第11話 男友達
僕が翠屋の扉を開けると、カランカラーンと言うベルの音が店内に鳴り響く。
今日はちょっと用事があってクロノの気配を追いかけてきたんだけど……。
「いらっしゃいませー。あ、タロー君!」
店内には客として珈琲をのんびり飲んでいるクロノと、その対面に座っていたなのはがおり、僕の来店になのはが立ち上がり出迎えてくれる。
珍しい組み合わせのような気がするね。
「やあ、タロー。ケーキでも買いに来たのかい?」
「いや……まぁ、そんな感じかな。相席良いかい?」
「構わないよ」
僕の問いかけにクロノは手で席を勧めてくれる。
その席に座るとなのはがお冷を持ってきてくれた。
「タロー君、ご注文は?」
「うん、珈琲をお願い」
「分かったの」
僕の注文を聞いて店内奥へなのはが歩いて行った。
それを見届けたクロノが口を開く。
「それで今日はどうしたんだタロー?」
「ん? どう言う意味かな」
「僕の前では自然で構わない。今のキミからは違和感を感じる」
うーん、クロノは鋭いな……。
僕が頬をかいているとクロノは微笑み珈琲を飲む。
「キミの年齢には若干の疑問があるが、一応これでも年上のつもりだ」
「そっか……そんなに分かりやすいか?」
「ふん、僕以外にも気が付く人物も居るさ。ユーノもそのうち仕事を終えてくるから、その時に聞いてみたらどうだ?」
クロノは自信あり気に笑う。
「何の話してるの?」
そんな中、なのはが珈琲を持って戻って来た。
そして僕の前に珈琲を置くと、なのはも席につく。
「いや、普通の雑談さ。それより接客は良いのか?」
「うん。お客さんも少ないからお父さんが良いって」
「そう言って今日は仕事してないだろ……」
「えへへへへ」
クロノのジト目になのはは笑って誤魔化す。
つまりずっと2人で話をしていたってことかな?
「あぁ、タローからも言って欲しいんだ。いくら僕に言ってもユーノの配置換えは無理だと」
「え?」
「だって、ユーノ君と一緒に仕事とか出来たら嬉しいの!」
クロノの呆れた声と、なのはの妙に張り切った声。
「要するになのはの無茶振りをずっとされてたって訳ね」
クロノは首を縦に強く頷くが、なのはは首を左右にブンブン振っている。
「違うのタロー君。ユーノ君の帰りが遅いって話をしていただけなの」
一生懸命になのはが<s>言い訳</s>説明してくれる。
簡単に言うとなのはは現場が終われば結構早く時間ができるが、ユーノはそのバックアップがメインなだけに、時間とか関係なく仕事がある。
デートの暇もないって言いたいわけか……。
「一緒に住んでるんだから、一緒に居る時間も多くて良いじゃないか」
「僕もそう言ったんだけど……最近、無限書庫にはプレシア、リニス、アルフが勤め始めていてねぇ」
「あぁ、つまり嫉妬なんだね」
「違うもん!」
なのはは両手をブンブン縦に振ってアピールするけど、説得力が全くないな。
その後も一生懸命言い訳をするなのはを見て、お手上げだよと僕とクロノは深い溜息をついた。
3人で1時間ぐらい雑談をしていると、なのはのツインテールがピコンと動く。
そして顔を扉の方へ向ける。
それに釣られるように僕とクロノもそっちを向くと、ゆっくりと扉が音を立てて開く。
「ユーノ君おかえり!」
扉を開けた人物が店内に入ってくるよりも早く、なのはの声が響く。
「やあ、なのは。ただいま」
そう言って柔和な笑顔で店内にユーノが入ってくる。
むしろユーノだと何故なのはが分かったんだろうかね……。
「今、珈琲を入れてくるね」
「うん、ありがとう」
パタパタとなのはは店の奥に小走りで行ってしまった。
それを見届けたユーノは僕の対面の空いていた席に座る。
「ここ良いよね」
「僕は構わないが、断る前に座っているじゃないか」
「ははは、そうだね。でもそれよりも気になることがあってね」
クロノのツッコミを軽くスルーして、ユーノは僕の方を向く。
