第27話 矢後市
猫じゃらしを買って来たから、夜にリニスで散々遊んだ。
その後思い切り怒られたんだけど、なんでなんだろうな……?
次の日もゴールデンウィークの合間なので学校へ行き、みんなとおしゃべりを楽しむ。
昼休みに屋上でいつものように三人娘とお昼を食べていると、携帯電話に連絡がある。
三人娘に断りを入れ、屋上の端で電話に出る。
「もしもし、一之瀬太郎ですけど」
「あ、タロー君? 私、綺堂さくらよ」
「あ、さくらさん。どうしたんですか?」
「実はね……」
さくらさんの家のある矢後市にて、ジュエルシードが見つかったとのこと。
現在は機械人形に確保させ、生身の人は思念体に触れないようにしてある。
さくらさんがこっちに来るには、機械人形を移動させなければいけないので危険かもしれない。
だから今日の放課後にでも取りに来て欲しいと。
「分かりました。放課後に伺わせて頂きます」
「じゃあ、お願いね。あ、折角こっちに来るなら水族館のチケットが二枚あるから、女の子でも連れて来れば良いんだけど……」
「そうですね、誰か誘ってみますよ。それでは失礼します」
電話を切って三人娘のところに戻り、お昼ご飯を再開する。
さてと……誰を誘えば良いんだろうね。
とりあえず予定でも聞いてみれば良いかな。
「今日の放課後、みんなの予定は塾とかなのかい?」
「あたしは特になにもないわ」
「私はお姉ちゃんとお買い物」
「私はお兄ちゃんとお姉ちゃんがトレーニングを見てくれるって言うから、一緒に運動するんだ〜」
うん、アリサは予定がないのは分かったけど、なのはがどんどん肉体派になって行ってるんじゃないかという不安があるな。
たしかに昨日、恭也さんと美由希さんになのはが運動を始めた事をメールしたけど、いきなりこうなるとは……。
「そっかー、暇なのはアリサだけか」
「べ、別に暇なわけじゃないわよ。塾がないだけよ」
「あれ、そうなの? さっきの電話で、水族館のチケットがあるから取りに来ないかと言われたんだけど、みんな予定があるなら1人で行ってこようかな」
「水族館か〜。お兄ちゃん達に言って、トレーニングは次の日からにしようかな〜?」
「んーん、先に予定が入っているなら無理しちゃ駄目だよ。また機会があるさ」
みんな駄目なら仕方がないか。
ジュエルシードだけ貰いに行けば良いかな。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ。タロー1人じゃ寂しいだろうから、あたしが一緒に行ってあげるわよ」
「確かに1人で行っても寂しいかな。でも、アリサも暇じゃないんでしょ」
「たしかに暇じゃないって言ったけど、予定があるわけじゃないから……」
「ん、どっちなんだい?」
「もぅ、あたしが一緒に行くの! 文句あるの!?」
アリサが真っ赤になって一生懸命に大きな声を上げる。
そんなに水族館に行きたいんだね。
「文句はないよ。じゃあ放課後によろしくね」
「うん!」
そう言うとアリサは鮫島さんに電話をして放課後のことを話しをしている。
そんな話をして昼休みは終わる。
あ、ジュエルシードを貰いに行くついでって言い忘れちゃった。
とりあえずアリサが嬉しそうだから良いかな。
放課後、なのはやすずかと別れ、アリサと2人で駅に向かう。
「そう言えば鮫島さんの車じゃなくっても良いの?」
「うん、たまには2人で歩くのも良いでしょ」
「そうだね。この後は電車で移動するよ」
2人でのんびり雑談しながら海鳴駅へ向かう。
そこから電車に乗り、揺られること数十分、矢後市に到着した。
「あ、アリサちょっと待ってね」
「うん、どうしたの?」
「電話するからさ」
そう言い、さくらさんに電話する。
矢後市に着いた事を伝え、家の住所を聞く。
駅からそんなに離れていないようなので、のんびり歩こうかね。
「アリサ、さくらさんの家に行ってジュエルシードを貰ってから行くね」
「え、さくらさん? ジュエルシード?」
「あれ、説明してなかったっけ?」
「全然聞いてないわよ!」
「そっか、ごめんごめん」
とりあえずそこから今日の流れをアリサに説明する。
ちょっとがっかりしている感じがあるけど、ちゃんと説明しなかったのが悪かったのかな。
そんな話をしながら歩いていると、さくらさんの家に着く。
呼び鈴を鳴らしメイドさんに案内してもらい中へ入れてもらう。
「あ、タロー君。待っていたわよ。そして一緒にいるのは彼女さんかしら?」
「え、あ、その、えっと……」
「あ、一緒にいるのはクラスメイトで友達のアリサだよ」
「……むぅ」
さくらさんの言葉にアリサが戸惑ってしまっていたので助け舟を出す。
何だかアリサが不機嫌そうだけど、連れて来なかったほうが良かったかな?
