの心配する声が聞こえる。
なのはの言葉は……知らない。
「僕は
そして全てをシュベルトクロイツに……ピッチャーに集中する。
雑音もすべてカットする。
この世界にはピッチャーとバッターだけ。
「咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」
ここにいた全ての人の魔力光が集まっていき、虹色の光となる。
それが野球の球と言う1点に収束された。
「綺麗や……」
「貫け! 閃光! スターライト・ブレイカー!!」
虹色の本流が球とともに向かってくる。
それに合わせ、全ての集中力を一点に集め、全力でバットを振る。
誰よりも早く、誰よりも強く……。
「
バットの芯に球を捉えた感触が手に伝わってくる。
そしてそれを振り抜き走りだす!
打球は三遊間……この場合は三塁と投手の間……を抜けて外野へ転がって行く。
呆然とするシュベルトクロイツを横目に、プレシアさんはホームに駆け込み同点となる。
「シュベルトクロイツ! まだ打球は生きている! 僕達の死合は終わってないんだぞ!」
そう叫び僕は1塁を回る。
その言葉にシュベルトクロイツは顔を上げる。
「何やってるんやクロイツ! 走るんや!!」
「主……あぁ!」
シュベルトクロイツの瞳に光が灯る。
そして全力で打球を追いかけてそれをブローブに収める。
守護騎士は全て闇の書へ入ってしまっているから、送球する相手がいない。
それを確認し、シュベルトクロイツはダッシュでホームベースへ向かう。
僕は三塁を回りホームへ走りこむ。
「と・ど・けー!!」
シュベルトクロイツが叫び声と共にホームへ飛び込んでくる。
しかし、僕の方が一歩早くホームを駆け抜ける。
「セーフ!」
シャッハさんの声が高らかに響き渡る。
逆転サヨナラランニング本塁打。
みんなの喜びの声と、天を仰ぐシュベルトクロイツ。
そしてはやては車椅子を自分で進め、シュベルトクロイツの尻を引っ叩く。
「何泣いてるんや。まだまだこれからも野球は出来るんやで。いい試合やったんやから、胸を張りぃ」
「主……」
「主やない。八神はやて。クロイツの家族、はやてや!」
「は・や・て……」
シュベルトクロイツの小さな呟きに満足そうに頷くはやて。
そしてリンディさんがディストーションフォールドを解除した。
「リンディ、リニス、ユーノ! 行くわよ」
「「「はい」」」
プレシアさんが声をかけると、リニスがこちらへ走って来て闇の書へ栞を挟む。
リンディさんは空中モニタを展開させる。
「エイミィさん、アースラの動力をフル回転! 魔力供給を全て私に!」
「はい!」
モニタに映ったエイミィさんは返事をして、向こうで指示を慌ただしく出す。
リンディさんの背中に4枚の羽が現れるが、今までとは違いかなり大きい。
そして、闇の書を中心に巨大な魔法陣が現れる。
「
ユーノの言葉にエンゼからページが何枚も離れ魔法陣の周囲に広がる。
全ページが広がり切ると、指輪をはめている腕を前に出す。
「クラダリング……同期」
翠色の魔力の糸が全てのページを繋ぎ、闇の書とはやて、そしてシュベルトクロイツを半球状に囲む。
何故か僕も一緒に……。
そして、空中モニタとキーボードを高速で操作しているプレシアさん。
「システムオールグリーン。メインサーバーと同期、解析!」
闇の書のページが高速で開放された時と逆に閉じて行く。
まるで元に戻ろうとしているかのように……。
「97から102までカット……177から180までダミーシステム起動」
「無限書庫とのリンク確認。ベルカ式からミッド式への変換、必須データ290から398まで抽出」
一瞬なのか永遠なのか分からない時間が過ぎて行く……。
代わる代わる周りにあるエンゼのページが光る。
そしてその時はやってくる。
「タロー、間もなく修復は終わるわ。でも、このまま元のプログラムに戻せば、全てフォーマットされちゃうの」
