第7話 野球
今日は朝から良い天気だ。
昨日の別れを引きずっていないわけではないが、今日を生きて行かないとな。
でも、人の死に立ち会うと、どうしても前世の妻と子供を思い出す。
2人とも転生したはずだが、元気でやっているのだろうか……。
そんなことを思っているとどんどん落ち込むから、気持ちを切り替えて試合まで軽く運動しておこう。
軽くとなり町までジョギングをしてから、河川敷にある球場に到着。
おや、もう三人娘は来ているね。
「あれ、こんにちは三人とも。もう来ていたのかい?」
そうすると三人娘はこっちを向く。
あ、お弁当食べてる……。
「「「こんにちは(なの)」」」
「今日は天気が良いからお弁当を持ってピクニック気分なの」
「そうなんだ。今日はわざわざ応援に来てくれてありがとうね」
「ううん。野球はあまりルールとかわからないけど、楽しみにしてたんだよ」
三人娘は楽しそうに言う。
みんなが笑っているなら、僕が笑っていない訳にはいかないな。
それに……。
「どうかしたのタロー? いきなり笑って」
アリサがこっちを見て首をかしげている。
名前は一緒なんだよな……。
おっと、そんなこと考えてちゃダメだな。
「いや、今日は応援がいるから張り切って行こうと思ってね」
「あら、あたしの応援は安くはないわよ」
「あぁ、ホームランで勘弁してくれ」
笑いながらそう答えると、三人娘も笑い出す。
この中に彼女も入れてあげたかった…。
そして前世の家族も……。
「そういえば、タロー君はなんで野球をするの?」
考え事をしていると、なのはがそんな質問してきた。
なぜ僕が野球をするのか……。
「野球に限ったことじゃないけど、誰もがやっているスポーツのことを聞かれたら、大概の選手は好きだからとしか答えないかも知れないし、僕もそう答えるよ。でも、野球にかぎらず団体競技はチームワークの大切さを学ぶとかあるよね。人は一人で何も出来ない。悩めば相談できる相手がいる。なのはにはアリサやすずか、そして家族とかユーノがいるでしょ」
ちょっとまじめに答えちゃったから引かれちゃったかな?
三人娘はウンウンと頷いているようだから多分大丈夫だと思うけど……。
「まぁ、楽しいからやってるんだよ」
笑いながら答えると、三人娘も笑ってくれる。
そう、楽しくない野球なんてしちゃいけないんだよね。
「そろそろ集合時間だから行くね。1番打者だから楽しみに」
「「「がんばって(ね・なの)」」」
アップが終わり試合前のミーティング。
今日はピッチャーではなくレフトか。
ミーティングが終わるとノムさんが僕だけ呼ぶ。
「おぅ、イチ。今日はいつもと集中力が違うのぅ。せやさかい、バッティングに集中できるようレフトにしといたわ」
「え……」
「何も言わんでええ。廃ビルの件はお疲れぇな。サッチーも感謝しとったで」
そう言うとノムさんはベンチへ行ってしまう。
何でもお見通しなんだな。
さすがは監督の眼力だ。
よし、集中して行くとするか。
「プレイボール!」
1番打者としてバッターボックスに立つ。
集中して……バットの先を藤見台にあるアリサ・ローウェルの墓を指す。
ざわざわ……
予告ホームランだよ……
雑念は切る。
雑音を切る。
もうピッチャーと投げてくるボールしか見ない。
ピッチャーが振りかぶって投げた!
僕はタイミングを合わせバットを振り抜く!
カキーン
ボールはどこまでも飛んで行く…。
綺麗な弧を描いて……。
僕の視力でなら確認できた。
上からアリサが見ているのを……。
そして、アリサの墓前にドンピシャで落ちる。
「「「わぁーーーー」」」
集中を切るとみんなの声が聞こえてくる。
僕は下から届けたぞ!
アリサ……上から見えただろ……。
そんなこと思い、腕を上げダイアモンドを一周する。
ノムさんは苦笑いをしている。
三人娘は……思い切り驚いてるな。
さて、今日はこれで終わらせる気はないぞ。
とりあえずサイクルヒットを狙うか。
「ゲームセット!」
試合は終わった。
5打席4安打1四球、3盗塁。
まぁ、集中していたらこんな結果になってしまいました。
相手のチームは凹んじゃってるな……。
そんなことを思っていると三人娘が寄って来た。
「すごねタロー君!」
「大活躍だったの!」
「ま、まぁ、あたしたちが応援に来たんだからこれぐらいはと、当然よね」
「「アリサちゃん……」」
アリサは照れながらそんなことを言うが、なのはとすずかにジト目で見られている。
「ありがとう。みんなの応援のおかげだよ」
この嬉しい気持ちが三人娘だけでなく、上でも見ているアリサにも伝わるといいな。
好き放題やりすぎてノムさんに軽く注意されたけどね。
「今度はあたしたちに野球のことをもう少し教えなさいよ。今日の試合は応援してて楽しかったから興味が湧いたわ」
「私も教えて欲しいな。本当に面白い試合だったよ」
「あぁ、分かったよ。今度家にあるみんなが付けられるサイズのグローブ探してくるから、キャッチボールから始めようね」
「「ありがとう」」
「……」
あれ、なのはだけ反応がないな。
何か考えてるけど……。
「なのはちゃんもやるでしょ?」
「……」
「なのは、どうしたの?」
「んーっと、なんでもないの」
「なのはちゃん、さっきタロー君が言ってたけど、人は一人で何も出来ない。悩めば相談できる相手がいる。って言ってでしょ。」
「そうよ、なのは。あたしたちになんでも相談しなさいよ。」
そう2人に言われ、なのは笑顔になって顔を上げる。
「アリサちゃんにすずかちゃん、ありがとうなの。そんな大した事はないんだけど……。」
なのはは首を傾げながら2人に言う。
「昔キャッチボールを誰かとやった気がするの。お父さんやお兄ちゃんとキャッチボールをやった事はないんだけど……。だから気のせいなの」
「全く……変なことで悩んでないでよね」
「そーよなのはちゃん。言ってみれば大したことがなくなる事とかあるんじゃない?」
なのはの悩みを聞き、アリサは呆れ、すずかは苦笑いをしている。
なのはは小さい頃から相談するとかが苦手だったよね。
いい子になろうとか、迷惑かけちゃいけないとかさ……。
ここは僕も一言いっておこうかな。
「みんなに言える範囲で相談すればいいんだよ。みんなに秘密を作っちゃいけない、全て話さなければいけないと言ってる訳じゃないんだからさ」
(そうだよなのは。なんでも僕達に相談すれば良いよ)
「うん、みんなありがとうなの」
何かを吹っ切れたなのはの笑顔だった。
その笑顔を見てアリサもすずかも笑ってる。
「タロー君、明日はお父さんのサッカーチームの試合だから応援に来てね」
「あぁ、分かったよ。それじゃ、また明日ね。今日はありがと」
「「「またね」」」
さて、ジョギングをして帰ろうかな。
ボールがぶつかってお墓が壊れてないか確認しておかないとね。