第3話 コインはミットの中に
タローとアリサの勝負は無事に終わった。
いつも「不幸だー」と叫ぶ少年が火達磨になることもなく、飛んで行った打球が似非関西弁の少年にぶつかることもなく……。
マウンドでタローに抱きつき、満足するまでそのままでいたアリサは、タローを上目遣いで見る。
「タロー、さすがに全能力全開で使っちゃったから動けないのよ。だから……更衣室まで連れて行ってくれる?」
「うん、いいよ」
そう言ってなんの躊躇もなくタローはアリサを抱き上げる。
俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
アリサは顔を赤くしつつも嬉しそうにしがみつく。
「こらー、不純異性交遊は先生の前では許しませんよー」
「あたしとタローは不純じゃないわ。今は運んで貰ってるだけよ」
小萌先生の言葉にアリサはさらっと答える。
正直、校舎の方からは冷やかしの声や、怨念を込めた似非関西弁が聞こえている。
「羨ましいやんかー! 僕にもその幸せ分けてーなー」
「上条さんも羨ましいです……」
「カミやんはそれを言う権利はないで!!」
「なんで!?」
窓越しに言い合う上条と青髪ピアス。
そしてそれを見て呆れつつも、中学生の子に情けない姿を見せないようにと注意する小萌先生。
そんな中、マイペースに更衣室に移動していくタローとアリサ。
とある高校はいつもカオスだ。
アリサを更衣室へ連れて行き、タローが外で待つこと数十分。
シャワーを浴びてさっぱりとした顔で着替え終えたアリサが出てくる。
「お待たせ。遅くなっちゃった?」
「いや、平気だよ。もう慣れたから」
「それって平気じゃないんじゃない! もぅ……知らない」
そう言ってそっぽを向くアリサを、いつもの様に頭を撫でながら宥めるタロー。
それですぐにゴキゲンになる辺り、アリサは分かっていてやっているのだろう。
「さ、帰ろうか」
「そうね。帰りにクレープでも食べて帰りましょ」
「そうだね。運動するとお腹減るもんね」
「うん! さぁ、行きましょ」
そして腕を組んで引っ張っていくアリサ。
タローは呆れつつも大人しく付いて行く……。
学校から出る前に小萌の元へお礼に行くと、何故か正座で説教されている上条と青髪ピアス、土御門の3人がいた。
「あ、お取り込み中でしたか?」
「大丈夫です。ちょっとお話をしているだけですから。アリサちゃんは能力測定お疲れ様でした」
「いえ、こちらこそ無理を言ってすいませんでした」
アリサと小萌はお互いに話をしている。
その間はタローが開放されたので、上条達の元へ行く。
「上条さん、今日はありがとうございました」
「いやー、上条さんが役に立てて良かったですよ。それにしてもあれを打ち返すって何者でせうか?」
上条の言葉にタローは頬を掻く。
「僕は特に普通の野球選手のつもりですが……」
「「「それはおかしい!」」」
タローの言葉にあっさりとツッコミを入れる3人。
なかなか息のあった状態だ。
「まぁ、そんな事よりも、上条さん。これ、さっき言っていたお弁当です」
タローは3人のツッコミをそんな事の一言で流し、手に持っていた重箱を上条達の前に差し出す。
そして重箱を開けると、5段重ねの重箱の中にはイレインが作ってくれたオカズやオニギリが所狭しと入っている。
「こ、これは……本当に貰ってもよろしいんでせうか?」
久しぶりの美味しそうな食事を目の前にして上条は半泣きだ。
「どうぞ、食べちゃってください。重箱は小萌先生経由でアリサに戻してもらえれば良い筈ですから」
「うぅ……久しぶりの栄養がこんなにも……」
「カミやんカミやん! 僕も僕も!」
「美味そうだにゃー。俺もいただくんだぜい」
そして3人が我先にと重箱に飛びつく。
ガツガツと食べている3人に気が付いた小萌は注意するが、食べるのに集中している3人は聞く耳を持たない。
「タロー、こっちは終わったから行くわよ」
