第41話 アリシア
「だから、プレシアさんは大切な娘の名前。つまりアリシアだけでなくフェイトも大切な娘だと思っているということですよ……」
その言葉にプレシアさんはボールを持ったまま動けなくなる。
このキャッチボールはこれで終わりかな?
「すいません生意気なことを言ってしまって。でも、少しだけ素直になってみたらどうですか?」
プレシアさんは俯いている。
「そしてアリシアとフェイト、2人と向い合ってください」
「でも、もうアリシアは……」
その言葉にどうしても違和感を感じるんだよね。
時の庭園には気配がもう1つあるんだ。
しかもこれって……。
ちょっとプレシアさんに聞いてみよう。
「あの、アリシアのお墓はここ、時の庭園にあるんですか?」
「アリシアのお墓はないわ。だって……。いえ、タローには見て貰った方が良いわね」
そう言い、王座の奥にある壁面を触りながら、プレシアさんは魔力を通す。
そうすると壁が開き、隠し部屋が現れる。
「隠し扉に、隠し部屋?」
「えぇ、着いてらっしゃい」
プレシアさんはそのまま部屋に入って行くので、僕も後を追う。
隠し部屋の中は薄暗く、部屋の真中に円柱状の容器があるのは分かるが、中が何だかは良く分からない。
近付いて見てみると、容器には液体が満たされていて、その中に1人の少女が浮かんでいる。
一糸まとわぬ姿の少女は、とてもフェイトに似ていた。
「この子は……アリシア?」
「そうよ、この子はアリシア・テスタロッサ。……私の実の娘」
なるほどね。
だからここに居るんだな。
そっちに向かって呼びかける。
「プレシアさんは見えないし聞こえないけど、僕には見えるし聞こえるから話をしてもらえるかな?」
「タロー? 何を言っているの」
プレシアさんは僕の方を不思議そうな顔で見ている。
それは置いておき、いる方向を見る。
「あ、ごめんね。自己紹介がまだだった。僕の名前は一之瀬太郎。自己紹介をしてくれるかなアリシア」
「アリ……シア?」
(私が見えるのお兄ちゃん?)
「あぁ、見えるし聞こえるよ。でも、プレシアさんは見えないし聞こえないんだよな……。そっか、この手があった」
ポケットからジュエルシードを1つ出し、アリシアの霊体に願いを込めて渡す。
アリサ・ローウェルは見えて触れる様になっていたんだ。
それならこれで行けるはず!
ジュエルシードを受け取ったアリシア霊体は急に光り出した。
そして、宙に浮いている姿を見せる。
プレシアさんはそれを見て座り込んでしまう。
「あぁ、アリシア……。あなた……」
「うん、アリシアだよママ。やっとママが見てくれた。やっとママに声が届いた」
「上手く行って良かった良かった」
その言葉に僕の方を向くアリシア。
「あ、お兄ちゃん。そだ、私はアリシア・テスタロッサです」
「よろしくね、アリシア」
「うん。それにしても私をこんな風にするなんて凄いね」
「あぁ、一度地縛霊の子がジュエルシードで実体霊になったことがあってね。その応用だよ」
「へー、その子はどうなったの?」
「うん、僕と友だちになってキャッチボールとかしたんだ。その後、心残りをなくして成仏したよ」
「そうなんだ〜。お兄ちゃん、私とも友達になってくれる?」
「当然だよ、幽霊だろうがデバイスだろうが、僕は差別なんてしないからね」
僕のその言葉が嬉しいのか、アリシアは僕に抱きついてくる。
抱きつくと言うよりは頭付近に纏わりつくというのが正しいかな。
まぁ、いいか。
それよりも、腰を抜かして唖然としているプレシアさんをどうにかしないとね。
隠し部屋に居てもしかたがないので、プレシアさんを抱き上げて先程の寝室に戻る。
プレシアさんは放心状態で、僕の成すがままだ。
アリシアも僕にしがみついているので非常に動きにくい。
なんとか寝室に到着して、プレシアさんをベッドに座らせる。
「ママ、平気?」
その言葉にプレシアさんはアリシアに抱きつき、泣きだしてしまった。
まぁ、それは良いんだけど、僕ごと抱きつくのは止めて欲しいんですけど……。
泣きつかれたのか、しばらくして落ち着いたプレシアさんを、アリシアごと僕から離す。
3人で向かい合い話し始める。
「一応断っておくけど、アリシアは生き返ったわけではなく幽霊だからね。ジュエルシードの力で実体化しているだけだから」
「え、えぇ……。何でタローがそんな事を出来るのとかは置いておいて、何となく分かったわ」
「それなら私は未練が無くなったら、成仏できるんだよね」
「え!?」
「そうなるね。さて、未練が分かるなら話してもらえるかな?」
アリシアの言葉に驚くプレシアさん。
幽霊は成仏しないと悪霊になっちゃうんだから、ちゃんと未練を取り除いて成仏させてあげなきゃ駄目だよね。
