第6話 関西芸人
久し振りの野球の試合。
代打で1打席しか立てなかったけど、はやてとの約束通りにホームランを打てた。
なんとか満足な結果が出せてよかったよ。
アリサ達と別れたので、土手の上に登り、はやての元へ行く。
「やっほー、はやてー。応援しててくれたかい?」
「あ、た、タロー? ほ、ホームラン凄かったな〜」
はやてはずっとボーっとしていたようで、僕が声をかけると我に返った。
そして慌てて手に持っているボールを僕に返そうとする。
「いや、それはホームランボールだから貰ってもイイよ。ちゃんと監督の許可はもらってきたから」
「そ、そうなん? うれしいわ〜」
そう言ってボールを見るはやて。
「ちょ、これなんなん!?」
「ん? 何がどうしたの」
僕の目の前にボールを付き出してくる。
そこにはタローと書かれていた。
「あぁ、よくホームランボールってサインするからさ。打つついでにそうやっておいた」
「なんでやねん!」
ビシ! って音が聞こえるような腕の動きで僕にツッコミを入れてくる。
さすがは関西人……。
「普通、こう言うもんは、後でサインするもんやろ!」
「いや、手間が省けるからいいでしょ」
「手間が省ける以前の問題や! なんやねんこれは!」
「ん? ホームランボール」
「そーゆー事を言っとるんやない! なんで既にサインしてあるっちゅーてるんや!」
「あはははは。はやては元気だな〜」
「そう言う事やなーーーい!!!」
河川敷にはやてのツッコミが響き渡る。
さすがは関西芸人、今までにないタイプだ。
「だ〜か〜ら、訳わからんゆーてるやろ!」
「まーまー、関西芸人(はやて)は落ち着いて」
「今、関西芸人に“はやて”ってルビ振って読んだやろ!」
何故バレた……。
まぁ、いいや。
「それは置いておいて、ホームラン打った僕の言うことを何でも1個、はやては聞いてくれるのかな?」
「うっ……それは……」
「それは何かなー?」
「え、ええよ! 私は約束ぐらい守れるんよ!」
勢いで返事をしてくれたはやて。
うん、なんでもって言葉は約束に入ってなかったんだけどね〜。
「そ、それで何が望みや! 私の体か!?」
「それはない」
「うぅ、こんな美少女に対してその仕打ちはあんまりや……」
ガックリと俯くはやて。
きっと車椅子がなければ、土下座のような格好になってるんだろうな〜。
「美少女というところは認めてあげるから、元気だしなさい」
「うぅ……安西先生……」
「いや、それは違う」
はやてはコロコロ表情を変えて話しをしてくる。
しかも僕にツッコミを入れさせる側になるとは……。
「話が中々進まないな。まさか、これで誤魔化して有耶無耶にするつもりか!?」
「ちぃ、バレたんならしかたあらへんな。そろそろ聞こうか」
「最初から素直に聞きなさい。お金とか何もかからないから、1人雇って欲しいんだ」
「はい?」
僕の言葉を全く理解できてないようで、首を傾げるはやて。
まぁ、普通は無理だね。
「なんでも聞くって言ったんだから頼むよ」
「まぁ、ええけど……。ちゃんと説明してくれるんやろね」
「うん、詳しくははやての家に着いてからにしようか」
僕はそう言い、車椅子を押してはやての家に向かう。
ついでに自宅に電話する。
「ごめん。ちょっと電話するね」
「ええよ」
tell…tell…
「はい、もしもし。一之瀬ですが」
電話から聞こえるのはリニスの声だ。
「もしもし、タローです。リニス、そっちにイレイン着いた?」
「あ、タローですか? イレインなら先ほど到着して、ここにいますけど……」
「じゃあ、電話変わってもらっていいですか?」
「はい。……イレイーン、タローから電話変わってだって〜」
電話の向こう側でガタゴトがさごそ聞こえる。
「も、もしもし? ご、ご主人様、イレインです」
「イレインこんにちは。わざわざ来てくれてありがとうね」
「いえいえ、ご主人様のお願いでしたら、たとえ火の中、水の中……。耐熱加工も、防水加工もバッチリです」
「いや……それは意味が違うような……。まぁ、いいか。予定通りイレインのメイド先が決定したから、今から住所言うけど来れるかい?」
「はい、すぐに向かわせて頂きます」
はやての自宅の住所を伝え、ついでにはやてのアドレスも教える。
イレインも携帯電話を持っているようなので、僕ともアドレス交換をしたよ。
「それじゃ、お願いね」
「はい、お任せ下さい」
そして電話が切れる。
はやての方を向くと、ジーっとはやてが僕の顔を見ていた。
「な、なに?」
「いや、今の電話先が私の雇う人なんやろうけど……。メイド先とか聞こえたんは気のせいか?」
「んにゃ、その通りだよ。24時間泊まりこみサポートの万能メイドさん。しかも学校にも行けるよう、学校でメイドさんが生活補助をする許可も取ってあるのさ〜」
「はい!?」
はやてはかなり驚いて僕の顔を見る。
そんなに驚くことかな〜?
