第10話 告白
昨日に引き続き今日もテスト勉強。
「そう言う訳で、昨日は大変だったんだよね」
しかし、昨日と違うのは月村家ではなくバニングス家。
正面にいるのはすずかではなくアリサと言ったところだろうか。
「はぁ……何なのよそれ……」
アリサから昨日どんなことをしたか聞かれたので、程々にボカしながら説明したんだけど、話を聞き終えるとアリサが深い溜息を漏らす。
何かおかしかったかな?
「あのね、タロー。あたしは昨日、どんなことを勉強したか聞いたの!」
「え、あれ?」
「それをすずかに血をあげたとか、フェイトが抱きついてきてプレシアさんに攻撃されそうになったとか……」
昨日の出来事ではなく勉強の内容を聞かれていたのか。
「勉強は……」
「そして、本当に何なのよ……。この間はプールではやてと2人きりとか……」
昨日の勉強内容を話そうとしたんだけど、アリサは俯いてブツブツ言っている。
何だか怒ってるのかな?
「あたしだけ2人っきりで何にもしてないじゃない!」
ウガァーって効果音が聞こえそうなぐらいな勢いで、両手を上にあげてアリサが立ち上がる。
火は噴かないのかな?
「火なんて噴けるわけないじゃない!」
あれ、僕は口に出した覚えがないんだけど……。
「タローは何が言いたいか分かるわよ。単純というか何て言うか……いつも見てるし(ぼそ)」
小さな呟きまで僕は聞こえるんだけどなーと思っていると、急にアリサが頭を左右に強く振る。
そして小さく喉を鳴らすと、僕の方を向いて口を開く。
「タローのことはいつも見てるから、口に出さなくてもあたしにはある程度なら分かるのよ」
アリサはわざわざ誰でも聞こえる普通の音量で言い直した。
「そっか、ありがと」
「なんでお礼言ってるの? タローが隠し事出来ないって言ってる様なものなのよ」
「そう言われてみればそうだね」
アハハと笑う僕をアリサは呆れたような表情で見ている。
だけど我慢していたのか、急にプッと吹き出し、その後は僕と一緒に笑いだす。
何だかグダグダな雰囲気で、なかなか勉強が始まらないんだけど、これはこれで楽しいから良いか。
「さ、そろそろ始めるわよ」
ひとしきり2人で笑い合って満足したのか、アリサが手をパンパンと叩いて気持ちを切り替える。
僕も気持ちを切り替えて……。
「そう言えばアリサはその格好で教えてくれるの?」
「え? どういう事?」
僕の言葉にアリサは首を傾げる。
今のアリサの服装は赤いワンピース。
僕の前でクルリと回り、スカートの裾をなびかせて見せる。
「こ、この服……似合わないかしら?」
「いや、可愛いアリサに良く似合ってると思うよ」
「え、あ、その……ありがと……」
僕の言葉に頬を赤らめて俯くけど、直ぐに首を傾げる。
「じゃあ、なんでそんな事を言ったの?」
「えっとね……昨日すずかが勉強を教えてくれた時は、わざわざスーツ姿になって、更にダテメガネつけてたからさ。アリサもそうするのかなーって思っただけだよ」
「そ、そうだったんだ……」
意味を理解したアリサが俯き顎に手を当てて悩む。
「タローってそう言う服装が好きなの?」
「んー、リクルートスーツとメガネみたいな秘書風の服装って僕の好みではあるけど、小学生が着ても無理があるよね」
「むっ!」
アリサの問いかけに素直に答えると、ムッとした表情をする。
だって、子供のスーツ姿なんて七五三の延長にしか見えないし……。
「ちょっと待ってなさいよ!」
「えっ?」
アリサはそう言って部屋から走って出て行ってしまった。
はて、どうしたことやら……?
「待たせたわね!」
バーンと言う音を立てて部屋の扉が勢い良く開く。
そこには縁無しのダテメガネを付け、スーツ姿のアリサがいた。
「これでもさっきのように言えるかしら!」
「うん、可愛いね。すずかも似合っていたけどアリサも良く似合っているよ」
「そ、そうでしょ」
自分から聞いてきたのに、僕の答えにアリサは頬を赤らめる。
「こういう不意打ちが凄い効くのよね……」
蚊の鳴くような声でそう呟き少し俯くが、直ぐに顔を上げて僕の前まで移動してくる。
「これならタローの好みでしょ!」
「うーん、似合ってると思うけど……さっきも言ったように小学生のを見ても可愛いなーって感じだよね」
勢いの良いアリサの言葉に頬をかきながらそう答えると、急にアリサが真面目な顔をして目の前に座る。
「あのね……タローってなんでそんなに一歩引いているというか、後ろに引いて見てるの?」
「ん?」
さっきまでの変なテンションから一転したアリサの言葉に首を傾げる。
「ずーっと思っていたことなんだけど、タローって本当に同じ年? まるでパパがあたしの事を見るように……父が子を見るように接してるでしょ」
「えっと……」
「身体能力とか野球能力? 他にも謎の能力の事とか変なこと尽くしだけど、それはどうでも良いの。でも、そうやってあたし達から一歩以上引いている理由を知りたいの」
そう言いながらアリサの顔は僕の方にどんどん近付いて来る。
「んーっと……なんで?」
「あたしはタローが好きだから。ちゃんと全てを知りたいだけよ」
アリサの急な告白に僕は少し驚く。
だけど小学生の恋なんて……。
「Likeじゃないわ。Loveの方よ」
そう言って僕の唇に軽く触れるようにキスをする。
不意を付かれたのもあって、思わず避けそこねた。
「小学生の言葉じゃ弱いと思ってるかも知れないけど、今のあたしの本気よ」