「ママに言いたいことがいっぱいあるの」
「えぇ……」
そしてアリシアからプレシアさんが攻められる口調で言われる。
あぁ、こりゃ怒ってるな。
「私、ずっと見ていたんだよ。ママが体を壊しているのに治療しない。違法研究に手を染めた!」
「それは……」
「フェイトを作っても、私と別人だからって自分から遠ざけて……。それなのにフェイトを利用して、ジュエルシードを集めさせてるの知ってるんだよ」
「それは、あなたを生き返らせるために……」
「ジュエルシードでアルハザードに行くって……それは次元断層を起こすってことだよね。それでどれだけの犠牲があるの!」
「でも、あなたのためなら全てを犠牲にしてでも……」
「そんなことをして生き返れても、私が喜ぶと思ったの?生き返ってもママは病気だよ。ママが死んじゃってから、私はずっと1人ぼっちになるんだよ」
「病気ならもう治ったわ。だから……」
「それ、お兄ちゃんが治したからでしょ。そしてママがやった悪いこと、全部どうするの?」
「…………」
プレシアさんは俯いて泣きだしてしまった。
ずっと、心のどこかで分かっていたんだろうね。
でも、止まれなかった……。
「あのさ……アリシアはプレシアさんのことが好きなんだよ。アリシアの記憶を受け継いでいるフェイトは、どんなことをされてもプレシアさんのことを好きなんだよ。昔はいい母親だったんでしょ。それを何で自分から手放しちゃうんだ?」
「昔のママは大好きだけど、フェイトを……私の妹を虐めるママは大っ嫌い!」
「あぁ……アリシア……フェイト……ごめんなさい……」
プレシアさんは泣いていた。
そして、落ち着いたのか、震える声で言う。
「タローのお陰で、大事なことに気がついた……だけど……。
今更だわ……本当に……いつも私は、気が付くのが遅すぎるのよ……」
「気付いたなら遅くないよ。プレシアさんとフェイトには、これからがあるんだから。偶然病気も治ってるんだからさ」
「タロー……」
「ほら、偶然フェイト達もここに来るし」
僕の言葉に合わせて部屋の扉が開く。
そこにはリニスに連れられて来たフェイトとアルフがいる。
「母さん……?」
フェイトは何も分かってはいないが、涙しているプレシアさんを見て駆け寄ってくる。
近寄ってきたフェイトに向かって、何も出来ないプレシアさん。
それを後ろからアリシアと一緒に押す。
ベッドに座っていたのを押し出されたのでバランスを崩し、立っていられなくなりフェイトの前で膝立ちになる。
「母さん……泣いてるんですか?何か辛いことがあったんですか?」
その言葉にプレシアさんは首を左右に振り、フェイトを抱きしめる。
「ううん、大丈夫よフェイト。辛いことは終わったの。悲しいことはあったけど、それで前を向けたの……」
「か、母さん!?」
急に抱きしめられたフェイトは訳がわからずオロオロしている。
プレシアさんは優しい声でフェイトに話しかける。
「あなたはアリシアの妹で、私の娘なの。それが今はっきりと分かったのよ……。だから、今は抱きしめさせて頂戴」
「母さんっ!!」
今までそんな言葉を言って貰ったことはないんだろう。
フェイトは戸惑いながらも、嬉しそうにプレシアさんを抱きしめる。
ふと、アリシアの気配が薄くなっている。
そっちを見ると僕と目が合い、ニッコリと笑う。
「ママ。妹が欲しいって、約束を守ってくれてありがとう」
「アリシア?」
「フェイト、やっと会えたね。私がフェイトのお姉ちゃんよ」
「姉さん……?」
「お兄ちゃん……ううん。タロー、本当にありがとう。これはお礼よ」
そう言って僕の方に飛んで来て、頬にキスをする。
「私のファーストキス。これぐらいしか無いけど、大切に貰っておいてね」
「ああ、ありがとうね」
「もぅ、そっけないなー。でも、仕方がないかな〜」
段々と薄くなって行くアリシア。
「ちゃんとみんなで仲良くするんだよ。もう、私の役目はオシマイ。これでゆっくり眠れるね」
僕が視点を合わせても、薄っすらとしか見えなくなって来た。
「リニス、アルフ。2人をよろしくね」
「はい、任されました」
「あ、あぁ。良く分からないけど、了解したよ」
その答えにアリシアは満足そうに頷く。
「私の分までいっぱい幸せになってね。バイバイ……大好きだよ……」
その言葉を最後にアリシアは光となって消えていく。
「アリシアーーーーーー!!!!!!」
プレシアさんの叫び声が時の庭園に響き渡る。
アリシアがいた場所にジュエルシードが落ちている。
アリシアは消えてしまったけど、最後は微笑んでいてた。
僕はアリシアの想いを叶えてあげる事は出来たんだろうか?
あのままにしていれば、ずっと存在できたのかもしれないのに、僕は余計なことをしたのかも知れないな……。