第9話 暴走!?
すずかと勉強会をやった後、色々あって僕の首筋にすずかが噛み付いている。
吸血行動なんだけど、くすぐったいものだね。
すずかが満足行くまで待っていると、チュポンって音と共にすずかの口が僕の首筋から離れた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「満足したの?」
荒い息を整えようともせずに、すずかは僕にしなだれかかってくる。
顔も赤いし、吐息も熱く、光悦の表情を浮かべている。
「もっと……もっとちょうだい……」
明らかに血を吸う前よりも発情してるよな。
原因はもしかして……。
「ねぇ、すずか。僕の血って美味しいの?」
「うん……今まで飲んだことがないぐらい美味しいの。他とは比べられないぐらい極上で、濃厚で……一生吸っていたい」
いや、それはさすがにあれだよな。
別に吸うぐらいなら良いんだけど、ずっと吸われると身動き取れない上に、体内の血液が空っぽになりそうだ。
「タロー君……私、なんでもするから……ずっと尽くすから……私だけの物になって……」
うーん、とりあえず我に返らせないとマズそうだな。
だいたい小学生が何言ってるんだか。
「てい!」
「はぅ!?」
見よう見まねと言うか、前世の職場でやられた頸動脈落とし。
よく後頭部に手刀を叩きつけて気絶させるというのはあるけど、実際そんなことが出来るのか分からない。
だけど後頭部じゃなく、頚動脈に手刀を叩きつけることによって気絶させるのは可能なんだよね。
※危険だから絶対に真似はしないでください。
しばらく時間を置いてから気付けをする。
「えい!」
「はっ!?」
その一撃ですずかは目を覚ます。
ちょっとだけ安心っと。
「あ、あれ? 私は何を……」
「うん、落ち着いたみたいだね」
「え、あ、うん……。ごめんねタロー君」
すずかはやっと我に返ったようで、顔を赤らめながらも謝ってくる。
そこまで気にしては居ないんだけどね。
それにしても小学生なのに妖艶な雰囲気を出せるのは、夜の一族のなせる技なのかな?
「まぁ、別に良いけど……。僕があまり言えることじゃないんだけど、もう少し考えて発言しなよ」
「……うん。で、でも、それだけ美味しかったというか、全て捧げてでも手に入れたくなるというか……」
「ちゃんと好きな人が出来れば、その人の血がそうなるんじゃないの? 現にすずかも知っての通り、忍さんに血を吸わせたことが1回あったけど、あれっきりだしさ」
すずかは僕の言葉に悩むような仕草をしている。
妙な思考にすずかが陥っているような気がするんだけど、大丈夫なのかな?
「私……タロー君のこと好きだよ」
「うん、ありがと」
顔を赤らめながらすずかはそんな事を言ってくるけど、嫌われてないなら嬉しいものだよね。
でも、小学生の好意は憧れが大半だ。
恋愛だけでなく、友愛も親愛も同じようなもんだろう。
「もぉ……タロー君ってば、真面目に受け取ってる?」
「んー、真面目に受け取ってるつもりなんだけど……。まぁ、そう言う風に言ってくれたすずかに対して言うのは申し訳ないけど、小学生って男も女も大差ないからなーと」
「どういうこと?」
「女の子って初潮が来るまでは、女って訳じゃないかなーと思うんだけどさ」
初潮が来ても大概1〜2年は無性排卵だから妊娠できない事が多いんだけどね。
でも、それが女としての大きな区切りだから、初潮が来る12歳前後……つまり中学生になると多少は変わるかなと。
そんなことを思いながらすずかを見ると、顔を赤くして俯いてる。
「もぉ……タロー君のえっち」
「いや、初潮とか生理学だからそう言う気は全くないんだけど……とりあえず、ごめん」
僕にすれば普通の言葉なんだけど、女の子に対しては無神経だったかな?
良くそんなことを言われた気もするけど、なにぶん昔の話だから思い出せなくなってきてるんだよね。
「もぉ、しょうがないんだから……。でも、タロー君ってそういう所を含めて、なんとなく同じ年齢に感じられないんだよね」
「いや、それを言ったらすずか達5人娘は、全員本当に小学生か怪しいぐらい考えがしっかりしすぎてると思うんだけど……」
「5人娘って……」
すずかの言葉に思わず反論してしまった。
みんながみんな、特殊な環境下にいるから仕方がないんだろうけどさ。
当然僕も特殊な環境下にいる1人なんだろう。
「でも、私から好きって言ったけど、自分でもまだ良く分からないんだ。私はアリサちゃん達ほどじゃないから……」
「ん? アリサ達ほどってのが良く分からないけど、別に男女間だって友情はあるんだから普通なんじゃないかな?」
「もぉ……私は良いけど、他の子の好意は気がついてあげてよね」
僕はすずかの言葉に頬を掻きながら、力なく笑って誤魔化す。
その後も少し雑談して、今日の勉強会は解散となった。
また今度、みんなには内緒で血を吸わせて欲しいと言うすずかのお願いはあったけどね。
とりあえず断る理由もないので了承はしたけど、毎回あんな風になるんだろうか……?
