第8話 テスト勉強
「はい、そう言う訳でテスト勉強をするね」
どういう訳だかわからないけど、ファリンさんに連れられてやってきたのは月村家。
そこで部屋に通されると、テーブルとその上に並ぶ教科書やノート。
そしてやる気満々と言った風のすずかがいた。
「さ、タロー君。まずは国語から行ってみようか。何か質問があったら先生に言ってね」
良く分からないけど妙にノリノリだ。
とりあえず一番の疑問を口にするために手を上げると……。
「はい、タロー君!」
更にノリノリで名前を呼ばれてしまった。
ま、まぁ、気を取り直してっと。
「色々疑問が尽きないんだけど、すずかのその格好は……なに?」
「あれ、似合わなかったかな?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
すずかは自分の格好を上から下まで見て、服にシワが付いてないかとかチェックしている。
スーツ姿に、いつも着けていないダテメガネをかけて……。
「それなら大丈夫だね」
「いや、まぁ……どうでも良いか」
「どうでも良くないよ! 女の子がオシャレをしたらちゃんと褒めないと! そういう所がタロー君には足りないと思うんだ」
メガネのツルの部分を指で上げながら、そんな事を勢い良く言ってくる。
小学生がスーツ着ても褒めるところって、あまりない気もするんだけど……。
「うん、まぁ、すずかが着るスーツだと、パンツタイプよりスカートタイプが良く似合うよね。でも、きっとパンツタイプの方でも似合うんだろうな」
「そ、そう? 本当に普通に褒めるとは思わなかった……」
すずかはそう言って頬を軽く赤らめ俯く。
はて、僕に褒められると驚くとはどういう事だか、意味が分からないな。
「う、うん。タロー君は無意識にそういう事言うから気にしちゃダメ……」
すずかは普通の人には聞こえない程度な声でぼそぼそと呟くけど、僕は聞こえちゃうんだけど良いのかな?
そんな事を思っているとすずかは顔を上げて、僕のことを見つめてくる。
「さ、気を取り直して勉強を始めよ!」
「気を取り直しても何もないんだけど……」
「はい、まずは26ページね」
僕の呟きはあっさりスルーされて勉強会が始まった。
まぁ、教えてもらえるなら何でも良いんだけどね……。
「すずかお嬢様。そろそろ昼食の時間になりますが……」
「ありがとうファリン」
ドアをノックされ、ドア越しにファリンさんが話しかけてくる。
勉強をしているとあっと言う間にこんな時間だ。
「じゃあ、お昼休憩してから、午後も頑張ろうね」
「ああ。それにしてもすずかは教え方が美味いね」
「そんな事ないよー。タロー君が勉強を教えてくれって言ったから全然出来ないのかと思ったけど、ちょっと教えるとすぐに出来るからビックリだよ」
すずかに基本的なことを教わると、何となく覚えている前世の記憶が繋がって、何とか小学生ぐらいの授業はついて行ける。
でも、この学校がやっている小学生の授業ってかなり高レベルで、高学年に上がればやることは中学レベルになるんじゃないかな……?
つまり中学では高校レベル……高校では大学レベルになるとすれば、僕の知識では中学がギリギリと言うところか。
「やっぱり真面目にやり直さないとダメだよね……」
「ん、タロー君どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。それよりお昼ごはんはどうするのかなーって」
「あ、それなら大丈夫……」
すずかが言いかけるとドアがノックされ、ファリンさんが料理を持って入ってきた。
それを僕が見ていると、すずかが僕の顔を見てウインクする。
「ね、大丈夫でしょ」
「勉強を教わっているのに、お昼ごはんまでご馳走になっちゃって良いのかな?」
「うん、私がタロー君と一緒に食べたいからなんだけど……ダメかな?」
すずかは可愛く首を傾げてそう言う。
そう言われたら普通は断れないね。
「ご馳走になります」
「はい、めしあがれ」
僕の言葉にとたんに笑顔になるすずか。
むしろこれを無意識に、小学生なのにやるって怖いな……。
美味しいお昼ごはんを食べ終えると、午後の部といった感じに勉強が再開される。
そして英語の勉強になると手も足も出なくなった。
前世でも赤点ギリギリだったせいか、正直全く分からない。
「タロー君……もしかして英語苦手?」
「えっと……苦手以前に全く理解できません」
「はぁ……じゃあ、最初から行こうか」
「お願いします」
すずかが呆れ気味に言うけど、やっぱり酷いのかな……。
「なんで私が英語で会話すると何を言ってるか分かるのに、単語とかだけだと分からないんだろうね」
「動物とかが何を話しているかは分かるから、それと同じ要領だよ」
「タロー君……それはそれでおかしいんだけど……」
はて、何がおかしいんだろう?
