第54話 電話
ジョギング中に自称薄幸の美少女、八神はやてと出会った。
なかなか鋭いツッコミを持っており、クロノやユーノに匹敵する逸材だ。
僕に車椅子を家まで押させつつ、買い物まで付き合わせるということまでやられた。
「それじゃ、僕は帰るね」
「わざわざ、ごめんな」
「いや、今更そんな事言っても説得力無いよ」
「いややわ〜、社交辞令っちゅうやつやで。それに、こんな美少女にお礼を言われれば、悪い気ぃしないやろ」
「そうだね。でも、自分から言うものじゃないよね」
そう言って2人で笑う。
おっと、結構いい時間になっちゃったな。
「それじゃ、また日曜日に」
「うん。ほな、またね」
「またね〜」
そう言ってはやてと別れた。
別れる時に、少し寂しそうな顔をしていたな……。
1人で暮らすって大変そうだけど、何とか出来ないかな?
そうだ、さくらさんに電話しよう!
tell...tell...
「はい、もしもし。綺堂さくらです」
「あ、さくらさんですか? お久しぶりです、タローです」
「あ、タロー君? 久し振りって一週間ぐらいしか経ってないわよ」
「そう言えばそうですね。毎日色々あって、前にあったのが随分昔に感じられて……」
そして近況報告をした。
ジュエルシードも全部集まり、色々あったが落ち着いたと。
当然時空管理局のこととかも話したよ。
残すは事後処理だけなので、僕にやれることはなさそうと言うぐらいかな。
「今日は報告だけなのかしら?」
「いえ、これからが本題なんですけど、イレインのメイド修行って終わってます?」
「え、えぇ。情報はダウンロードしちゃったし、口調だって上手く誤魔化せてるわよ」
あぁ、口調は誤魔化してるんだ。
それにしてもダウンロードで修行が終わるって良いよね。
「あの、イレインをメイドとして出向させてもらえませんか?」
「え? 別に良いけど、タロー君がそんな事を言うなら何か理由があるんでしょ」
「はい。実はですね……」
今日知り合った八神はやてのことを話す。
足が原因不明の障害で動かないこと。
そしてそのため小学校を休学していること。
さらに両親を幼い頃に亡くしており、ずっと一人で暮らしをしていること。
「そう言う訳で、万能メイドがいれば生活も楽になるだろうし、補助すれば学校も通えるかなーって」
僕の言葉にさくらさんは少し考えている様だ。
「タロー君……その子にはイレインの話をしてあるの?」
「いえ、全く。でも、次の野球の試合でホームランを打てば、言うことを1個聞いてくれるそうなので、それでイレインを受け取らせようと……」
「それって、タロー君に全く得がないわよね」
「え? その子が学校に来れば楽しくなるかもしれないじゃないですか。しかも関西弁で中々のツッコミの持ち主ですよ!」
その言葉にさくらさんは深い溜息を吐く。
何だか変なこと言ったかな?
「まぁ、タロー君にはお世話になったから、イレインに話してみるわね。それで本人が良ければ、明日にでもタロー君の家に行かせるわ」
「ありがとうございます」
「イイのよ。あれからイレインは人間ぽくなったし、遊なんて野球のルールブックを読んだり、テレビで野球観戦したり、素振りも始めたんだから」
「遊って、氷村遊のことですか?」
「えぇ、そうよ。なんだか夜の一族とか純血とかどうでも良くなったみたいなの。そのうちプロ野球選手になるとか言い出しそうなのよ」
さくらさんは電話越しに笑ってる。
「それは面白そうですね」
「えぇ、そうなったら面白いわね」
その後は少し雑談をして電話を切った。
イレインが了承してくれると良いな〜。
それにしても氷村がプロ野球選手か。
夜の一族の運動能力なら面白いことになりそうだ。
中断していたジョギングを再開し、帰宅した。
家に入ると、そこには腕を組んで仁王立ちして明らかに不機嫌そうにしているアリサと、正座をして微笑んでいるが背後から黒いオーラが立ち上がっているすずかが待ち構えていた。
あれ、いつから僕の家ってこんな禍々しい感じになったんだっけ……?