すずかの家から帰宅して夕飯やお風呂を済ませ、自分の部屋で窓を開けてのんびりしていると、窓から何かが僕に向かって飛び込んで来た。
まぁ、隣の家からフェイトが飛び込んできただけだから、何かって言ったら失礼なんだろうけどさ。
「タロー、ただいま!」
「おかえり……って、なんで僕の部屋に飛び込んできたの?」
「え? タローの部屋だからだよ」
僕の問いかけに首を傾げるフェイト。
うん、答えになってないよね。
「それよりもいつまでしがみついているのかな?」
「んー、タローの匂いだー」
フェイトは窓から僕の胸に飛び込んでしがみついたまま、頭と言うか顔を擦りつけている。
風呂上がりだから匂いと言われても、石鹸の匂いぐらいしかしないと思うんだけど。
「……すずかの匂いがする」
急に声のトーンを落とし、そんな事を呟くフェイト。
「何となく血の匂いもするし……タロー、すずかと何やってたの?」
ふと部屋の温度が数度下がったような気がする。
フェイトは僕の胸から顔を離し、上目遣いで僕の顔を下から覗きこんでくるけど、ハイライトが消えているような気がしないでもない。
「今日はすずかと2人でテスト勉強をしてたよ」
「すずかと2人っきりだったんだ……」
「血の匂いは良く分からないけど、僕は怪我らしい怪我をした記憶が、生まれてから今までないからなー。まぁ、今日は蚊に刺されたけど……」
そう言って僕がポリポリと首筋を掻くと、フェイトの瞳に光が灯る。
怪我でもしたんじゃないかと心配してくれたのかな?
「……そっか、それなら良いんだ」
「うん、それよりもそろそろ離れてくれないかな? プレシアさんが杖をこっちに向けて睨んでるからさ……」
僕の部屋と窓越しにあるフェイトの部屋。
そこにはプレシアさんが杖を持って僕を睨んでおり、リニスとアルフが必死に抑えている。
「プレシア、落ち着いてください」
「リニス離しなさい! コレじゃ魔法が使えないじゃないの」
「いや、魔法を使おうとしてるから離せないんだろ!」
「アルフまで邪魔をしないで頂戴。貴女のご主人様のピンチなのよ!」
「「どう考えてもフェイトが襲ってる方(だよ)ですよ」」
なんだか楽しそうに漫才しているテスタロッサ家だと思うんだけど、どうも杖の向いている方向が僕なだけに楽しみきれないんだよね。
完全にギャラリーになれたら良かったんだけど……。
「フェイト、タローから離れなさい!」
「母さんどうしたの?」
そしてマイペースなフェイトは状況をイマイチ理解しておらず、僕にしがみついたまま離れない。
ウ〜ン、明らかにこれが原因なんだけどさ。
「フェイト……プレシアさんもあー言ってる事だし、そろそろ離れてもらえるかな?」
「えっ!? タローは私に抱きつかれているの……イヤ?」
「いや、そういう問題じゃ……」
「ウチのフェイトの何が不満なの!」
プレシアさんが僕の言葉に口を挟んでくる。
言ってる事、めちゃくちゃだよね。
「不満とかじゃなくて……」
「こんなにウチのフェイトは可愛いのよ。天然で少しおっちょこちょいで……この間も私に料理を教わって、砂糖と塩を間違えたぐらいなのよ!」
「か、母さん!?」
プレシアさんの言葉にフェイトが焦っている。
「それ、料理として致命的ですよね」
「そうよ! その時に作った生クリームは、どんなに砂糖を入れても食べられるものではなかったわ。他にも初めて作った卵焼きは、卵の殻だらけでジャリジャリしてたわ!」
「母さん、もうやめてー」
続けてプレシアさんの口から漏れる失敗談に、フェイトは我慢できなくなって僕から離れてプレシアさんに飛びつき、両手で口を塞ごうと頑張っている。
しかし、自分に抱きついてきたものだと勝手に頭の中で処理したプレシアさんは、フェイトを両手で抱きしめて嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。
「「「はぁ、やれやれ」」」
僕だけでなく、リニスとアルフも呆れた溜息を付いてしまい、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。