「まぁ、そういう事にしといてあげるわ。はい、水族館のペアチケット」
「ありがと。後、ジュエルシードは?」
「それはこっちの部屋よ」
そのまま奥の部屋に連れて行かれる。
アリサは僕の服を掴みながら、後ろから恐る恐るついてくる。
やっぱりジュエルシードは怖いんだろうな。
奥の部屋では1人の女声が……って、イレイン?
「なんでイレインがこんな所にいるの?」
「あ、忍が直してくれたの」
「え……タロー。イレインってこの間すずかの家で……」
「うん、そう。そのイレインなんだけど……」
僕の言葉を聞くとアリサは完全に僕の後ろに隠れてしまった。
月村家お家騒動の話を聞いているから怖いのかな?
「今は大丈夫よ。まだ人工知能の感情をONになっていないから、レプリカと同じ様な状態なのよ」
「へー、まだ治ってないんだね」
「そうよ、まだ直ってないのよ」
ん? なんだか、さくらさんと「なおる」の意味合いが違う様な気がするけど……。
差別しちゃ可哀想だよね。
「じゃあ、早く元に戻してあげないとね」
「「え?」」
僕の言葉にさくらさんとアリサが驚く。
何か変なこと言ったかな?
「タロー君……。元のイレインに戻ったら、また襲ってくるかもしれないのよ」
「ん? イレインって自我が強すぎただけとか、氷村に利用されただけでしょ。ちゃんと教育とか受けさせれば、ノエルさんみたいになるんじゃないの?」
さくらさんとアリサが顔を見合わせ、その後笑い始める。
なんで?
「タロー君らしいわね」
「うん、これがあたしの知ってるタローよ」
何だか不本意な言われようなんだけど……。
まぁ、いいか。
「それで、イレインがジュエルシードを持ってるの?」
「ええ、そうよ。私達が持つと発動しちゃうかもしれないしね」
「そっか」
そう言い、イレインの方に歩いて行く。
「イレイン。わざわざ、ありがとうね」
「……いえ」
「!?」
僕の言葉にイレインが返事をして、手に持っているジュエルシードを渡してくれる。
んー、ナンバーは12か。
とりあえず、ポケットにしまっておこう。
「イレインが反応した!?でも、まだONにしてないし……」
「あれ、さくらさんどうしたんですか?」
「タローがまた非常識なことをしたからよ」
「僕、何かした?」
「「はぁ〜」」
あれ、そんなに全力でため息付かないで欲しいんですけど……。
「アリサちゃん、タロー君て……」
「はい、さくらさん。こーゆー人です」
「何か言っても仕方がないのね」
「むしろ全てを受け入れるぐらいでないと駄目です」
「じゃあ、どうしようかしら?」
さくらさんとアリサは僕にわからない話をしている。
そしてアリサは僕の方に向き話し始める。
「タローって前に幽霊と友だちになったりしてるけど、どういうコミュニケーション取ったの?」
「ん? 幽霊とはキャッチボールぐらいしかしてないよ」
「「いや、それはおかしい」」
「でも、それぐらいしかしてないよ」
「ん〜。じゃあ、実際にやってもらいましょう。イレイン、庭に出てタロー君とキャッチボールしなさい」
「はい」
良く分からないけどキャッチボールすればいいんだね。
さてと、バックからグローブを2つとボールを出して庭に移動する。
「イレイン、行くよー」
「はい」
キャッチボールを始める。
パシーン、パシーン
「イレイン、前にあった時に名前は言ったと思うけど、もう一度自己紹介から始めようか」
「はい」
「僕の名前は一之瀬太郎……野球選手さ!」
「はい。固有名イレイン。エーディリヒ式・最終機体……自動人形です」
「よろしくね」
「はい」
その後もキャッチボールを続ける。
イレインは自動人形に自我を持たせる研究の成果の粋を集めた最終機体。
だが、自我が強すぎたため廃棄処分とされた。
安次郎に強制起動させられ、戦闘させられたため、自我の暴走をしてしまった。
また封印されたと思えば、氷村に強制起動させられ、データを弄られまた戦闘をさせられた。
本当は戦闘なんてしたくなかったのに……。
感情はあっても教育も経験もまるで足りていない。
まだまだ子供のようなものなんだね。
「そっか、これから色々学んで行けば良いよ。もう、戦闘なんてしなくていいんだからさ」
「色々学ぶ……?」
「そうだよ。今度は新しい生き方をすれば良いんじゃないかな」
「新しい生き方……?」
「まぁ、時間はいっぱいあるからノンビリ考えれば良いさ。分からなければいつでも相談してきなよ。もう、僕たちは友達でしょ」
「友達……?」
「そそ、キャッチボールをしたら友達さ」
「あたしは貴様と戦闘をしているんだぞ!」
「んー、そうだっけ?そんな事はどうでも良いじゃないか」
「!? ……貴様はおかしな奴だ」
「貴様じゃなくてタローだよ」
「そうか……タローか。あたしはイレインだ」
「うん、イレイン。よろしくね」
その言葉でキャッチボールを終える。
イレインの瞳にはいつの間にか光が宿っていた……。