第40話 治療
時の庭園でのプレシアさんとの出会い。
明かされるジュエルシードを集める目的。
そして、プレシアさんが大量の吐血とともに倒れる。
その時に漏れた小さな呟きは……。
「アリシア……フェ……イ……ト……」
僕はプレシアに近付き、バイタルを確認する。
意識を失っただけ……だけど、生命力は弱々しい。
「リニス、どこかちゃんと休ませられる場所を教えて」
プレシアを抱き上げ、リニスに聞く。
リニスは慌てながらも寝室に誘導してくれる。
ベットに寝かせ、リニスは回復魔法を唱えようとするが、それを止める。
「タロー!? なんで止めるんですか?」
「リニスには唱えてほしい魔法があるんだ」
「そんな事よりも治療が先です!」
「いや、治療は僕に任せて。リニスにはフェイト達にかけた熟睡できる魔法をお願い」
「ですが!」
「リニス……僕を信じて」
リニスは僕の方を向き、目を合わせる。
数秒なのか1分を超えたのか、僕の目を見つめるリニス。
そしてため息をつく。
「……分かりました。プレシアをお願いしますよ」
「あぁ、僕にはこれがあるからね」
僕の持ってきたカバンの中からあるものを取り出す。
そして、そっとプレシアさんの口に流しこむ。
コクリコクリとそれを飲み込んでいくプレシアさん。
全て飲み終えると、先ほどまで荒かった呼吸は元の状態に治まり、弱々しかった生命力も落ち着く。
リニスの魔法も発動し、プレシアさんの寝顔は安らかだ。
「さて、後はどれぐらいで起きるかわからないけど、待つしか無いよね」
「そうですね、それにしても何を飲ませたんですか?」
「それは秘密さ。プレシアさんが目を覚ましたら教えるよ」
「……分かりました」
何だか納得いってなさそうだけど、今はそれどころじゃないからね。
とりあえず寝ているプレシアさんの頭を撫で始める。
「僕のこの撫でる効果についてリニスはよく分かっていると思うけど、プレシアさんが起きるまで僕はこうしておくね。だから、代わりに自宅に帰って両親にここにいることを伝えて欲しいんだ」
「はぁ……」
「そして、フェイト達が目を覚まして誰もいなくて寂しくないように、一緒にいてあげて貰えるかな?」
「それで、あとで一緒にこっちに来いと言うことですか?」
「そうだね。フェイト達と来るまで僕はこうやってるね」
リニスは呆れた顔をして、何度目か分からないため息をつく。
「もう、タローには何を言っても無駄なのは分かってますので、ちゃんと言われた通りにして来ますよ」
「ありがとうね」
「それでは後ほど」
「うん」
そう言ってリニスは転移魔法を唱えて消える。
自分で言っておいてなんだけど、僕はどれぐらいの時間こうやっていれば良いのかな?
もう、何時間か分からないぐらい撫でている。
そろそろ夜明けかな?
どうもこの時の庭園は日が差し込まないから時間が分からないね。
お、プレシアさんが起きそうな気配。
「あなたの妹と……皆で、幸せになりましょう……」
そう言葉に出し、涙を流しながら目を覚ます。
そして辺りを見渡し、僕と目が合う。
「いい夢、見れましたか?」
「えぇ……あの頃の夢を見たわ」
「どんな夢なんですか?」
「アリシアと幸せな日々を過ごした夢。アリシアに誕生日プレゼントに欲しい物を聞いたのよ……。そうしたらなんて答えたと思う?」
「何でしょうね」
「あの子ったら妹が欲しいって言ったのよ。妹が居たらお留守番も寂しくないし、私のお手伝いもいっぱい出来るって……」
「いい子だったんですね」
「えぇ……。本当に優しくいい子だったわ。そんなあの子を私は失ってしまったの」
「聞かせてもらえますか?」
「えぇ。事故があったの……」
アレクトロ社と言うエネルギー技術開発会社に、魔導技術研究院卒のプレシアさんは務めていた。
魔導師ランクが条件付きSSであったプレシアさんは、新型の大型魔力駆動炉開発の設計主任に20代の若さで任命された。
しかし、問題の多い前任者からの引き継ぎ、上層部の勝手な都合で忙しくなるスケジュール……。
上層部が自分達の都合で出した決定の末に、今から7年前のある日、駆動炉の暴走しエネルギー漏れが起こってしまう
プレシア達は完全遮断結界で無事だったが、結界の外にいたもうすぐ5歳の誕生日を迎えるアリシアと、山猫のリニスは死んでしまった。
最愛の家族を喪った上に、開発の設計主任にとして全責任を負わされ、ミッドチルダを追放された。
アリシアを亡くしたことで大量の賠償金を手にしたが、そんな事は意味が無い。
「あの時から私は狂ってしまったのね……。プロジェクトF.A.T.E……とある人物が提唱したその研究を私は受け継ぎ、発展させ完成させたの」
「そのF.A.T.Eって……」
「そうよ、フェイトのことよ。私はアリシアを蘇らせるつもりだったの……」
しかし、外見と記憶は一緒だったが、性格はまるで正反対。
天真爛漫だったアリシアに比べ、フェイトは大人しく控えめな性格。
アリシアは左利きだったが、フェイトは右利き。
アリシアは魔力量はランクEだったが、フェイトは幼い頃から才能にあふれていた。
愛する娘だと思っていた存在は、別の人物だった……。
