第19話 取引
次元野球……それは地球ではなく、別の次元で行われているスポーツである。
魔法などが混在した
現在、次元世界で一番熱いスポーツで、熱狂的なファンも数多くいる。
(※詳しくは“野球少年?とリリカルなのは”をお読みください)
タローの説明をアングリと口を開けて聞いている一同。
「ってわけなんだけど……あれ、みんなどうしたの?」
「「「「「いや、それはないわ」」」」」
タローの言葉にみんなの気持ちが一つになった瞬間である。
そんな言葉にめげずに、タローはデバイスから映像機器を取り出す。
そして映像と共にタローが熱弁を振るう。
「ステイル……タローってこんな熱かったっけ?」
「いや、僕も付き合いは長くないんだが……」
呆れた表情で上条とステイルがコソコソと話をする。
タローが流している映像では炎の魔球が飛び交い、魔力の光が弾幕を張り、極太の桃色レーザーが全てを包む。
はっきり言って一昔前の必殺技が飛び交う野球漫画よりも酷い有様だ。
しかし、タローを知れば妙に説得力のある映像となる。
「これは凄いかも……」
「慄然。恐ろしいまでの未知……。こんな現実があっては、世界の全てをシミュレート出来るわけもない」
「楽しそう……」
妙に映像に食いついているのはインデックスとアウレオルスの2人だ。
その2人を見て微笑む姫神。
タローの熱弁が終わると、その3人は思わず拍手をしているほどである。
「おい、能力者……。僕はどこまでツッコミを入れればいいんだい?」
「さすがに俺の
「「はぁ〜」」
ステイルと上条は顔を見合わせて深いため息をつく。
あまり仲の良くない2人がここまで息が揃うとは、これも次元野球の効果なのか!?
そんな2人を全く気にせず、タローはアウレオルスに向き合う。
「そういうわけでアウさん、次元野球の事は分かってくれたかな?」
「愕然。我が錬金術の数々、これに挑戦する価値あり。どちらにしてもこの世界では生きては行けぬ故、貴様……いや、タローの誘いに乗ろう」
タローの言葉に胸を張って答えるアウレオルス。
姫神はそれを見て少しだけ寂しそうな顔をする。
「案ずるな。必ずや
「うん。待ってる」
そんな姫神の頭を撫でながらアウレオルスは優しく微笑む。
「うん、僕もその能力は封じておいて欲しいんだよね。知り合いにいっぱいいるからさ」
「……何がだ?」
「ん? 吸血鬼とかたくさん知り合いにいるよ。むしろ一族単位で……」
「「「「「いや、それはおかしい」」」」」
タローは吸血鬼=夜の一族と言う認識なので、直接面識があるだけで4名。
その誰かに頼めばきっと他の人達も紹介してもらえるだろう。
そこまでは言わなかったが、きっとアウレオルス知ったら今までの苦労が水の泡どころではなく、泣いて首を吊るレベルになりそうだ。
「それじゃ話がまとまった所で、そこで見て居る人は見逃して欲しいんだけど……駄目かな?」
タローが何もない空間に向かって話しかける。
周りに誰か居るのかと他のメンバーは辺りを見渡すが人影だけでなく、気配すら感じない。
「お、おい、タロー。お前何言ってんだ?」
「ん? これを使って見てる人に言ってるんだけど……」
タローが何もない空間を指で摘む仕草をして、それを上条に見せるが上条だけでなく他の全員が何も見えない。
それだけタローが摘んだものの大きさはとてもとても小さく、表現すとするなら70ナノメートルのシリコン塊だ。
そんなモノを肉眼で見えるのは存在しないだろう……タロー以外に。
「タロー。もし君が言っている者が僕の知っている存在なら、君の存在をあまり快く思っていないぞ」
「じゃあ、今回だけでなく前回もアリサが巻き込まれたのは僕のせい?」
ステイルの言葉にタローの表情が陰る。
タローには見えない誰かの笑い声が聞こえた気がした……。
タローはアリサと三沢塾から家に向かって帰っている。
アリサの手をタローから繋ぐと言う珍しい行動をしつつ……。
「ずっと教室に戻ってこないから心配したんだからね」
「…………」
アリサは照れてながらも口を開くが、タローは色々と頭の中で考え事をしていて返事をしない。
先程の校長室での会話の後、アウレオルスはステイルと一緒に学園都市を出ると言うこととなった。
ステイルは姫神を助け出すという任務を一応だが終了しているので、これ以上学園都市にいる必要はない。
学園都市から出た後、タローと連絡を取り合って、アウレオルスを逃亡させる手立てを揃えると言うことになっている。
「今日やったところは全部ノートにとってあるから、後でちゃんと見なさいよね」
「……うん」
姫神の事は上条が小萌先生にお願いすると言っていたので、特に問題は無さそうだが……。
そんな事を考えているせいか、アリサの言葉に上の空でタローは返事をする。
タローがいつもと違うことにアリサは気が付き足を止めるが、タローはそのまま歩いてしまい、繋いだ手が引っ張られてやっと気が付く。