そう言ってニコリと笑うアリサ。
「でも、顔が真っ赤だよ」
「うるさいわね! こんなことあたしの方からするなんて、ちょっと前じゃ考えられなかったんだから!」
「だったら何で……」
僕の言葉を遮るように、ありさが指先で僕の口を塞ぐ。
「あたしのファーストキスよ。今はありがたく貰っておきなさい」
アリサはそう言って立ち上がり、机を挟んで対面に座り直す。
「タローの答えはすぐじゃなくて良いわ。それよりもテスト勉強を始めるわよ!」
「あ、あぁ……」
「ボケっとしてないで教科書を開きなさいよ。まずはタローが苦手な英語からよ」
「……うん」
僕の戸惑いを放置してアリサは勉強を教えてくれる。
その後、さっきあったことについては一言もなく、みっちりと勉強させられた。
勉強が終わって帰る時も普通に「またね」と言って別れたぐらいだよ。
小学生とはいえ女の子は良く分からないな……。
「お帰りなさい。ア・ナ・タ」
アリサの家から帰宅し、僕の部屋の扉を開けるとはやてが待っていた。
パタンと思わず扉を閉めた僕は悪くないと思う。
そして一呼吸置いて扉を開ける。
「私、参上や!」
「いや、どんな惨状なんだい?」
「部屋が三畳やないだけに山上にしてみたんやけど、降りるから片すの手伝ってーな」
僕の部屋はにある布団が山のように積まれており、その上にはやてが立っていた。
そしてはやてがそこからピョンと飛び降りてきたので、ため息を付きながらも片付けを始める。
「あぁ、私も片付けるわ」
「当たり前だよ……。それにしても“さんじょう”ネタのためにそこまでやらなくても良いと思うんだけど」
「芸人は常に全力を出すもんやで!」
僕の質問にエッヘンと自信満々に胸を張るはやて。
いや、意味が分からない……。
「いや……いつから芸人になったのさ」
「タローがいつもそんな扱いするやんか。まぁ冗談はその辺にしといて、今日はちょっと要件があってきたんや」
はやての言葉に僕は首を傾げる。
「いやぁ、アリサちゃんから報告の電話があったんや」
はやてはニッコリと笑うが、妙に黒い笑顔だ。
背筋に寒気が走るけど、風邪でも引いたかな?
「悪い思うて1回言わんかったら、あっさりアリサちゃんに先を越されてもうた。せやけど2番目は譲れへん」
「何の話?」
「そのー、なんや……アレやアレ」
自分から言っておいて僕に聞かれると途端に俯き、指遊びを始めるはやて。
(はやて、そろそろテスタロッサ家の皆が帰宅します)
(な、なんやて!? ザフィーラ足止めを頼んだで)
(さすがに俺の話術では10分が限度です。せめてシャマルかリインを連れてきておくべきだったかと……)
(シャマルにバレると皆に広まりそうやし、リインを連れてきたら夕飯が完成せえへんやろ)
(確かにシグナムやヴィータは料理できませんし、シャマルは……その……)
(ザフィーラとクロイツは料理はせえへんもんな)
(申し訳ありません)
(まぁ、そんな事はええんや。とりあえず任せたで!)
(了解しました)
ザフィーラからはやてへ急な念話。
だから僕がみんなの念話聞こえるって言った……言ったっけ?
「タロー!」
「え? 何なに?」
僕が自分の記憶を辿っていると、急なはやての呼びかけで我に返る。
はやては真面目な表情で僕の方へ近づいてきた。
「あんま時間が無いようやから、単刀直入に言わせてもらうわ」
「何を?」
「タローは黙って私の言葉を聞いて欲しいんや」
「良いよ」
とりあえず僕に出来そうな事だから頷き、口を閉じて大人しくはやての言葉を待つ。
はやては僕の前で表情をあれこれと変えながらも、最後はしっかりと真面目な顔になって僕を正面から見つめる。
「タローと出会ってから色々ありすぎたから全部言えへんけど……私は……私はタローが好きや!」
「え?」
「私を孤独という闇から救い出したタローが好きや。私の世界を広げたタローが好きや。私の新しい家族を救ってくれたタローが好きなんや!!」
全て言い切った後に、はやてはゼーハーと息切れを起こす。
とりあえず……。
「顔、真っ赤だよ」
「うっさいわボケ!」
はやては真っ赤な顔をしながらも僕にツッコミを入れる。
ある意味これは照れ隠しなのかもしれないね。
「ま、まぁ、アリサちゃんの返事も言ってないんやから、私の返事も言わんでええよ」
「えっと……」
言葉に詰まる僕を余所に、はやては妙にすっきりした顔になる。
「ただ、ちゃんと言っておきたかっただけや。私の気持ちの整理も含めてあるんやけどね」
そう言ってはやては立ち上がり窓の方へ歩いて行く。
「まぁ、今日の要件はそれだけや」
窓を無造作に開け、窓枠に足をかける。
「え!?」
「そして、いい女は華麗に去るんや」
そう言ってはやては窓から外に飛び出す。
僕が慌てて窓から外を見ると、空を飛んでいるはやての後ろ姿が見えた。
いつの間に飛べるようになったんだろうねぇ……。
1日で2人に告白されてしまった。
僕はアリサとはやての好意には気が付いていた。
ただ、子供だと思ってあまり気にしなかった。
僕の周りの女の子は妙に大人びているから、LikeとLoveの違いがしっかり分かっているなんてね……。
いや、それは僕の言い訳か。
そういう目で見れない訳ではないけど、僕には大きな秘密がある。
ある意味大きなズル……最大の罪なのかもしれない。
僕は……転生者だから。