第9話 月読小萌
タローが魔術師たちと遊んでいる時よりも若干時間は遡る。
つまり、上条がインデックスを抱きかかえ、マンションから逃げて行ったあの時のこと。
上条がとりあえず頼れる人はクラス担任、身長135センチ、教師のくせに赤いランドセルが良く似合う1人の先生、月詠小萌だけであった。
友人の青髪ピアスから小萌の住所を聞き出し、インデックスを背負いたどり着いた場所は、超ボロい木造2階建てのアパートだった。
若干の押し問答があったが、インデックスとともに小萌の部屋に入り込むことに成功した上条。
状況の理解できていない小萌に対し、詳しい説明を逃れつつインデックスを布団に寝かせた。
そして体の状況を見ると言われ、アパートの廊下に追い出された。
「しっかし、あの傷は大丈夫なんか?」
タローにインデックスを任されたのは良いが、タローとの連絡方法が一切ないことに上条は、一息ついたこの時やっと気が付いた。
かと言って自分のマンションに戻るのは、魔術師が居た場合身を呈して逃がしてくれたタローに申し訳が立たない。
そんな事を上条が思っていると、小萌が呼ぶ声がしたので室内に入る。
「上条ちゃん! 結局この子は上条ちゃんの何様なんですか?」
室内に入ると布団から体を起こしてパジャマを着ているインデックスと、プンスカ怒っている小萌の視線が上条に集中する。
「それよりも先生! インデックスの怪我の状況は!?」
「あのですね上条ちゃん。この子は怪我以前に、傷1つない状態でしたよ」
「そんなバカな!」
上条は確かに見た。
血まみれの服と背中にあった刀傷を。
それが傷1つない状態?
上条の混乱は加速して行く。
「服は血まみれでボロボロだったので、脱がせて代わりに先生の服を着させました」
「……ていうか、何だって大人な小萌先生のパジャマがインデックスにぴったり合っちまうんだ? 年齢差一体いくつ何だか……」
「見くびらないで欲しい! 私もさすがにこのパジャマはちょっと胸が苦しいかも!」
「なん……馬鹿な! バグってるです。いくら何でもその発言は舐めすぎです!」
「ていうか、その体で苦しくなる胸なんかあったんか?」
「「……」」
うっかり呟いた上条は2人のレディに睨まれ、反射的に土下座をする。
その後も小萌の質問攻めに合うが、のらりくらりと誤魔化すしか上条とインデックスには方法がなかった。
「そう言えば服の合間にこんなものが入ってましたよ」
小萌はふと思い出したかのように、一本のビンを取り出す。
上条は思い出す。
何か喋っているインデックスにタローが飲ませた物の事を。
上条とインデックスがそのビンに視線を集中させる。
ラベルに書かれた薬草の数々。
黄金色に輝くキャップ。
刻まれた「sato」の文字。
そして大きく書かれた、このビンの商品名……。
「「ユンケル黄帝液!?」」
小萌は2人の大声に体をビクッと震わせる。
そして小萌の視線の先にいる2人は思わず虚空にビシッ! と音がするようなツッコミを入れていた……。
結局事情を説明できない2人に対し、小萌は深く溜息をついた。
このままでは埒があかないし、小萌に対して説明をしたくないのは、巻き込みたくないという2人の気持ちが伝わってくる。
しかし、小萌も先生として2人を守ってあげたいと言う強い気持ちがある。
そんな中、アパートのチャイムの音が鳴る。
「はいはいはーい。今、行きますよー」
小萌が玄関に向かったのを見てホッと一息つく2人。
「上条ちゃん達にお客様ですよー」
「おじゃましまーす」
タローの声だと上条はすぐに判断し、警戒を解く。
「「おじゃまします……」」
しかし他に2つの声と、小萌が室内に招いた人物を見た時、上条は全身に嫌な汗が噴き出る。
そしてインデックスも緊張感に包まれる。
「あ、大丈夫だよ。2人共、さっき僕の友達になったから」
全く緊張感を感じさせないタローの言葉に、どうすれば良いのか分からず上条とインデックスは顔を見合わせた。
「出来れば説明を含めてゆっくり話がしたいんだけど、このままじゃあまり良くないよね」
足の踏み場もあまりない小萌のアパートに、合計6人……しかも1人は布団の上と言う状況では狭すぎる。
そして小萌は現在無関係だから巻き込みたくないという上条と同じ理由でタローも口篭る。
そんな空気の中、小萌は小さく息を吐き玄関に向かって歩き出す。
「先生スーパーに行ってご飯のお買い物をしてくるです。上条ちゃんはそれまでに何をどう話すべきか、きっちりかっちり整理しておくんですよ。 それと」
「それと?」
「先生、お買い物に夢中になってくると忘れるかも知れません。帰ってきたらズルしないで上条ちゃんから話してくれなくっちゃダメなんですからねー」