「あれ、アリサどうしたの?」
「それはこっちのセリフよ! 明らかにタローはいつもと違っておかしいじゃない」
タローが振り返ると、アリサは本気で怒っている。
それに対してタローが口を開こうとすると、それより先にアリサが口を開く。
「あのね……あたしは小学校の時、タローに引っ張られているだけだったの。でも、色んな事を頑張って今は並んでるつもりなんだから!」
アリサの口調や表情は怒っているが、目元には薄っすらと涙を浮かべている。
それに気が付いたタローはアリサをギュッと抱きしめた。
「ごめん……色々あってさ。僕の頭だと整理付かなくって」
「ばか……。タローは馬鹿なんだから、そういうのはあたしに任せなさいよ……」
「そうだね。でも、ここだとアレだから一旦家に帰るよ」
そう言ってアリサをお姫様抱っこすると、されたアリサは迷わず首に手を回す。
一陣の風を残し、タローはビルや壁を足場にマンションへ最短距離で一直線に帰る。
表情がいつもの何も考えてない風に戻ったタローを見つめ、アリサは嬉しそうに微笑んでいた。
「……と言う訳なんだけど、学園都市から海鳴市に帰ろ」
ベランダから帰宅したタロー達を出迎えたイレインがお茶の用意を済ませ、それを飲みながらタローから説明を受ける。
そして、タローの意見にアリサが深いため息をつきながらも口を開く。
「うん、良く分かったわよ……。それじゃイレイン、タローのデバイスに必要な物だけ収納して貰える?」
「はい、お嬢様」
イレインは恭しく頭を下げると、タローから腕時計型デバイスを預かり、アリサの部屋へ入って行く。
このマンションにある必要な物=アリサの私物となるのは、タローが野球道具以外持っていないので当然と言えよう。
「今後の事を話すわよ」
アリサがタローに向かい合い瞳を見つめると、タローは無言で頷く。
「能力者は学園都市から許可無く出れない。特にあたしは
「うん、なんだかそんな話聞いた気がするね。外への技術漏洩とか色々あるからでしょ」
「そうね。他にも色いろあるんだけど、ここでは関係ないから説明しないわ。だから学園都市から出て海鳴市に帰っても、絡んでくる可能性がないとはいえないのよ」
アリサの言葉にタローは困った表情を浮かべるが、それを見てアリサはくすりと笑う。
「それなら逆に取引と言うかギャンブルを吹っ掛けてあげましょ。あたしとタローの2人が学園都市から逃げ切ったらもう関わらない。だけど、逃げきれなかったら総括理事の言うことに従う。例え暗部組織に入れと言うものでもね」
「暗部組織?」
「ええ。この学園都市っていうのは表が華やかなだけに、裏の世界は汚いものなのよ。
「アリサは関わっていないだけに、それが取引材料になるって事?」
「そうね。タローを排除したいけど、あたしはまだ利用したいなんて考えてるなら、いい取引になると思うのよね。向こうは負けてもタローを学園都市から追い出せて、勝てばあたしを従わせられる……」
そう言ってアリサは立ち上がって移動し、タローの横に座る。
「だから、タローは全力であたしを学園都市から攫い出してくれる?」
「囚われの姫を助け出す……姫がアリサなら、助け出すのは僕の仕事だね」
そう言って2人は顔を合わせて見つめ合い微笑む……。
あれから3時間後、イレインによって荷物は全てデバイスに詰め込みが終わり、遅めの夕飯を食べ終えて3人がゆっくりしていると、ベランダの窓がコンコンと叩かれる音がした。
全員の視線がそっちを向くが、カーテンが閉まっているためベランダに誰が居るかはわからない。
「おっと、
3人は顔を合わせて頷く。
「聞いてあげるわ」
「そいつは助かる。先程の第6位、
「分かったわ。勿論、学園都市から出さないように妨害をしてくるってことなんでしょ」
「当然だ。俺は関わらないが、他の暗部組織との鬼ごっこを楽しんでくれ」
「うん、分かったよ。えっと、貴方は確か当麻の友達だよね。よろしく伝えて下さいな」
タローの言葉にメッセンジャーがピクリと動く。
「何故そう思う?」
「いや、普通に気配が一緒だから……。ほら、アリサの作ったお弁当を当麻と取り合ってたでしょ」
タローは事も無げに伝えるが、ベランダの人物の動揺が伝わってくる。
「当たりみたいね。メッセンジャーさん、タローの事はタローだから仕方がないぐらいに思ってないと無理よ」
「……そのようだな」
アリサの言葉に若干溜息を漏らしつつ、メッセンジャーが諦めたように答える。
それを見てタローは満足気に頷く。
「ご主人様……決して褒めたりされているわけではありませんからね」
「え、そうなの?」
全く緊張感のない3人の会話にメッセンジャーは溜息を付きながら動き始める。
「それじゃ、俺は関係ないが幸運を祈るぜ」
「うん、ありがとうねー」
「ご苦労様。それじゃ、手筈通りイレインはお願いね」
「はい、お嬢様」
そしてメッセンジャーがベランダから立ち去ると、同時に玄関のドアが爆音とともに吹き飛んだ……。