第39話 時の庭園
僕とリニスは時の庭園に転送してきた。
視界の先はさっきまでいた地球と違い……。
ピシャ! ゴロゴロ、ピシャーン!
うん、雷鳴ってるよね。
しかも、この建物……昔読んだおとぎ話の魔女の家とか、魔王のお城にしか見えないんだけど。
これ、人が住む場所なんだ……。
「ねえ、リニス。ここが時の庭園なの?」
「はい、ここがプレシアの住む家です」
「これ、どう見ても家じゃないよね。最低でも禍々しいとか、オドロオドロしているとか形容詞が付くよね」
「も、元は綺麗な庭園だったんですよ」
うーん、綺麗な庭園をここまですごい状態にして、しかも未だに住んでいられる人……。
プレシアに対するイメージが段々酷くなってきたよ。
とりあえずリニスに誘導して貰いながら奥に入っていく。
建物の中は豪華っぽい作りだね。
中世における西洋のお城と言うのがしっくり来るんだけど、色々な場所に金属的なもので未来っぽくなってる。
チグハグな感じがするよ。
「うん、とりあえずお金がかかってる感じがする」
「そうですね。プレシアは優秀な技術者で、お金もいっぱい稼いでいましたから……」
「でも、趣味は悪そうだよね」
「え、えっと……それについてはノーコメントで」
そんな感じに話しながら先に進むと、大きな扉が現れる。
今まであった扉とは違い、重厚な雰囲気を放っている。
とりあえず、扉を開き中に入る。
中には王座っぽいところに座っている女性が1人。
紫で妙に露出が激しい服装に、紫の口紅……。
あぁ、フェイトのバリアジャケットはこの人が設計したんだろうな。
「誰?」
「久しぶりですね、プレシア」
「覚えのある魔力があると思えば、リニス……なのよね?」
この人がプレシアさんか……若く見えるけどいくつなんだろう?
最低でもフェイトの年齢の子供が居るんだよね。
フェイトは僕と同じ年齢だから、母と一緒と考えても30歳か……。
でも、アリシアって言うお姉さんがいたんだから、もっと上なんだよね。
「私とあなたの契約は終わっていて、魔力供給もなく消滅したんじゃなかったのかしら?」
「はい。あなたのせいで戻ってきてしまいましたよ」
おっと、年齢のことを考えていたら話しが進んでしまった。
ちゃんと集中しないとね。
そう思ってプレシアさんを見ると、僕と目が合ってしまう。
「あなたは? リニスと契約を結んでいるにしては、魔力が全く感じられないんだけど」
「プレシア。タローは魔導師ではないんです」
「では、あなたは誰と契約して存在しているのかしら?」
「それはタローが……」
「待ってリニス。そんな事より大事なことがあるよ」
「あら、なにかしら?」
「自己紹介がまだだよ。僕の名前は一之瀬太郎、あなたのお名前を教えて下さい」
「「…………」」
あれ、折角自己紹介したのに、なんで2人とも黙っちゃうんだろう?
この女性がプレシアさんだと分かっているけど、ちゃんと自己紹介して欲しいな。
「タロー、今はそんな場合じゃないかと」
「でも、自己紹介はコミュニケーションの基本だよ。名前も知らない相手と話していても、ちゃんと伝わらないんじゃないかな?」
「そうですけど……」
リニスは渋々といった感じで同意しながら、プレシアさんの方をチラチラと見ている。
プレシアさんも半分呆れながら口を開く。
「私の名はプレシア・テスタロッサよ」
「うん、プレシアさん。よろしくね」
「よろしくするも何もないんだけど……。なんだか可笑しな子ね」
「ええ、プレシア。タローはかなり変わってますよ……」
あれ、何で自己紹介しただけでこんな酷い言われようなんだろ?
元主従なだけあって、何だか息もピッタリだ。
「まぁ、いいわ。あなた達には色々と聞きたいことがあるわ。例えばどうやってここの座標を調べたのかとか……」
「それは……」
「他にも、突然の来訪の理由を聞かせて貰えるのでしょうね!」
リニスが答えづらそうにしていると、プレシアさんの語尾が強くなっていく。
しょうがないなー。
「ここの座標はフェイト達に聞いたんだよ。ついでにプレシアさんがこれを集めてるってのも知ってるよ」
そう言って手の上にジュエルシード4個を出し、プレシアさんに見せびらかす。
それを見ると、プレシアさんの目付きは厳しくなる。
「それを寄越しなさい!」
「それはまだ出来ないよ。ちゃんと理由を聞かせてもらってないしね」
「あなたに余計なことを話す必要はないわ。素直にそれを寄越さないなら……」
プレシアは椅子から立ち上がり、手に持つ杖を僕達に向ける。
そして放たれる殺気……。
「あなた達を倒して奪うだけよ!」
紫色をした雷がこっちに飛んでくる。
それを魔力によるシールドで防御するリニス。
轟音を立ててシールドは破壊されるが、リニスもその後ろに居る僕もダメージはない。
「あれを防ぐとは忌々しい使い魔ね。次は手加減なんてしないわ」
「タロー離れてください。次は防げるかわかりません」
そう言ってリニスは新たなシールドを作り出し、それに魔力を込める。
プレシアさんは先程よりも大きな魔力を込めて紫色の電撃を放つ!
