閑話 レクリエーション
ミッドチルダ南駐屯地内A73区画にある管理局の所有地にて、毎年恒例の陸と海によるレクリエーション野球大会が実施されている。
陸の監督はレジアス・ゲイツ。
海の監督はギル・グレアム。
また、レクリエーションなので、陸・海各部隊の予算を使用し外部から選手を呼ぶことも出来る。
海は外部より野球の始祖であるイソノの子孫を呼び、注目を集めている。
このイソノの子孫は現在でも野球の世界でも一流の選手を何名も輩出しており、中でも一番の実力者にはカツオと言う一族でも名誉な名前を授けられるという。
そして今回、ギル・グレアムが招待した選手は……なんと、カツオ・イソノである!
陸は予算も少なく、当然外部より有名な選手を呼ぶことが出来ない。
現在、メガーヌ・アルピーノによる野球の上手い選手を強制召喚し、その者と話し合い招待選手として参加してもらおうと儀式魔法を行なっているが、なかなか上手くいかない……。
そして海の選手たちは招待選手だけではなく、高ランク魔導師が揃っており、野球でも圧倒的な強さを誇っている。
一方、陸の選手たちは魔力持ちが少なく、また持っていても高ランクが居ない。
また、地上の治安が悪化しているため、陸でも野球の上手い選手を集めることが出来ないでいる。
しかし、なんとか事件を解決しやって来れた陸の選手の中でも高ランクのゼスト・グランガイツにより海に頑張ってくらいついて行く。
「オーリスよ、陸士108部隊はまだこんのか?」
「はい、父さん。まだゲンヤさん達はこちらには見えておりません」
「くそ!地上でも野球の上手い選手が集まっているあの者たちがおらねば……。ゼスト達だけでは太刀打ち出来んぞ!」
「ここで負けると父さんが監督をやってから……いえ、このレクリエーション大会始まってからの連敗記録が更に伸びることに……」
「言うな!今回はゼストの部隊も事件を解決し揃っておるのだ。戦力はあるはず……なのになぜ……」
「海は予算が沢山ありますから、招待選手のカツオ・イソノ氏による一方的な試合になってます」
「こっちはそんな予算はないわ!」
カツオ・イソノの豪速球は魔導師ランクS+のゼストでも前に飛ばすのが精一杯。
陸では今回、若くしてこの試合に連れてこられた将来有望なティーダ・ランスターやヴァイス・グランセニックがいるが、カツオ・イソノの豪速球にはバットに当てることも出来ない。
バントで何とか出塁したクイント・ナカジマのウイングロードを使った盗塁でカツオ・イソノの集中力を乱そうとしても、牽制球によりアウトにされてしまう。
「レティ、今回もウチが勝ちそうね」
「そうねリンディ。元々の戦力が大きい海に、今回の招待選手がカツオ・イソノ氏ですもの。勝って当然でしょ」
「母さんたち、喋ってないでちゃんと守備してください!」
「えー、でもクロノー。こっちに打球飛んでこないんですもの〜」
「そうよ、クロノくん。あまり緊張していたらエラーしちゃうわよ〜」
「……もういいです」
リンディ・ハラオウンとレティ・ロウランの母親コンビに、良いように言われてしまうクロノ・ハラオウン。
同じくレティの息子であるグリフィスは、観客席の方でその会話を聞きため息をついている。
自由奔放な母親に振り回されるのは、何処の息子も同じ様だ。
そのグリフィスを優しく慰めているグリフィスの幼馴染であるシャリオ・フィニーノを見て、レティは目を細めてリンディと話を続ける。
「ウチの子はシャーリーと上手く行ってるみたいだけど、リンディの方はどうなの?」
「ウチのクロノは……ほら、ベンチに居るエイミィと仲良くはやってるんだけど、どうも進展しないのよねー」
「お互い、息子の恋愛は見ていてヤキモキしちゃうわよね」
「そうそう。あ、この間なんてクロノが……」
外野で守っているんだか、井戸端会議をしているんだか分からない状態が続いている。
クロノはもう諦め、内野の守備を見るが、リーゼ・アリアとリーゼ・ロッテが寝転がっている。
「リーゼ姉妹まで何やってんだ……」
「にゃ?ボールが来ないから暇なんだよ」
「そーだよ、クロスケ。前にボールが飛ばせるのはゼストさんだけだから、そこさえ注意してれば後はゴロゴロのんびりできるよ」
「もうやだ、このチーム……」
クロノは頭を抑えてしゃがみ込んでしまう。
それを見ているベンチは楽しそうだ。
「なぁ、ランディ。クロノ執務官はなに頭抱えてるんだ?」
「あそこにクロノ執務官の師匠達と、母親たちがいるんだぜ。察してやれよアレックス……」
「そうだったな……。後でエイミィにでも癒してもらえば良いか」
「な、なんで、そこであたしの名前がで、出るのかな?」
「「わかってるくせに」」
「べ、別にあたしとクロノくんはそんな仲じゃないよ」
「いや、俺達そこまで言ってないよ」
「そんな仲ってどんな仲なのかなー?」
ワタワタしているエイミィに、ニヤニヤするランディとアレックス。
ベンチの中のアースラ組は試合に参加しないでも楽しそうだ。
一方、このままでは埒があかない陸。
レジアスが重い腰を上げ、審判に選手交代を申し出る。
「選手交代! ラッド・カルタスに代わり……ワシが出る!」
