第7話 魔術師
「夏だから夕方でも結構暑いなー」
先日の夜に起きた原因不明の停電騒ぎ……と言うか、高圧電流が一気に流れ込んだようで、家にある家電製品が全滅した。
そのため今日1日かけて家電製品を3人で買い回ったが、タローが全く役に立たないのは言わずも知れたこと。
そして現在は配線工事等の作業を行なっており、邪魔なタローは1人買い出しに出ている。
「あーなるほど。夏だから暑いんじゃなくて、燃えてるから暑いんだ」
タローの視線の先にあるマンションでは、上階の廊下で炎の魔神が暴れている。
軽くジャンプして一気にその階へ移動したタローは、見知った友人に向かって四方から飛んでくる炎を迷わず手にはめたグローブでキャッチする。
「「な!?」」
タローの行動に驚いた顔を向ける見知った友人……当麻と漆黒の修道服を着た赤毛の長身の男。
そして地面に倒れている白い修道服を血で赤く染めた少女がいるのをタローが視認する。
「やあ、当麻こんにちは。セブンスミスト以来だね」
「た、タロー!? ここは危険だぞ!」
まるで緊張感のないタローの言葉に、当麻は焦りながらタローを逃がそうとする。
「そんな事より、この女の子は知り合い?」
「「へ!?」」
いつの間にやらタローの腕の中に血まみれの少女が居た。
良く観察すればタローの足元に焦げた後があるので、タローを知っている人には何をしたか分かるだろう。
普通に少女の下に移動して、抱き上げて元の場所に戻ってきただけであると。
「灰は灰に」
我に返った赤毛の男は詠唱を始め、右手に赤い炎が灯る。
「塵は塵に。吸血殺しの紅十字ッ!」
二条の熱線が交差しタローに襲いかかるが、それを上条が右手で打ち消す。
「それが“
「そうだよタロー。俺の右手は魔術だろうが、神の奇跡だろうが打ち消せる」
そう言ってタローに逃げろと合図をする。
しかしタローはゆっくりと首を左右に振る。
「こんな面白そうな試合を僕抜きで進めるなんて、当麻はズルいな」
「ば、バカ! 相手は“魔術師”なんだぞ!」
上条はこの街では聞きなれない言葉を口にした。
しかしタローは動揺すらしない。
「うん、呪文唱えてるからそんな感じがしたんだ。でも、そんな炎じゃアリサには届かないよ」
「な、何者なんだお前は!」
赤毛の男は動揺しつつもタローに問いかける。
それに対するタローの答えはいつもと同じだ。
「僕の名前は一之瀬太郎……野球選手さ」
「まぁいい、ステイル=マグヌス……魔法名は“Fortis931”だ。野球選手ごときが僕の邪魔をするな!」
その言葉を合図に、側に控えていた炎の魔神が2人に襲いかかる。
タローはそっと少女を床に寝かせ、バットを構える。
「当麻、下がった方が安全かも」
「“かも”ってなんだ“かも”って!」
タローの言葉に文句を言いつつ、タロー後ろに向かってダッシュを始める。
それを見たタローは無造作にスイングをすると、炎の魔神は蝋燭の火が消えるようにかき消えた。
一瞬驚いた表情をステイルは浮かべるが、直ぐに笑い始める。
「その程度では
消えたはずの炎の魔神は、新たに人の形を作り上げた。
そして再度タローに襲いかかる。
「ルーン。“神秘”“秘密”を示す二十四の文字にして、ゲルマン民族により二世紀から使われる魔術言語で、古代英語のルーツとされます」
急に聞こえた声に炎の魔神の攻撃を避けながらタローは振り返る。
そこには血まみれでボロボロの少女が立ち上がり、光の灯っていない瞳で冷静に説明している姿があった。
「インデックス……?」
上条はその姿を見てもインデックスが喋っているとは思えなかった。
彼が知る彼女はもっと活き活きとしていたハズだが、今の彼女はまるで操り人形の様だから……。
「“魔女狩りの王”を攻撃しても効果はありません。壁、床、天井。辺りに刻んだ“ルーンの刻印”を消さない限り、何度でも蘇ります」
「そんな事は良いから、これを飲んでゆっくりしてなよ」
インデックスの口にタローは栄養ドリンクの瓶を挿し込み、中身を一気に注ぎこむ。
そのままゆっくりと床に寝かせ、上条に向かって伝える。
「ここは僕に任せて、この子を休めるところに連れて行ってあげて」
「で、でもよぉ」
「何よりも傷ついた少女を優先すべきじゃないのかい?」
タローの言葉に上条は強く頷き、インデックスを抱きかかえて階段から逃げて行く。
しかし、炎の魔神はそれを逃さぬよう飛びかかるが、タローのグローブをはめた手に叩かれ床に叩きつけられる。
「タッチアウト……と言いたいところだけど、元に戻るんだったよね」
「そうだ、
