第21話 ドクター
リニスのさざなみ寮、緊急歓迎パーティも終わり、部屋も片づけ一段落。
プレシアさんの部屋でお茶を飲んでいると、プレシアさんが深刻な顔をし始めた。
「タロー、海鳴市に私達以外の魔導師がいるわ」
「へ?」
「プレシア、それは本当ですか?」
プレシアさんはリニスの言葉に頷くと、空中に大量のモニタを展開する。
それは海鳴市全体のマップだったり、何だか分からない波形だったり、僕の読めない文字で書かれたデータだったりと色々表示されている。
僕が分かるのは……何だか見たことのある家が映ってる。
僕の家、さざなみ寮、翠屋、高町家、バニングス家、月村家、八神家……。
「何この映像……」
「え? 私に関係するところをサーチャーで映してあるのよ」
「はぁ……もう良いです」
一応心配してくれてるんだと思っておこう。
それにしても魔法って便利だな。
僕の苦悩をよそに、プレシアさんとリニスは画面を見ながら何か話し合っている。
「それで、タローに分かりやすく教えるわね」
「はい、お願いします」
「この家に魔導師の反応があるのよ」
そして1つの画面が大きくなる。
それは……八神家、つまりはやての家だ。
「この魔導師……最初からこの家をマークしてなければ、全く気が付かないほどの隠蔽度よ」
「それはプレシアさんの警戒範囲が偶然当たってこと?」
「いえ、私はここに来ると踏んでいたのよ」
プレシアさんは強い口調で断言する。
えっと、関係者の家だからって訳じゃないの?
「それは……どういうことですか?」
「それはね、八神家に闇の書があるのよ。つまり、八神はやてが闇の書の主ってこと」
「えっ……?」
さすがに驚いた。
それならはやてが足が動かない理由って……。
僕の顔を見てプレシアさんは悲しそうに微笑む。
「タローも気がついたみたいね。はやては闇の書によりリンカーコアを侵食され、脚が動かなくなっているの。闇の書が覚醒した後に蒐集をしなければ、はやては闇の書の侵食を受けて死ぬわ」
「…………。もしかしてプレシアさんは、ずっと前から知ってたの?」
「ええ。はやての家に制服を届けた時に気がついたわ。弱い人除けの結界も張ってあったしね。リニスに2階を調べさせたら、起動前の闇の書が置いてあったわよ」
だからこんなに必死になってくれていたんだね。
わざわざユーノにも頼んで、自分の消耗もかえりみず、無理な使い魔契約を行なって……。
「プレシアさん……ありがとう……」
「まだお礼を言うには早いわよ。ちゃんとはやてを助けてからにしましょ」
「うん」
何だかやるせないな。
こんなに近くにいるのに僕は何も出来ないなんて……。
「何を考えているかは何となく分かりますけど、タローはそこまで深刻になってはいけませんよ」
「そうね。貴方の良い所はマイペースなところでしょ」
「タローなら全てを引っ繰り返せますよ。そのために私達も協力しますから」
「ええ。だからこれから私がやる事とか、あまり人に言わないで欲しいわ」
そう言ってプレシアさんは空中のキーボードを叩く。
それにより新しい空中モニタを展開させる。
その画面にはSOUND_ONLYの文字が浮かび、しばらくすると画面の向こうから音声が入る。
「おや、貴女が連絡してくるとはどういう風の吹き回しですか?」
モニタから聞こえてきたのは男性の声だ。
「ドクターにお願いがあるんだけど、頼めないかしら?」
「おやおや、大魔導師からの頼みごとだなんて珍しいですね。二度と私には連絡がないものかと思いましたが……」
その言葉にプレシアさんは俯いてしまう。
だけど、直ぐに決意を秘めた表情になり話を続ける。
「ドクター、貴方には色々と思うこともある。そしてきっと、そちらもそう思ってると思う。だけど手を貸して欲しいの」
「それで私の利益は何かあるのかな?」
「貴方は既に私が完成したプロジェクトFのデータを手に入れているんじゃなくって?」
プロジェクトFってフェイトの……。
プレシアさんの言葉に対して少しの間が空くが、モニタの向こうから笑い声が聞こえてくる。
「くっくっく。貴女は私を憎んでいるんじゃないのかな?」
「いえ、そんな感情はないわ」
「おや、どうしてだね」
「貴方が始めたプロジェクトF、それがなければ私の娘には会えなかった。もう一度やり直すことが出来なかった……。その件に関しては貴方に感謝すらしているのよ」
モニタの向こうからは笑い声が響き渡る。
「素晴らしい、素晴らしいよ。これだから人間は面白い。感情で倫理を破壊する。しかも貴女は壊れていたあの時とは違い、自らそれを乗り越え飲み込んだ」