「父さん!?」
「なぁに、心配するなオーリスよ。ワシも昔取った杵柄で、みごとゼストに繋いでみせるわ」
バシーン、バシーン、バシーン
「ストライク、バッターアウト!」
「父さん……」
「むぅ、寄る年波には敵わんのか……」
「レジアス……。次は俺達のバッテリーで奴らを三振にするぞ!」
「お、おぅ。ゼストよ……すまん」
「何を言ってるんだ! 俺とお前の仲ではないか!」
「そうだったな……。奴らと違いチームで挑んでいくぞ。よし、皆の者集まれ。円陣を組むぞ!」
「「「「「「「「応!!」」」」」」」」
ゼストの炎熱変換魔球により何とか0点に抑えることが出来たが、この魔球は氷結変換してくるクロノには通じないことをゼストは誰よりも知っていた……。
「さすがは最年少執務官。油断ならない相手だ」
「地上のストライカー、ゼストさん。次の回では打たせてもらいますよ!」
9回の表……陸の攻撃。
得点は0−3で海が一方的な試合に持ち込んでいる。
この回の先頭打者はレジアス。
レジアスがバッターボックスに立とうしたところ、ベンチよりオーリスが大きな声を上げる。
「父さん! 陸士108部隊が任務を終了し、ゲンヤさんがこっちに既に向かっているそうです!」
「なに! そうか……やっと来るか。それならばワシはなんとしても出塁せねばならんな」
そう言い、バッターボックスに立つレジアス。
初回からずっと投げているカツオ・イソノは疲労の色を見せずに、投球フォームに入る。
レジアスはバッターボックスの一番前に立ち、最近出てきた腹を反らせ、内角に鋭く入って来た球に備える。
投球がレジアスの腹を擦り、ジュ!と言う音を出す。
「デッドボール! ランナー1塁へ」
審判もレジアスの最近出てきた腹が球を避けられるとは判断できず、デッドボールとコールする。
ついに反撃の狼煙が上がる。
続くバッターはゼスト。
「レジアスが出塁しゲンヤが向かっているのか。ならば俺のなすべきことはもう後1つだけか」
ゼストは魔力を全て集中させ、初球から狙っていく。
カキーン!
全力で振ったバットに球は当たり、三遊間を抜けていく……。
ついにノーアウトで塁が2つ埋まる。
ここで将来有望と言われているティーダが打席に立つ。
「おにいちゃーん、がんばれー!」
「おう、まかせとけー!」
観客席からティーダの妹であるティアナの声援が届く。
それによりティーダのやる気はMAXだ!
しかし、相手はカツオ・イソノ。
ティーダは冷静に相手の戦力を分析する。
2球様子を見て、3球目にティーダは勝負をかける。
「ランスターのバットはちゃんとボールを打ち抜けるんだ!」
大きく打ち上げた打球だが、落下地点にいるのはリンディ。
フライをキャッチされるがレジアスとゼストは共に塁を進め、ワンアウト2塁3塁になる。
ここで打席に立つのはヴァイス。
狙撃手だけあってカツオ・イソノの打球は見えている。
しかし、前に飛ばすことがなかなか出来ないでいる。
ここでも、観客席からヴァイスの妹のラグナが応援している。
「おにーちゃーん、がんばってー」
「任せとけー」
そう言ったものの、ティーダの様に前に飛ばすことが出来ないのは分かっている。
ヴァイスは次に繋げるために打席に立つ決心をする。
カキーン
「ファール」
カキーン
「ファール」
ヴァイスは前に飛ばせないなら、ファールで打球数を稼ぎ、そしてこっちに向かっているゲンヤを待つ。
何度も何度も狙ってファールを打ち続けるヴァイス。
さすがにカツオ・イソノも疲労を感じてくる。
しかし、前に飛ばすことのできないヴァイスはファールで粘るしか無い。
「ゲンヤさん……早く来てくれ……」
そして30球目のファールを打った時、ベンチに入ってくる選手がいた。
「ヴァイス待たせたな!」
「ゲンヤ……さん」
ネクストバッターズサークルに移動してきたゲンヤを目にし、次のボールを見送り三振でアウトになるヴァイス。
彼の手は血まみれでもうバットが握れない状態であった……。
「ゲンヤさん、後は頼みます」
「おう、任せておけ! 俺のご先祖様の名にかけてもな」
「え?」
「気にするな。ベンチで休んでいろ」
そして代打としてバッターボックスに立つゲンヤ。
ピッチャーのカツオ・イソノに対し彼は話しかける。
「すまない遅くなった。俺の名前はゲンヤ・ナカジマだ」
「!? ……まさかナカジマって」
「おう、そのまさかなんだよ」
「それじゃ、それじゃ……」
「ああ、待たせちまったみたいだな」
「長い……長い間……待ったよ」
「そうか……文句はご先祖様に言ってくれ」
「そうだな……。でも、今はこの試合を楽しもう」
そう言ってカツオ・イソノは自然と涙を流し、投球フォームに入る。
野球に対してこんな気持ちになるのはいつぶりだっただろうか……。
そう、子供の頃初めてボールを触って投げた時か……。
それに対峙しゲンヤ・ナカジマは静かにバットを構える。
「久しぶりだな」
「ああ……磯野……。野球、やろうぜ」
ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオ