第18話 黄金練成
アウレオルス・イザード……かつて主人公であった男。
自分の所属するローマ正教を裏切り、自らの信仰を捨てて錬金術師となり、それでもたった1人の少女を助けるために死力を尽くした男。
それでも、彼を待っていたのは
アウレオルスの笑い声が止み、虚ろな瞳でステイル、上条……そしてインデックスと視線を送る。
彼の全てが無駄……そして少女は自分以外の男に救われ、その男に寄り添う。
「倒れ伏せ、侵入者共!」
突然に炸裂する怒号。
瞬間、上条とステイルは見えない力で床に組み伏せられた。
インデックスは
「簡単には殺さん、じっくり私を楽しませろ! 我が想いを踏みにじり……我が辛苦をあざ笑った貴様らで、この怒りを発散せねば自我を繋げることも叶わんからな!」
アウレオルスは懐から髪の毛のように細い針を取り出し、首筋に突き刺す。
それが戦闘開始の合図のように……。
「待って!」
アウレオルスの前に姫神が両手を広げて立ち塞がる。
しかし、彼が固執していたのは姫神秋沙ではなく
目的であるインデックスが手に入らなくなった以上、単なる手段に気を配る必要などない……。
「姫神……やめろ……!」
「分かる……私、貴方の気持ち……」
「……
止める上条の言葉を振り切り、アウレオルスに立ち塞がる姫神に対して発せられた言葉。
傷はなく、出血もなく、病気ですらもありえない。
ただ死ぬ……まるで電池が切れたように、姫神はゆっくりと後ろに向かって倒れて……。
今から10年前の話だ。
ある日ある夜、京都の山村は吸血鬼に襲われた。
警察署すら必要のないほどに平穏だった小さな村は、一夜にして地獄と化した。
村人たちは次々と吸血鬼になり、残された人間はたった1人となる。
「ごめんなさい」
そう言って吸血鬼となった見知った村人は噛んだ瞬間、灰に還る。
八百屋の主人も隣の友達も両親も……。
少女に噛み付けば灰に還る、そんな結果が分かっていても、吸血鬼たちは噛み付くことを止めなかった。
「貴女1人に罪を背負わせてごめんなさい」
次々と灰になって形を失い風に飛ばされる村人たちを、少女は黙って見つめていた。
彼らは謝りつつもたった1つ、灰に還ることが救いと信じ……。
自分の意思と無関係に、吸血鬼を食虫植物のごとく誘い出し、自身の血を吸った吸血鬼を無差別に灰に帰してしまう。
そんな少女が錬金術師と出会った時、その力で1人の少女を救えると言われた時……少女の心はどれだけ救われたであろうか。
死ねと言う言葉を認識した時には何も思えず、意識は深い闇に引きずり落とされて行く。
最後の視界に映るのは天井……ではなく、1人の男だった。
「なんだこれ?」
まるで糸を切るかのように、その男はアウレオルスと姫神の間にある何かを指で切る。
意識は深い闇から引き上げられ、身体は優しく抱きしめられていた。
「な……我が
アウレオルスは驚きのあまり声を荒げる。
姫神はゆっくりと目を開け、自分を抱きしめている男を見つめる。
「貴方……誰?」
「先ほどの常闇から出てきた上に、
この部屋にいる視線が全て男に集まる。
上条とインデックス、そしてステイルはその男の姿を確認すると思わず笑みがこぼれ、安心してゆっくりと息を吐きだす。
男は優しく姫神を座らせ、ゆっくりと立ち上がった。
「そこの人は先程出会ったけど、自己紹介がまだでしたね。そしてこちらの女性は初めましてかな?」
男は左腕にある腕時計から一枚のユニフォームを取り出し、一瞬で身に纏う。
姫神達が見つめるその男の背中……ユニフォームには51の番号が記されていた。
「僕の名前は一之瀬太郎……通りすがりの野球選手さ」
そこの名乗りに唖然とするアウレオルスと姫神。
珍しくツッコミがなかったので、ちょっぴりタローは嬉しそうだ。
その隙に上条は右手で自分を束縛している見えない力を打ち消す。
「何がどうなっているかとか僕には良く分からないんだけど、貴方が何かをする度にアリサが傷ついているんだよね」
「壊れたものなら直せばいいだけの話だろう?」
タローの言葉の断片からアウレオルスは何を言いたいか理解する。
そしてそれは同時に10万3000冊の魔導書を頭の中に有している、インデックスに対する大きなヒントになってしまった。
「つまりアウレオルス・イザードは
そのインデックスの言葉に、上条によって束縛を解除されたステイルは驚きの表情を浮かべる。
「つまり能力者に魔術を使わせる……それによって能力者が傷つき死ぬのも気にせずに!」
ステイルの言葉を補足するように、インデックスがタローと上条のために口を開く。
超能力者と魔術師は力のフォーマットが異なるために、能力開発を受けた人間が魔術を使用すると、たとえ無能力者であっても身体に高負荷がかかり最悪死に至る。
それをアウレオルスはまた力を使って直しているだけと言う。
「うん、半分ぐらいは理解できたと思う。ありがとうねインデックスにステイル」
褒められたのが嬉しいのかこんな雰囲気の中でもインデックスは胸を張り、ステイルはソッポを向く。
その瞬間、アウレオルスはタローに対して言葉を発する。
「窒息死!」
首に黄金の針を刺しアウレオルスは高らかに叫んだ。
「?」
……何も起こらない。
「圧殺ッ!!」
再度その首に黄金の針を刺し、アウレオルスが叫ぶ。
……やはり、何も起こらない。
「ば、馬鹿な……何故!?」
アウレオルスは動揺して後ろに下がりつつも、視線を上条に向けて首に黄金の針を刺す。
「感電死!」
その言葉によって上条の四方八方を青白い電光が取り囲むが、とっさに出した右手によってそれは静かに消えて行く。
アウレオルスの顔には絶望が広がって行くが、諦めずに黄金の針を首に刺そうとしている。
「もう、タッチアウトだよ」
その時にはタローがアウレオルスの目の前に立っており、いつの間にかはめたグローブでアウレオルスを軽く撫でると、彼は錐揉み状に吹っ飛び、黄金の針は粉々に砕け散った。
そして誰も目では見ることの出来ない、三沢塾内に張り巡らされたアウレオルスと生徒のパスも全て千切れる。
唖然とその姿を見つめる姫神と、一度経験しているだけに驚きよりも呆れている上条達。
「これにて、
「呆然、私は敗れたというのか……」
タローの一撃によって意識をOUTされたアウレオルスがやっと目を覚ます。
校長室内ではのんびりと会話をしている上条とインデックス、その姿を見ながらタバコを吸っているステイル、窓から外を眺めているタロー……そしてアウレオルスの手を取り、心配そうに顔を見つめている姫神がいた。
「殺せ」
「なんで?」
アウレオルスの言葉にタローは不思議そうに首を傾げる。
「最早私が生きる由も無し」
「アウさんがこんなことをした理由はステイルたちから聞いたよ」
「あ、アウさん!?」
「アウさん手は本当に何も掴めなかったのかい?」
アウレオルスの言葉にタローは視線を姫神に移す。
多分アウレオルスの言いたいことは謎の愛称のことだと思うが、そんな事タローが気にすることはない。
仕方なくタローの視線の先……姫神が涙を湛え、アウレオルスの右手を両手で包み込む様に握り締めている。
「良かった……皆が傷つかないで。貴方も無事で本当に良かった……」
「俄然、なぜそんなに泣く」
「錬金術師は耳が遠いのかい? その子は言ったじゃないか……
ステイルの言葉に姫神はコクリと頷く。
そんな姫神の姿を見てアウレオルスは優しく微笑む。
「そうか……。貴様には随分と世話をかけてしまったな……
「そんなことない」
涙を堪えながら微笑む姫神の姿は美しかった。
その姿を見てステイルは意地の悪い笑みを浮かべる。
「差し伸べた手を無情に振り払われる辛さは、先ほど学んだと思うけど……君はどうするんだい?」
「……必然。このまま消えると言う訳にも行かぬ様だ」
そう言って身体を起こし、握られていた手を強く握り返す。
「
「それなら別の次元世界で生きれば良いんじゃない?」
アウレオルスの言葉にタローはなんとなしに答える。
当然それの意味はタロー以外、誰も分からない。
「色々と知り合いがいるからさ。死んだつもりになって別の次元世界に行って、ほとぼりが覚めてから戻れば良いんじゃないかな?」
「そんな事、可能であるはずが……」
アウレオルスが言い切る前にタローはどこかに電話し始める。
「あ、もしもしグレアムさんですか? タローです。チームスタッフ1名確保なんですけど……はい……はい……はい。それで、彼の住む場所を……あ、大丈夫ですか。それじゃ明日、よろしくお願いします」
そう言って電話を切ると、アウレオルスの方を向く。
「アウさん、次元野球って興味ない?」
そんな事を言うタローは満面の笑みを浮かべていた。