「それって?」
「要するに守護騎士も消えてしまうし、防御人格も人格の無い、ただのシステムになるわ」
プレシアさんの説明にはやてが怒る。
「そんなの嫌や! みんなを私の元へ返してや!」
「そこでそこの歩く非常識、タローの出番よ!」
なんか酷い言われ方なんだけど……。
「タロー、貴方なら良く見れば夜天の魔導書と守護騎士達に繋がるパスが見えるはずよ」
「うん、良く分からないけどリインフォースの時と一緒?」
「そうよ。守護騎士達を再召喚したらそのパスを全てちぎって頂戴。ただし、ザフィーラは守護獣……使い魔だから、パスを切ったらはやてと繋いで欲しいんだけど……出来るかしら?」
「理屈はわからないけど何とかやってみるよ」
大体、魔法とかって未だに良く分からないんだよね〜。
「それが終わったら、シュベルトクロイツのパスを千切ればオシマイよ。後の詳しいことは私達に任せなさい」
「タロー……何とかなるんか?」
「んー、なんとかなるんじゃなくて、何とかするんだよ」
不安気なはやてに微笑みかける。
そして、シュベルトクロイツを見る。
「重要な話があるんだ……」
「なんだ、タローよ」
「……シュベルトクロイツじゃ長いから、呼び方はクロイツで良い?」
「は?」
僕の言葉に呆気にとられるシュベルトクロイツ。
「だって名前が長いんだもん。リインフォースだってリインって呼びたいぐらい長いのに……」
「タロー、お前今どれだけ重要な事をしているか分かっているのか!」
「呼び名は重要だよ。個人を認識するだけでなく、友達になるにはさ」
「と、友達だと?」
僕の言葉に動揺しているけど、どうしたのかな?
「一緒に野球をやったら友達だろ。だからこそ呼び方をニックネームにしたいんだよ。リインフォースもリインで良いかーい?」
「あ、あぁ。私はリインで良いぞ。クロイツはどうだ?」
「リインフォース……」
「タローの理屈は気にするな。ちゃんと答えれば、その男はそれ以上に答えてくれる。だから思った事を言え!」
リインの言葉にクロイツは頷く。
「分かったよ
「うん、よろしくねクロイツ」
差し出した僕の手を戸惑いながら握るクロイツ。
それを見て嬉しそうに笑うはやて。
「さ、タロー。後は任せたで」
「うん!」
そして闇の書がすべてのページが閉じられた。
はやては一息吸い込み、声を高らかに上げる。
「リンカーコア送還、守護騎士システム破損修復。……おいで、私の騎士たち」
はやてを中心に魔法陣が現れ、それを囲むように4人の守護騎士が召喚された。
「我ら、夜天の主の下に集いし騎士」
そしてシグナムが口を開く。
「主ある限り、我らの魂尽きる事なし」
シャマルがそう言い微笑む。
「この身に命ある限り、我らは御身の下にあり」
ザフィーラがはやてを見る。
「我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に」
ヴィータが、涙ぐみながら強く言い切る。
「みんな……おかえり」
はやてがみんなを見渡し、優しく微笑む。
じゃあ、残りは僕の仕事だね。
4人がはやてに一歩踏み出そうとする前に、4人と闇の書を繋げる糸を一掴みして、一気に引きちぎる!
「「「「!?」」」」
そしてザフィーラの糸だけ消える前にはやてと繋げる。
その動きを見て、クロイツが僕の側に来る。
「タロー頼む」
「頼まれた」
クロイツの糸を引きちぎり、プレシアさんの方を向く。
プレシアさんは頷き、キーボードを叩く。
「闇の書フォーマット完了。夜天の魔導書へリカバリー終了!」
はやての手元に夜天の魔導書が舞い降りる。
地面に展開されていたリンディさんの魔法陣は消え、ユーノが操っていたエンゼのページは集まり、一冊の本に戻る。
みんな笑顔で集まってくる。
カリムさんが笑顔で手を叩き、みんなの視線を集めてから、手を上げて高らかに宣言する。
「ゲーム……セット!」
そして、みんなの歓声が広がって行く……。