「で、タロー。今回はどんな問題が発生しているんだい?」
「え?」
ユーノは至って真面目な顔でそう言う。
それに対して思わず声を出してしまった僕を見て、クロノはクックックと声を押さえて笑っている。
「あれ、違ったのかい? タローの雰囲気が変だったから、聞いてみたんだけど」
「いや、違わないさ」
クロノは可笑しそうに僕を見ながらユーノに同意する。
そして急に真面目な表情になるとゆっくりと口を開く。
「ここじゃ話しにくいだろうから、今日の夜にでもどうだ? 丁度僕は休みだし、ユーノも夜ならフリーだろ」
「うん、僕は平気だよ。タロー、それで良いかい?」
この2人は僕のことを心配してくれている……。
それがよく分かるから、頼ってしまうんだろうな。
「あぁ、こっちからお願いするよ。どうしても悩んでいて、ちょっと行き詰まっちゃってね」
「やっと素直になったか」
「うん、僕達で良ければいつでも平気だよ」
僕の言葉にクロノとユーノはそう言って頷く。
なのはがこっちに戻ってくるのが見えたので、20時に僕の部屋に集合と言う一言で会話を終わらせる。
その後は目の前でいちゃつくユーノとなのはを見せられたりしながら、のんびりと時間が過ぎていく。
そして20時、僕の部屋には結界が張られ4人の来客があった。
「クロノとユーノだけじゃなかったの?」
「俺は別にタローのことはどうでも良いんだが……」
「すまぬな。俺が無理を言って着いて来たのだ」
仏頂面のクロイツとニヤリと笑うザフィーラの守護騎士コンビもこの部屋にいた。
「翠屋の帰りに散歩途中のザフィーラとヴィータと会っただろ。その時にタローが変だと感じたらしいぞ」
クロノの説明に腕を組んで頷くザフィーラ。
確かにすれ違って一言二言会話したけど、その程度で分かるほど僕は変だったのかな?
そう思いながら自分の頬をグニグニ動かす。
「タロー、表情とかじゃなくて雰囲気が変だったり、違和感を感じたりしているだけだから」
「全くそんな事もわからんのかお前は……」
笑いながらユーノがそう言い、クロイツは呆れたように手を額に当てる。
「まぁ、タローの事に気がついた4人が揃っただけさ」
「僕達で良ければ相談にのるよ」
「俺はタローに返しきれない程の恩義がある」
「良いから早く言え。俺がアドバイスぐらいはしてやる」
4人それぞれの言葉でそう言ってくれる。
ちょっとだけ鼻の奥が痛い。
だけど、みんなが待っているから話し始めよう。
「僕には大きな秘密があるんだ。この世界には魔法が存在するんだから、これぐらいあってもおかしくはないのかもしれないけどさ」
みんな真面目な顔をして、僕の言葉に耳を傾けてくれる。
「まずは……僕には前世の記憶があるんだ。しかも前世の死は神様のミスによって起きたものらしい……」
ゴクリと誰かがツバを飲み込む音が妙に大きく聞こえた。
「死因はトラックが歩道に突っ込んできた交通事故。そして僕だけでなく、妻と子供も一緒に死んでしまったんだ」
「「「「!?」」」」
「その事を神様から伝えられ、今まで生きていた世界と別の世界……妻と子供とはまた別の世界に転生させられた。前世の知識や記憶を引き継ぎ、願い事を叶える形で新たに能力を授けられて……」
4人とも言葉を挟まない。
「願い……望んだ能力は野球をするためのもの。つまり僕の力は全て貰い物ってことなんだ」
「「「「!?」」」」
「前世は30歳男性で妻子あり。前世の名前と妻子の名前は記憶から消えたのか、消されたのか分からないけど思い出せない。職業は消防職員と言うのは覚えているんだけどね」
最後は軽い感じで伝えたんだけど、部屋は沈黙に包まれたままだ。
「こんな秘密は墓場まで持って行くべきなんだろうけど、どうにも僕には自分の隠し事ってやつが苦手でね。みんなに打ち明けたいと思っているんだけど、こんな貰い物の力を使って好き放題やってたのが申し訳なくてさ……」
