第15話 野球選手
すずかとアリサが満足行くまで抱き合って泣いた後、僕は用意しておいたおしぼりと飲み物を渡す。
2人共、目は真っ赤だし、顔は涙でぐちゃぐちゃだよ。
「2人して思い切り泣けたね。いつ両親が部屋に入ってくるかとドキドキだったよ」
「「ごめんなさい」」
「いや、別に怒ってるわけではないから。思い切り泣けることは良い事だしね」
ほんと、ちゃんと感情が出せて、それをぶつけられる相手がいるのは大事だからね。
さて、そろそろ0時になるんだけど……。
「タロー、あんた結構色々なことが出来るわよね」
「色々なことって範囲が広すぎて、何が言いたいか分からないけど?」
アリサがいきなり言ってくるけど、何が言いたいのかな?
アリサは俯き、少し悩んだ後に僕の方を向き手をあわせて頭を下げる。
「タロー、お願いがあるの」
「いいよ」
「また、簡単に返事して……。でも、ありがとう。お願いの内容はね、木の化け物の時にあたしを守ってくれたように、今回のすずかのお家騒動も何とかして欲しいの!」
「アリサちゃん……。いくらなんでもタロー君にそんな事お願いしても無理だよ〜」
「ん〜、僕にも出来ることと、出来ないことがあるんだよ」
「わかってるわ! でも、あたしにはタローしか頼れないし、タローなら何とかしてくれると信じてるもの!」
すごい信頼なんですけど……。
木の化け物の時そんなに凄いことしたっけな?
アリサを抱きかかえてビルの上へ逃げて、ボール1個投げただけなんだけど……。
「お願いよタロー! すずかの家にいる人達を守ってあげて!」
「何だ、それだけでいいの? それなら大丈夫だよ」
「え? えっ!?」
すずかは混乱している……。
アリサは僕の返事を聞き嬉しそうに微笑む。
そんな綺麗な笑顔をされたら、なんでもやろうってもんだよね。
「僕が忍さん達にお願いされたのは、すずかを僕の家へ一泊させること。夜中に出ていくのは別に良いんだよね」
僕の言い回しにアリサがニヤリと笑う。
すずかだけが訳もわからずオロオロしているんだけど……。
「じゃあ、アリサ。すずかのことはよろしくね。僕の家で一泊させておいてくれれば良いから。僕はちょっと月村家に行ってくるよ」
そう言ってトレーニングウェアに着替え始める。
「ちょ、ちょっと! 何処で着替えてるのよ!?」
「え? 僕の部屋だけど」
「そうじゃなくって! 乙女の前で服を脱ぎ始めるとかどうなのよ!」
アリサが真っ赤になって文句を言う。
すずかは俯いているけど、チラチラと僕の身体を見ているようだ。
「ん〜、とりあえずこんな夜中に部屋の外に出ると両親にバレそうだし、パジャマでみんなのところに行くのもなんでしょ」
「そうだけど……」
「まぁ、僕は気にしないから、アリサもすずかも気にしないで」
そう言って、手入れをしておいたバットとグローブを出し、ポケットにボールをねじ込む。
後は窓を開けて、窓枠に手を掛け身体を外に乗り出す。
「窓の鍵は閉めないでね。ちゃんとやってくるから、お留守番よろしく!」
「うん、タロー。しっかりやってきなさいよ!」
「あの……タロー君は一体何をするの?」
すずかだけが良く分かってないままだね。
「アリサ、すずかに説明よろしく! それじゃ、行ってきます」
「うん、こっちは任せておいて! 気をつけてね」
アリサの返事を聞き、僕は窓枠から思い切り飛び出す。
とりあえず近くの家の屋根にそっと着地する。
後はこのボールを投げ……そこに乗りすずかの家を目指す!
お、見えてきた見えてきた。
上空からすずかの家の方を見ると……ひい、ふう、みい、沢山いるな。
月村家側が忍さん、さくらさん、ノエルさん、ファリンさん、恭也さん、美由希さん。
相手側は茶髪の男が氷村、金髪で左腕にブレード、右腕に電撃を纏ったロープがあるのがイレイン、灰色の髪でイレインと同じ格好をしているのが5体いるけど、それがレプリカかな。
ノエルさんがイレインと対峙し、残りの5人が各レプリカ5体と対峙している。
氷村は後ろにいて直接は戦っていないんだが、コウモリを飛ばしたり、オオカミを出して体当たりさせ邪魔をする。
コウモリやオオカミはすぐに斬り付けられ消えてしまうが、それに対応するためにレプリカを1体も減らすことができず、ズルズルと戦いが長引き、疲労と負傷が溜まっていく感じかな。
とりあえず、ど真ん中に着地しようっと。
ドガン!