極太の電撃がリニスをシールドごと打ち抜く……前に僕はリニスを抱きかかえてその場から移動する。
「今のは私の全力の一撃よ。さすがに防げなかったでしょ」
「うん、当たったら痛そうだったよ。でも、当たらなければどうと言う事はないね」
「!?」
プレシアさんは僕の声のする方を向く。
当然無傷の僕と、アンバランスに僕にお姫様抱っこされているリニスと目が合う。
「あなた……何者なの?」
「僕は……野球選手さ」
「「いや、それはおかしい」」
やっぱりこの2人は仲が良いんじゃないかな?
プレシアさんは肩を震わせて怒っている。
ちゃんと答えたのに酷いなー。
「訳の分からない回避をするなら、避けなれない魔法を喰らいなさい!」
プレシアさんは数歩後ろに下がり、壁に背を付けて杖を構える。
「フォトンランサー・ジェノサイドシフト!」
フェイトの使ったフォトンランサー・ファランクスシフトに似た魔法だけど、あれは一箇所に向かって飛んでくる集中射撃型。
プレシアさんが唱えたフォトンランサー・ジェノサイドシフトは部屋全体に弾幕を張る様に撃って来たから、拡散広域型とでも言うのかな?
「タロー!?」
悲鳴を上げるリニスを床に優しく降ろし、グローブを左手にはめる。
フェイトの魔法は一箇所に来ちゃうからグローブで取るには物足りないけど、これはまさに魔力弾による壁だ。
楽しい心躍る千本ノックだね。
「ここは僕の守備圏内だ」
1つ1つ魔力弾をグローブでキャッチしていく。
けして1つも逃すことはない。
「何物も取りこぼさないし、何物でも受け止めてみせるよ」
たった数秒間だったが、すべての魔力弾をキャッチし終える。
さすがに汗をかいたよ。
とりあえずキャッチした魔力弾を1つに纏め、それをクルクルと指先で回しながらプレシアさんを見る。
「え……あ、あなたは本当になんなの!」
絶望に染まった顔で僕を見る。
そして杖を手から離し、地面に落としてしまうプレシアさん。
カラーンと部屋に音が響く。
「タロー……プレシア……」
その様子を心配そうに見るリニス。
僕は手に持った魔力弾を上に向かって放り投げる。
天井に1つの穴が空き、上空へ飛んでいく。
魔力弾が消えたのを確認し、2人を見ながらもう一度言う。
「僕の名前は一之瀬太郎……野球選手さ」
僕のその言葉を聞き、プレシアさんは床に座り込んでしまう。
リニスは慌ててプレシアさんの側に駆け寄る。
「もう……本当に何なのかしらね……」
「プレシア、あなた身体がまだ……。医者の診察は受けなかったのですか!?」
「そんな事、どうでも良いのよ」
「そんな事って……あなたの身体のことでしょ!」
声を荒げるリニスに対して、プレシアさんは興味なさそうにしている。
「そんな事なのよ。余計なことに気を回す暇なんて無いわ。今の私にはジュエルシードを全て集めて……」
「そしてアルハザードに渡りアリシアを蘇らせる?」
プレシアさんの言葉をリニスが続ける。
自分の言葉を言われたプレシアさんは目を大きく見開き、リニスの顔を見る。
「知っていた訳ではなさそうね。ジュエルシードから目的を推察したのかしら?」
見開かれた眼はすぐに細められ、リニスなら気がついても不思議ではないと言ってみせる。
元々一緒にいて、優秀な使い魔だったリニスに対する信頼なのかな?
「アルハザードは御伽噺と、あなたはそう言うのかしら?」
「いえ、プレシアなら存在を確信して目指しているのでしょう。ですが、その方法はあまりに危険で確率が低い……」
「もう私は止まれないのよ。アルハザードを目指すにはジュエルシードに縋るしかないのよ」
「プレシア、あなたはもう……」
「そうよ。私にはもう時間がない……」
そう言うとプレシアは大量の吐血をする。
手で口を抑えるが、口の中に血が溜まり咳き込み始め、余計に激しく吐血する。
「プレシア!? どうして……しっかりしてください!」
プレシアはゆっくりと倒れていく。
リニスはそれを支えるが、プレシアの目の焦点は合わなくなって行き……。
「アリシア……フェ……イ……ト……」
大量の吐血とともに漏れた小さな呟きが聞こえた。