しばらくモニタの向こうで笑い声が続く。
プレシアさんはそれを黙って聞いている。
「良いだろう大魔導師。貴女の願いとやらを聞こうじゃないか!」
「ありがとうドクター」
「おやおや、感謝なんてされる筋合いはないね。私は自分の欲望に忠実なだけだ。貴女が何を望み、それによりどんな結果をもたらすかを楽しませて貰うよ」
モニタの向こうの声は楽しそうだ。
まるで子供が新しいおもちゃを手にした時のように……。
「貴方は好きに楽しむと良いわ。私が求めるのは闇の書……夜天の魔導書のオリジナルプログラム。改変される前の物が必要なの」
「はっはっは。本当に楽しませてくれる。闇の書を夜天の魔導書へ戻すというのか!」
「ええ。だからどうしてもそのプログラムが欲しいのよ」
「プログラムがあっても、そう簡単に行かないのは知っているんだろう」
モニタ越しの声が馬鹿にするように言うが、プレシアさんは落ち着いて答える。
「当然よ。私をなめないで頂戴」
「くっくっく。それは失礼した。それでは私がそのプログラムを用意出来るという根拠はなんだい?」
「証拠はないけど、貴方はアルハザードの技術を使って生み出した存在。それなら古代ベルカのプログラムぐらい用意できるんじゃなくって?」
「ふん、そんな事もわかってるのか。さすがは大魔導師と言ったところか……」
モニタの向こうの声は笑うのを止め、真面目な声で喋り始める。
「最後に質問だが、私は広域指名手配されている次元犯罪者。そんな力を借りても良い物なのかい?」
「あら、それは管理局が決めた管理世界の法律でしょ。私がいるのは管理外世界なのよ。今はまだ戸籍は手に入ってないけど、来月中には手に入るの。つまり私は管理外世界の住人になるのよ」
「ふっ、大魔導師は悪女だね。それならこちらも来月中に用意させてもらおう。報酬は勝手に貰うから気にしないでくれたまえ」
「ええ、気にしないから貴方は全力を尽くして良いのよ。この大魔導師がドクターに許可を出してあげるわ」
プレシアさんのその言葉にモニタの向こうでの笑い声がまた聞こえてきた。
しかし、今までの笑い声とは少し違う感じがするな。
「フッフッフ、それではまた……」
「そうね、また……」
2人のその言葉を合図に画面は消える。
一体相手は誰なんだろう……。
僕が深入りしていい場所じゃなさそうだけどさ。
リニスも沈黙を守っている。
その後、普通に別れ家へ帰った。
明日は学校があるからしっかり休まないとね。
でも、布団に入っても色々考えちゃってあまり眠れなかったな。
要するに僕の思考能力が処理しきれていないってことか……。
どうもはやてにぎこちなく接してしまった。
いや、はやてだけでなく、みんなともぎこちないな。
学校で授業も上の空で聞いてしまった。
昼休みになったけど、みんなと屋上へ行かないといけないんだよね。
「はぁ〜」
思わずため息が出ちゃったよ。
「アリサちゃん。ちょい、タロー借りてええか?」
「良いわよ。今回ははやての事みたいだしね」
「ほな、そのままもろうてもええか?」
「あら、そんな事言っても、あたしの所に勝手に帰ってきちゃうわよ」
「「ふっふっふ……」」
「すずかちゃん、あの2人何を言ってるかわからないの」
「私達は見守ってあげましょ」
「はいなの」
僕の横にはやてが車椅子でやってくる。
「ねえタロー。私、家に忘れ物してしもうたんよ」
「そ、そうなんだ……」
動揺するな僕。
いつもの様に接しなきゃ。
「それで、悪いんやけど……。私を連れて家まで取りに行って欲しいんよ」
「え? それってどう言う意味?」
「だから、私を抱えて家まで超特急タクシーよろしゅうな」
はやては何を言ってるんだ?
でも、いつもの様に……。
「うん、イイよ。それじゃあ背中に乗るかい?」
「嫌やわ—。それじゃ脚に力の入らない私じゃ無理や。だ・か・ら、お姫様抱っこで家まで頼むわ」
ピシ
空気が割れる音が聞こえ、アリサから強烈なオーラを感じる。
「た、タロー。お昼休みの時間は短いんだから、早くはやてを連れて行って来なさい!」
「え、あ、うん」
「ちゃんと……あたしの所に(ぼそ)……帰ってくるのよ!」
「うん。じゃあ、はやて行こうか」
「うん! さ、頼むでー!」
「本当に分かってるのかしら?(ぼそ)」
はやてを抱き上げ、開いてる窓に足をかける。
「へ?」
はやてが変な声をあげるけど、気にしない。
「それじゃ、しっかり掴まっててね」
「へ!?」
「行っくよー!」
窓枠から僕は外に飛び出す。
はやての家へ向けて……。
「なんやね〜〜ん!!」