「メイドさんの名前はイレインだよ。これではやてが学校に来るのも問題ないよ〜」
「え、えっ、えーーー!!!」
はやての脳内処理が終わって理解したのか、大きな声で驚いてる。
うーん、車椅子を押していたから耳が塞げなかったじゃないか。
「ちょ、た、タロー! 一体アンタは何なんや!?」
「僕は……野球選手さ」
「それは関係あらへーん! 野球選手だからってメイドとか、学校の許可とか出来るわけ無いやろ!!」
「はやては元気だな〜」
「元気なのも関係あらへん! むしろ大きな声を出させてるのはタローのせいや!」
そして、ぜーはーと呼吸を整えている。
「ん〜っと、イレインってメイドさんは僕の知り合い。そして学校での生活補助にイレインを使えるようにお願いしてくれたのは、アリサっていう僕の友達。正確にはアリサの父親が学校に言ってくれたみたいだけどね」
「全部タローの関係者なんか……」
「そうだよ、みんな友達さ。そして、そんな事をする相手、はやても友達だよ」
「うっ……」
僕の言葉に顔を真っ赤にして、人差し指と人差し指をツンツン合わせて俯いてしまった。
「私はタローの友達なん?」
「そうだよ。もしかして、嫌だった?」
「そんな事あらへん。でも、会ったのは2回目やし、全然お互いのこと知らへんよ」
「そんな事どうでも良いんじゃないか。これからゆっくりお互いのことを話せばさ」
「……うん」
なんだかしんみりした雰囲気になっちゃったなー。
そんな空気をぶち壊すべく、車椅子を押す力を増やしスピードアップ。
「さー、はやての家へ早く行こー!」
「おー!」
はやても僕のノリに合わせてくれた。
うーん、気を使わせちゃって申し訳ないなー。
はやての家の前に到着すると、メイド服姿のイレインが既に居た。
「ご主人様、お嬢様。お帰りなさいませ」
「やあ、イレイン。久しぶりー」
「ホンモンのメイドさんや……」
イレインは頭を下げ、はやてが驚いている。
いや、こんな言葉遣が出来るようになったって事に、僕も驚いているんだけどさ。
「と、とりあえず家の中に入ろうや。自己紹介はそれからな」
「はい」
「うん」
そして八神家へお邪魔する。
一人暮らしだけあって二階は全く使っている気配はない。
でも、一階はバリアフリーになっているし、台所は車椅子でも調理ができるようになっている。
至る所に手すりとかがあるけど、ここではやてが一人暮らしをするのは大変だろうに……。
リビングで自己紹介をする。
その後イレインは食材を買ってきてたらしく、お昼ご飯を作ってくれた。
しかもカツカレー!
テンション上がるなー!!
「タローってカレー好きなん?」
「うん、大好きだよ。カレーがあれば僕は幸せ」
「お嬢様には申し訳ありませんが、今回はご主人様のために作らせて頂きました。野球でホームランをお打ちになったようですしね」
「うん、そうやで。あれは格好良かったんや。だからイレインも気にせんといて〜」
「はい、ありがとうございます」
なんだか2人が喋ってるけど、目の前にカレーにしか僕の視線は行ってないよ。
早くカレー食べたいな〜。
「なんだかタローは我慢できそうにないから、早く食べようか?」
「そうですね。ご主人様はカレーには目がないようなので……」
「ほな、いただこうか」
「はい」
「うん!」
「「「いただきます」」」
カツカレー♪カツカレー♪
カツとカレーって各自主役になれるのに、それが共演しているんだよ。
これはすごい料理だよね。
あ〜、幸せだな〜。