土煙を上げて僕が着地すると、みんな一斉に後ろに飛び間合いを取る。
つまり僕を中心に円が出来ている状態。
「な、なんだぁ!?」
氷室が驚きの声を上げているが、とりあえず放置。
僕の姿を見てびっくりしている月村家の皆さん。
「こんばんは、夜分遅くにすいません」
「タロー君!? なんで君がここにいるんだ!」
恭也さんが驚き声を上げる。
そんなに驚かなくっても……。
「貴様何者だ。夜の一族および御神流の剣士ではないな。該当データがない」
「お前は誰だ! 僕の邪魔をするなら殺すぞ」
イレインと氷村が声を上げ、イレインとレプリカが僕に対し武器を構える。
聞かれたら名乗らなければいけないよね。
「僕の名前は一之瀬太郎……野球選手さ!」
「「「「「「!?」」」」」」
一瞬の間があり、みんなが声を揃え言う。
「「「「「「いや、それはおかしい」」」」」」
あれ、なんで両方から突っ込まれなきゃいけないんだ?
普通の自己紹介じゃ足りないだろうから、折角ちゃんとやったのに……。
「と、とりあえず、そこにいる邪魔な子供をぶちのめせ!」
「行け、レプリカ!」
5体のレプリカが一斉に僕に飛びかかってくる。
その前に僕はバットを構え思い切り振り抜く!
ギュオン!
僕を中心に竜巻が起こり、飛びかかってきたレプリカをまとめて吹き飛ばす。
レプリカは手足が変な方向に曲がって、壁や木、地面に叩き付けられる。
月村家の皆さんはポカーンとこっちを見ている。
正確には氷村やイレインもポカーンとしているんだけどね。
「な、何が起きたんだ? 貴様……魔術師か?それともHGSの能力か!?」
「いえ、普通の素振りですけど」
「ありえない!」
氷村はすごい混乱してるね。
イレインは油断無く僕に対して腕のブレードと電撃ロープを構えている。
月村家の皆さんは我に返り、僕に話しかけてくる。
「ちょっと、タロー君って何者なの?」
「え、野球選手ですけど」
「そんな事を聞いてるわけではなくって……。何だか頭が痛くなってきたわ」
「忍お嬢様、大丈夫ですか……?」
フラッと倒れそうになる忍さんに、それを支えるノエルさん。
オロオロしているファリンさんに、額に手を当てて首を振っているさくらさん。
そしてそんな雰囲気からいち早く回復し、イレインに向けて武器を構える恭也さんと美由希さん。
「タロー君、危ないから下がって。そのイレインはレプリカなんて目じゃない強さなんだ。俺と美由希の2人がかりで倒せるかどうか……」
「そうだよタロー君。後はあたしと恭ちゃんでやるから下がって!」
そう言うと2人とも武器を持ちイレインに攻撃を始める。
イレインはその2人に反応し、ブレードと電撃ロープで反撃を開始する。
高速で移動し斬りかかる恭也さんと美由希さん。
それに対して攻撃を避け、避け切れないものはブレードで防ぎ、そのまま反撃をするイレイン。
電撃ロープを体の周りに張り巡らせているので、なかなか踏み込めずに居る。
え、恭也さんが止めた時の中を動くように移動してイレインに攻撃をしている。
小太刀で斬りかかり、飛針を投げ、鋼糸で縛り上げる!
美由希さんも同じ様に止めた時の中を動くように攻撃を始める。
そしてイレインの動きが止まった瞬間、2人が同時に技を仕掛ける!
「美由希あわせろ!」
「うん!」
「「小太刀二刀御神流斬式 奥技之極 閃」」
物凄い速さで繰り出される攻撃!
それによりイレインが破壊……されない!?
イレインの左腕を破壊することはできたが、カウンターの攻撃を受け吹っ飛ばされる2人。
慌ててそこに駆け寄る月村家のみんな。
「く、神速と閃を使ってこの程度か……」
「恭ちゃん、膝は平気?」
「さすがにキツイな…」
2人共、今の攻撃で決めるつもりだったのか、かなりの疲労とカウンターで食らった攻撃のダメージが酷いな。
対してイレインは電撃ロープで2人に追撃、そして集まった月村家のみんなにまとめて攻撃をしてくる。
守る相手がいるから回避は不可能か。
パシ
みんなに当たったら危ないので、電撃ロープをグローブでキャッチする。
そのまま掴んだグローブでイレインを叩く。
「タッチアウトだよ」
ドゴシャ!
地面に叩き付けられ、両足が砕け、半身が地面のコンクリートに埋まり動かなくなるイレイン。
それを見てボー然とする月村家の皆さん。
氷村は口をポカーンと空けて馬鹿みたいな顔になってる。
まぁ、降伏勧告ぐらいはしてあげないとね。
「さて、残りは君だけだけど、降参してくれると楽なんだが……」
「貴様! この夜の一族の中でも純血で気高い僕に対してその口はなんだ!」
「いや、学生時代に吸血鬼と人狼のハーフの私に負けてるじゃない…」
さくらさんが呆れた顔でツッコむ。
なんだ、氷村って実は弱いのか?
でも、何だか嫌な雰囲気があるんだけど……。
僕の気のせいなら良いんだが、さすがに氷村そのものの気配が濃すぎるんだよね。