首を傾げている僕を見てすずかが溜息をつく。
「以心伝心とは良く言うけど、タロー君ってそういうの普通に出来そうだよね」
「どうだろうね? 一応そこに居る猫が廊下でファリンさんが聞き耳立てている、とか言ってるのは分かるよ」
僕の言葉を聞くとすずかが扉をいきなり開く。
そうすると開く扉に合わせてファリンさんが部屋に入ってくる。
「……ファリン?」
「あ、あははは……」
ジト目で見つめるすずかの視線に、ファリンさんは笑ってごまかすが、すずかはジト目のままだ。
「ご、ごゆっくりー」
すずかの視線に耐えられなくなったのか、ファリンさんは慌てて部屋から飛び出し逃げて行く。
その後ろ姿を見送るとすずかは扉を閉めて戻ってくる。
「もう、ファリンったら……ノエルよりもお姉ちゃんに似たのかな?」
「忍さん、そういう事するんだ……」
「うん。いつもは普通に見えるけど、結構イタズラ好きなんだよ」
恭也さんの前で猫を被ってるとかなのかな?
いや、それを含めて恭也さんなら全て受け入れてるのかもしれないね。
「さ、それじゃ続きをやろっか」
「うん。お手柔らかにお願いします」
「それはタロー君次第だよ」
「善処します……」
その後、すずか先生の指導のもと、午後はずっと英語の勉強でした。
むしろやってる内容がここで教わるレベルじゃないんだけど、それを教えられるってすずかの勉強速度はどうなってるんだろう……。
「うん、今日はこの辺で終わりにしよっか」
「ありがとうございます……」
すずかの言葉に僕はぐったりと机の上に伏せる。
そんな僕を笑いながらすずかは紅茶を入れてくれた。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
その紅茶を飲みながら、ずっと気になってた事を口に出す。
「それですずかは、今日はどうしたの?」
「え? タロー君の勉強を……」
「そうじゃないよ。ずっと何か隠している感じ……例えば言いたいことを我慢してるとかね」
僕の言葉にすずかは俯いてしまった。
あれ、マズいこと言ったかな?
「すずか?」
「あ、あのね!」
僕が顔を覗きこむと、すずかは急に大きな声を上げる。
ちょっと吃驚したけどすずかの表情が真面目だったから、僕は何も言わずに続きを促す。
「私が夜の一族って言うのは分かってるよね。それで夜の一族って大体2ヶ月に1回くらいのペースで……」
「うん」
「その……ね。あの……発情期があるの(ボソ」
蚊の泣くような小さな声ですずかは言う。
さすがに女の子が言うには恥ずかしい事か。
ただ、その発情期が動物とかと一緒のものなのかね?
「それで……私はまだ子供だから……そう言う行為じゃなくって……あのね……」
「うん」
「……血が欲しくなるの」
「……は?」
思わず声が出ちゃったけど……。
それを聞いてすずかは俯いてしまった。
「変だよね。本当にごめんね……」
「いや、違うんだけどね。一生懸命勇気を振り絞ってくれて何なんだけど……血が欲しくなるだけなんでしょ」
「え?」
僕の言葉にすずかはキョトンとする。
「いや、だから血が欲しくなるだけなんでしょ。僕ので良ければ飲む?」
「え、えっ、え?」
「やっぱり心臓に近い総頸動脈が良いかな? 橈骨動脈……手首から吸うより良さそうだよね」
そう言って僕はシャツのボタンを2つほど外して、首筋を露出する。
「意識を失わない程度で止めてくれると嬉しいな。忍さんの時は意識失っちゃったからさ」
「えっ!? そ、それって……」
「うん。好きなだけって訳じゃないけど飲みなよ。体質なんだからさ」
すずかはクスクスと笑い始める。
「体質って……タロー君は簡単に言うよね」
「ん? なにか違うの?」
「もぅ……違わないけど……。ホント、タロー君には敵わないよ」
すずかは笑いながら僕に抱きついてくる。
そして耳元でそっと囁く。
「良いんだね。吸血鬼に血を吸われるんだよ?」
「蚊だって血を吸うよ」
「私達を蚊と一緒にしないの!」
すずかが怒ったような口調で言うけど、表情は笑ってるね。
「ごめんごめん。蚊は吸うと痒くなるけど、すずかは痒くならないよね」
「そう言う問題でもないんだけど……本当に良いの?」
「うん。痒くならないんでしょ」
「……ばか」
そう言うとすずかは僕の首筋に噛み付く。
なんだかくすぐったいけど気にしちゃ駄目だよね。
満足行くまですずかが血を吸い終わるまでのんびりと待つかな。