アリサはそんな3人と小萌を気にせず、タローの腕を取り進んで行く。
タローは小萌と目が合うと軽い会釈をしてアリサに着いて行く。
「あれが科学サイドでも魔術サイドでもない、第三勢力となるスポーツサイドか……」
土御門の呟きは誰の耳にも届かず、風に流れていった……。
銀行の前で起きている騒ぎ。
真昼間から、とある少女たちの前で起きた銀行強盗騒ぎ。
逃げ出す3名の銀行強盗の前に偶然いた
あっさりと2名が捕縛され、1名は必死に逃げる。
少女の手に持っていたクレープを弾き飛ばし……。
「これは私が個人的にケンカを売られたってことだから……手、出してもいいわよね?」
弾き飛ばされたクレープは少女の服に汚れを残し、地面に落ちる。
少女は身体に電気をまとい、コインを指で弾き飛ばす。
コインに電磁加速を加えて放つ事により音速の3倍以上で放つ。
攻撃力や貫通力は高く、射線上の物を全て薙ぎ払い衝撃波を撒き散らす。
この少女……学園都市第3位の
車を使い逃げて行った銀行強盗が、車ごと弾き飛ばされる。
これで一件落着に見えるが、
「タロー、あそこに美味しいクレープ屋さんがあるのよ」
「うん」
「何を食べようかしらね〜」
嬉しそうにタローの腕を組んだまま言うアリサ。
タローもそんなアリサを見て頬を緩めるが……。
「ねぇ、アリサ。向こうで爆発音が聞こえるんだけど」
「えぇ、しかも
っていうのに……」
そう言って怒りながら、そっちへ走って行く。
タローも後を追う。
「「!?」」
アリサは周りの温度変化により、タローはいつもの様に気が付く。
正面から猛スピードで飛んでくるコインに……。
「タロー!?」
「はいはいっと」
「きゃ!」
右手でアリサを抱きしめ、左手に装着したグローブでコインをキャッチする。
そして円の動きをして威力を逃す。
「ふー、ビックリした。随分とすごい威力だったね、アリサ」
「きゅ〜」
キャッチしたコインを見ながらタローはアリサに声をかけるが、アリサはタローとの予想外な接触で真っ赤になってフリーズしている。
自分から行くのは平気なくせに、相手からやられるのは苦手なようだ。
「だ、大丈夫ですか〜?」
頭に造花の飾りの付いたカチューシャを付けた少女が、タローとタローの腕の中にいるアリサの元へ走ってくる。
「あれ、アリサと同じ制服?」
「えっ! ば、バニングスさんと一之瀬さん!?」
「えっと……誰?」
花飾りの少女は2人のことを知っているようだが、タローは誰だか分からず首を傾げている。
フリーズしていたアリサが、他の人がいるので動き始めた。
「えっと……D組の初春さんよね。タロー……は分からないわよね。ほら、1年生で
「そっか、よろしくね初春さん。僕の事はタローで良いよ」
「同じ学年なんだし、あたしもアリサで良いのよ。その代わり飾利って呼ばせてもらうから」
「は、はい。アリサさんにタローさん。よろしくお願いします」
そう言い頭を下げる初春。
そしてはっと気が付く。
「そ、そんな場合じゃないんですよ。御坂さんの
「ん? それってこれのことかな」
そう言ってタローはグローブの中から溶けかけているコインを取り出す。
それを見ると初春は驚いてそのコインに飛びつく。
「こ、これ……どどど、どうしたんですか?」
「ん? 飛んできたからキャッチした」
「それはおかしいです!」
何事もなかったように答えるタローに対し、初春は声を荒げる。
「そうなの?」
「タローなら普通よ」
「アリサさんまで!?」
軽く流す2人に更にツッコむ初春。
タローはスルーしているが、アリサは珍しくタローにツッコむ人物を見て笑っている。
「そんな事よりも、あたし達はクレープ食べに行きたいからまたね〜」
「そういう訳みたいだから、じゃあね〜」
アリサに腕を組まれ、引っ張られて行くタロー。
呆然とそれを眺める初春……。
「どうやって白井さんに報告すればいいんですかー!!」
ふと我に返り絶叫するが、既に2人の姿はなく、ポツンと残された初春はがっくりと肩を落とす。