そう言って僕はおどけたように頭を掻く。
「じゃあ、タローが達観したように見えたのも、年上っぽく感じたことがあるのも、前世の記憶があるからなのか?」
「うーん……。肉体に精神は引っ張られるってどこかの本に書いてあったけど、生きた年月にしたら38年ってところだから、そう見えたならそれが理由かもしれないね」
クロノは絞りだすように質問してきて僕が答えたが、これが正しい答えなのかはわからない。
ただ、子供っぽくはないなと自覚はあるつもりだ。
「タローの野球をするためのもの……最初からバットを振れば竜巻を起こせたりしたのかい?」
「いや、これでも自分でトレーニングしたんだよ。理解して貰えるか分からないけど、イメージすると本当に身体に負荷をかけられたから、常に負荷を……例えば重力10倍とかの環境においてね」
ユーノの質問にそう答える。
勿論最初の負荷は軽いもで、徐々に増やして行ったものだとは説明した。
それでも能力の上昇幅の異常具合は理解できる筈。
「はやて達の好意に応えないのは、そのせいもあるのか?」
「うーん……。正直な話し、この年齢って子供でしょ。好意の大半は憧れだし、友愛も親愛も同じに感じるものさ。しかも僕に助けられたという吊り橋効果によって余計にね」
ザフィーラの言葉に正直に話す。
ダテに前世で結婚までしてない……恋と愛と結婚は全て違うものなのさ。
みんなが黙ってしまったので、僕は床に手を付き頭を下げる。
「結果的に助けられて良かったものがあるが、それは全て僕の純粋な力じゃない。それを今まで黙っていてすまなかった」
「……ツラ上げろ」
クロイツの言葉に僕が顔を上げると、頬に痛みが走る。
そして首が絞まる。
僕を殴ったクロイツが胸ぐらを掴み、僕を持ち上げた。
「お、おい、クロイツ……」
クロノはクロイツを止めようとするが、ザフィーラに手で止められる。
そしてクロイツは僕の目を見て口を開いた。
「だからなんだ? 転生者? 俺らだって闇の書時代は何度も何度も転生してるぞ! 貰い物の力? 俺らは元々はプログラム……能力も含めて全て作られた存在だ。そして、俺やリインの力は蒐集で手に入れた、貰い物の力だ!」
クロイツは叫ぶような大きな声を出し、言いたい事は言ったと言う風に僕から手を離し床に落とす。
床に落とされた僕の前にザフィーラが立ち、僕の肩に手を添える。
「タローよ。お前が貰い物の力の上に胡座をかいていただけではない事を俺は知っている。その努力がなければ俺達は……はやては助からなかった。それは誇って良い事だ」
そう僕に伝え、不器用にニコリと笑った。
「前世の記憶がある転生者だからなんだい? そんな事はキミと友達でいれない理由になるのかい?」
そう言って僕にデコピンをするユーノ。
「タローはいつも飄々として、緊張感もなく場を引っ掻き回していたけど、それは死にたいって思っていたからじゃないんだろ。キミは今を生きている……それだけで充分じゃないか」
ユーノの言葉が終わると同時に、ザフィーラが手を置いている逆の方から肩を組まれる。
そっちを向くと笑っているクロノがいた。
「おいおい、たかが38年生きたぐらいで……前世で結婚して子供がいたぐらいでなんだって言うんだ? 前世は所詮記憶。タローとしてはまだ8年しか生きてないんだぞ」
そう言ってクロノは組んでいない腕の拳を僕の頬に当て、グリグリと動かす。
「タローは人に“だから何?”みたいな言葉を言う癖に、自分は言われるのは嫌なのかい?」
クロノの言葉に僕は首を左右に振る。
それを見た4人は声を揃えて笑顔で言う。
「「「「だから何?」」」」
そして4人が僕に飛びかかって来て、揉みクシャにされた。
揉みクシャにされながら、思わず涙が頬を流れる。
ちゃんと泣いたのはこれが初めてなような気がするが、それはとても心地好い涙だった……。