「おそーい! いつまでジョギングしているのよ!」
「そうだよタロー君。ジョギングに行くなら、遅刻してでも学校には来ようね」
言葉の内容は普通なんだけど、声のトーンが怒ってるよ。
「あ、あぁ。学校に行かなかったのは悪かったけど、日曜日に野球の試合が入ったから、嬉しくてジョギングに行っちゃったんだ」
「「そうなの?」」
「うん。放課後になれば、ゆっくり2人とも会えるから、放課後にジョギングするよりも良いかなーって」
「そ、それなら良いのよ」
「授業に来れるのに来ないのは良くないと思うけど、放課後の私達と会う方を優先してくれたのは嬉しいかな」
何だか許して貰えた様だ。
「2人と会うのを優先するのは当たり前じゃないか! でも、野球のトレーニングは妥協出来ないからさ……。ごめんね」
本当に申し訳ないな。
その後、ここ数日に起きたこと。
ジュエルシード事件の詳細や、テスタロッサ家のことを話す。
フェイトについては2人とも興味津々だ。
「フェイトちゃんか……。私達も友達になれると良いね」
「大丈夫でしょ。タローやなのはと友達なら、既にあたし達と友達みたいなものよ」
「そうだね。あ、そういえばさっきジョギングの途中で関西芸人……じゃなかった、関西弁の女の子と友達になったよ」
「「詳しく話しなさい!」」
なんだか今日は2人とも迫力があるなー。
久し振りに会ったから、テンションが高いね。
とりあえず八神はやてについて話す。
ついでに日曜日の野球の試合でホームランの賭けをしていること。
後はさくらさんにイレインをメイドとして借りれるようお願いしていること。
「そうなんだ〜。じゃあ、日曜日に私達も会えるね」
「全く、タローらしいわ。学校の方はパパにお願いして、介助者付きで通学できるよう言ってもらうわ」
「さすがアリサ。頼りになるね」
「べ、別にパパにお願いするだけだから、大したことないわよ。はやても私達の新しい友達になるんでしょ。友達のためならあたしが出来ることをするだけよ」
「それなら、イレインさんの方は私からもお願いしてみるね」
「すずかもありがとう。2人とも優しいな〜」
僕の言葉に照れる2人。
でも、これを達成するには僕が試合に出て、ホームランを打たないといけないんだよね。
ちゃんと素振りしておかないとな。
そして、休んでいた分のノートを貸してもらったり、その間の学校での出来事を教えて貰ったりと、雑談をする。
あっと言う間に夕飯の時間になってしまった。
そうすると、部屋のドアをノックする音がして、リニスが入ってくる。
「タロー。お母様から、2人の分の夕飯も支度していますので、ご一緒にいかがですかと」
「「タロー(君)、この人誰?」」
あれ、今日はなんだか2人とも息がピッタリに質問してくるな。
僕が学校に行ってないうちに何かあったのか?
「あ、自己紹介が遅れました。私はリニスと申します」
「あ、あたしはアリサ・バニングスです」
「月村すずかです」
「それでは夕飯はまもなく出来上がりますから、リビングの方へいらしてくださいね」
そう言ってリニスは部屋から出て行く。
そうすると2人は説明してね! と言う目でこっちを見てくる。
アリサには説明してあるんだけどな……。
無言の圧力が怖いので、2人にリニスのことを話した。
ずっと猫形態でいたので、人型で一緒に住むようになってまだ数日しか過ぎてないことも伝えたよ。
納得してくれたのか分からないけど、リビングへ移動してみんなで仲良く夕飯を食べて解散した。
本当に納得してくれていれば良いんだけど……。
夜に知らない番号から携帯電話に連絡がある。
あまり気にせず取ると、クロノからの電話だった。
「タローの電話で間違いないか?」
「うん、そうだよ。それで何かあったのかい?」
「実は、アースラは明日早朝にミッドに帰ることとなった。プレシアは地球に残るが、フェイトとアルフは嘱託魔導師試験を受けに管理局まで行かないといけないから、少しの間お別れになってしまうんだ」
「そっか……。でも、地球の戸籍のためには仕方がないんだろ」
「あぁ、こればかりは管理局の法で決まっているからね。それで、明日の早朝に一旦地球に寄るから、その時にフェイトとアルフと話をすると良い」
わざわざそのために連絡してきてくれたのか。
クロノもマメだね。
「場所は海鳴臨海公園。なのはたちには連絡してあるから、忘れずに来て欲しい。僕もタローと別れの挨拶ぐらいはしたいしな」
「僕もさ。クロノには迷惑もかけたから謝罪をしておかないとね」
その言葉にクロノの笑い声が聞こえる。
「迷惑なことなんてないさ。とりあえず伝えたからな」
「うん、また明日」
「あぁ、お休み。こっちはこれから書類仕事だから寝れないけど、タローは寝過ごすなよ」
「無理するなよ」
「ありがとう。それじゃ」
そして電話が切れる。
明日は遅刻できないな。
両親に話しだけしておかなきゃ。