そう言って優しく笑う小萌はアパートの外に出て行った。
小萌に気を使わせたことを珍しくタローを含めた全員が理解した。
階段を降りる足音が聞こえなくなったところで、タローが口を開く。
「今から僕が言うことは全て真実だよ。だから信じて聞いて欲しい」
「おう」
上条は即座に頷くが、初対面のインデックスは返事に困る。
「インデックスは初対面の僕のことを信じられるか分からないけど、僕のことを信じる上条を信じて聞いて欲しい」
タローの言葉にインデックスは上条の顔を見て頷く。
自己紹介から始まり、そして語られる真実。
上条とインデックスは最後まで黙って聞いていた。
ステイルと神裂は果たして信じてもらえるのだろうか? そんな不安が表情に滲み出ている。
「以上だよ。信じて貰えると嬉しいけど、どうかな?」
「……タローは何でその人達のことを信じられるの?」
タローの質問にインデックスは質問で返す。
やはり今まで追われていた身としては、そう簡単に信じられる相手ではないかもしれない。
だが、タローの言葉は相変わらずだった。
「え? だって人は信じ合うものでしょ」
タローは何でそんな質問をするのか分からないと言う風に首を傾げる。
そんなタローの言葉に室内は沈黙に包まれる。
「プッ、そりゃそうだ。シスターであるインデックスこそ、人を信じなきゃいけねーんじゃないのか?」
「……そうだったかも」
上条の言葉にクスクスとみんなが笑い始める。
タローだけは意味が分かっておらず、首を傾げるだけだったが……。
「さて、とりあえず時間はまだあるんだから、作戦を立てようぜ!」
さんざん笑った後、上条の言葉にみんなが頷く。
「とりあえず当麻の右手には
タローがその言葉の意味をよく考えず、これはイイ意見だ! と言う顔で言ってのける。
その意味を瞬時に理解した上条とインデックスは、思わず顔を向き合ってしまい、2人の視線が重なる。
それにより余計に色々と想像してしまい、2人は真っ赤になり俯いてしまう。
ステイルはギリっと歯ぎしりをし、殺意の篭った視線を上条に送るが、それに反応できるほど上条は余裕が無い。
「ねぇ、火織さん。3人はどうしたのかな?」
「えっと、その……ですねぇ……」
タローは何でみんなすぐに頷かないんだろうと疑問の表情を浮かべ、持ち前のポーカーフェイスで表情が変わっていない神裂に対し質問をする。
しかしあくまで動揺していないのは表面上だけで、実は誰よりも早くその状況を想像してしまっており、頭から湯気が出そうな神裂は返事に困っている。
「ただ今帰りましたよー」
妙な空気を打ち破るかのごとく、小萌が帰宅してきた。
タロー以外が彼女を救世主だと思ったのは、仕方がないことなのかもしれない。
結局本日は解散となり、明日小萌が補修授業をやっている昼前にまた集合という事となった。
上条の補修はこの騒動が終わった後、たっぷりやるとの小萌の言葉に上条は1人涙した……。
「それで2人はどこに宿をとっているんだい?」
小萌のアパートに泊まる上条とインデックスを残し、3人は帰路に付く。
当然帰る方向を聞くつもりで、タローは普通に問いかける。
「公園で野宿です」
その問にさも当然と言ったように神裂が答える。
「人払いの結界を張れば意外と快適に過ごせるものだよ」
更にステイルが快適さを自慢する。
「もしかして2人共、お金持ってないの?」
「いえ、お金はあるんですが……」
「僕ら魔術師に、この学園都市のIDがあると思うのかい?」
買い物までなら何とかなるが、身分証明を必要とするホテルなどを利用することは出来ない。
ふとした疑問をタローは呟く。
「……僕のIDでホテル取ったらダメなの?」
「良いんですか?」「良いのかい?」
タローの呟きに勢い良く反応する2人にタローが若干引きつつも、首を縦に振る。
「やりましたよステイル! これで今晩はお風呂にゆっくり入れます」
「これで今晩は蚊と戦わずともすむ!」
「本当に寝ようとしたところに聞こえるあの音は、七閃だけでなく唯閃を使おうと決意させるほどのものですから」
「本当だよ。
そんな使い方をしたら聖人の力や炎の魔神も可哀想だ……。
「さあ、タロー。お金は問題ありませんから、あの高級ホテルにしましょう」
「ナイスだ神裂。あそこならゆっくり休めるし、明日に備えられるだろう」
妙なハイテンションの2人に連れられて、借りた部屋に一緒にタローが宿泊するハメになったのは言うまでもないことだろう。
(これだけ見ると歳相応なのに、仕事モードの時は年齢不詳なんだよな……)
タローの心の声は誰にも届かない……。