炎の魔神は立ち上がりタローを攻撃しようとしてくるが、タローの動きによって一瞬で消える。
ステイルは笑っているが、いつまで経っても復活しない炎の魔神に焦り始める。
「何度も再生するなら壊さなければいいだけだよね。ほら、こんな感じに」
そう言うタローのグローブの中には野球ボール大に圧縮された炎があった。
それを目にしたステイルは、アレが自分の創りだした炎の魔神の姿だと理解する。
「ば、馬鹿な……。こんなことが……」
「うーん、僕の前でみんなそう言う言葉を言う人が多いんだけど、そんなにおかしいのかな?」
茫然自失となったステイルはタローの言葉に答えない。
その姿を見て困った表情を浮かべるタローだが、ふと思いついたように廊下からマンションの外に対して手を振る。
「おーい、そこでずっと見ていたお姉さーん。お連れさんがこんな状態なんで迎えに来て下さいなー」
遥か十数キロ先から“魔術”によって監視していた女性は驚く。
気配を感知することすら出来ない距離……世界に20人といないと言われる“聖人”である自分ですら出来ない距離。
それをあっさりとやってのけたか、直接視たのか分からないが、自分の事をお姉さーんと呼んだ以上、性別が相手にバレていると考えた方が良いだろう。
「しかし、相手が誰であれ、ステイルの救出に行かねばなりませんね」
女性は腰まで届く長い黒髪をポニーテールにまとめ、長さ2m以上もの日本刀を腰にぶら下げていた。
服装は白い半袖のTシャツにジーンズと言う出で立ち。
ただ、Tシャツは脇腹の方で余分な布を縛ってヘソが見えるようにしてあり、ジーンズは片脚だけ太腿の根元から大胆に切っている。
「いや、そっちに行くからイイよ」
女性の使用していた監視魔術によりタローの声が聞こえる。
その言葉に慌ててマンションを見ると、タローはボールを投げる仕草をしていた。
「呼んでも来ないか仕方がないよね」
タローはボールを取り出して投球フォームに入る。
そしてボールを投げると、ステイルの首元を掴み、そのボールに乗る。
十数キロ離れた女性のもとにボーツが届き、そこには恐怖により意識を失ったステイルとタローが着地した。
タローはそっとステイルを掴んでいた手を離し地面に寝かせる。
女性はそんなタローを見て警戒を強める。
「手短に問います。貴方は何者ですか?」
女性は強いプレッシャーを発しながら問う。
しかしタローはそんなものは全く気にせずいつもと同じ口調と笑顔で答えた。
きっと脳内では名前を伝えるのと同時に好きなスポーツも伝わる自己紹介……とでも考えているのであろう。
「僕の名前は一之瀬太郎……野球選手さ」
「神裂火織と申します。……出来れば、もう1つの名は語りたくないのですが」
「もう1つ?」
「“魔法名”ですよ」
神裂とのやり取りに首を傾げるタロー。
上条にはステイルが説明しているが、その時タローはその場に居ない。
居ても覚えているかは怪しいが……。
「魔法名って……なに?」
「魔法名というのは魔術を使う名……と言うよりも殺し名で通っています」
タローの疑問に神裂は普通に答えてくれる。
きっと真面目な性格なんであろう。
「率直に言って、魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが」
「彼女? あ、あぁ。もしかしてインデックスとか言った少女のこと?」
タローは首を傾げつつ、やっと思い出したかのようにインデックスの名を言う。
出会ったのはほんの数分前、会話などしてもいない……そんな少女だ。
「貴方はあまりにも状況を理解していない。今なら見ぬふりをして立ち去ることをお勧め……」
「嫌だ」
神裂の言葉を遮るようにタローは答える。
タローにとって人の都合や理由は関係ない。
自分が出来る事はやると言う、実は誰よりも我儘で傲慢なだけだ。
「仕方がありません。名乗ってから彼女を保護するまで」
その瞬間、数多の断裂がアスファルトを抉りながらタローに向かう。
攻撃の性質などが良く分からないタローは、とりあえず回避しようと足に力を籠めたところ、丁度手前でそれは止まった。
「警告はこれで終わりです。……次は当てますから」
神裂は両の目を細めタローに向き合う。
「そして問います。状況を理解すらしていない貴方の目的は何ですか?」
「当麻とインデックスに限らず、手を伸ばせば救えるみんなの味方をすることかな」
神裂の言葉にタローは臆せず、気負わず、意識せず、自然に言葉を発する。
そんな行動原理が一之瀬太郎の全てと伝わるように……。