それに気が付いた時、アリシアを喪った絶望を再び味わった。
その後は自分から遠ざけてリニスに全てを任せ、自分はアリシアを蘇らせる研究に没頭した。
「アリシアと同じ顔なのに、別人の少女と接するのが怖かった……」
そしてプレシアさんは俯いてしまった。
でも、狂ってしまった心から、随分と解放されたようだね。
しばらく沈黙が続いた後、プレシアさんはハッとして、起き上がる。
「私……いつからあなたに頭を撫でられていたの!?」
「えっと、意識を失ってから、今起き上がるまでですかね」
「な、何なのあなたは!?」
「ですから、普通の野球選手ですよ」
「それの意味がわからないわ!?何ですんなり人の心の隙間に入れるのよ?」
「それは良く分かりませんけど……。とりあえず体の調子はいかがですか?」
プレシアさんは僕の言葉に対し首を傾げ考えこむが、自分の体を触ったりして慌てて僕に詰め寄る。
「あなた何をしたの!」
「あなたではなくタローですよプレシアさん。その調子ですと、お体は大丈夫なようですね」
「どうして……。あなた……タローは私に何をしたの?」
信じられないと言うように、発した言葉も身体同様震えている。
「私の体は手遅れ……。どの次元世界でも治せないはずなのに!」
「んーっと、大した事はしていないんですけど、これを飲ませただけですよ」
そう言って僕はプレシアさんに飲ませた瓶を見せる。
ラベルに書かれた薬草の数々。
黄金色に輝くキャップ。
刻まれた「sato」の文字。
そして大きく書かれた、このビンの商品名……。
「これは……?」
「そう、ユンケル黄帝液ですよ」
プレシアさんは訳がわからない様子だ。
僕から瓶をひったくり、端から端まで見ている。
「my condition my YUNKER」
「エリクサーやソーマと言われたほうが、まだ納得できるんだけど……」
「とりあえず元気になって良かった。あとで心配ならご自身で検査するなり、医師の診断を受けることをオススメしますよ」
「え、えぇ……そうするわ」
腑に落ちない表情だけど、自分の体のことは自分が良く分かってるのだろう。
それでも信じられない表情でいるのはどうしてだろうね。
「プレシアさん、ちょっと良いですか?」
「え、あぁ、うん。はい、なにかしら?」
「プレシアさんの体の調子を整えた見返りと言う訳ではないんですけど……」
「えぇ、なんでも言って頂戴。さすがにこんな奇跡を目の当たりにしてしまうと、頭の回転が付いて行かないわ」
「それでは遠慮無く。僕と……キャッチボールをしましょう」
「は!?」
その後、訳が分からないといった表情をしているプレシアさんを連れて王座の間に移動する。
呆気にとられているところだけど、グローブを渡して付け方を教え、キャッチボールのやり方を教える。
プレシアさんは僕が教える度に反射的に「はい」と答えてくれているので、とりあえずは問題なさそうだ。
そして王座の間にて、親子ほど年の離れた2人がキャッチボールを始める。
パシーン、パシーン
何とか形になる物だね。
プレシアさんは最初動揺していたけど、キャッチボールを始めてしばらく立つと落ち着いてきた。
そして、憑き物が落ちた様に笑顔となって行く。
やはり精神安定にもキャッチボールだね。
そして、僕にはプレシアさんのことを全て理解できてしまった。
悲しくて辛く、狂うしか方法がなかった事に……。
キャッチボールをしながら僕はプレシアさんに話しかける。
「元々はプロジェクトの名前だったのかもしれないけど、あなたがあの子にフェイトと名付けたんだ。母が娘に対して名前をつけるようにね」
「…………」
「フェイトはプレシアさんのことを慕い、信じて依存しているんですよ。娘が母に対して思うように」
「あの子は……アリシアの顔をしただけの模造品なのよ。私のアリシアじゃない!」
「そうですよ。フェイトはアリシアの代わりになんてなれない。でも、フェイトは紛れもなくプレシアさんの娘なんですよ」
「あれは失敗作のお人形……ただの出来損ないなのよ」
「人形だと思うなら処分すれば良かったんじゃないですか?好きの反対は嫌いじゃなくて無関心なんですよ。プレシアさんはフェイトを嫌って憎んでいる。それはフェイトを個人としてしっかり見ているからです」
プレシアさんは俯き、小さな声で「違う、違う」としか言えなくなってしまっている。
「フェイトを娘だと思ったら、愛情を注いでしまったら、死んでしまったアリシアを忘れてしまいそうだったから……。だから必死に嫌いになろうとしているんですよ」
「違う……違う……」
「あなたが吐血して倒れた時に、無意識かもしれませんが、名前を呼んでいたんですよ」
「名前……?」
「はい。プレシアさんは子供の名前を呼んだんですよ」
「死ぬと思ったあの時に自分の大切な娘の名前を呼ぶなんて……そんなの当たり前じゃない!」
「そうですね。でも呼んだ名前は2人でした。アリシアと……フェイトですよ」
「え……」
「だから、プレシアさんは大切な娘の名前。つまりアリシアだけでなくフェイトも大切な娘だと思っているということですよ……」