第20話 鬼ごっこ
学園都市からの脱出をかけた鬼ごっこ。
スタートと同時に玄関のドアが爆音とともに吹き飛んだ。
そして室内にスプレー缶のようなものが投げ込まれ、激しい音と閃光に包まれる。
「これで終わりかな〜? 結局
耳栓と対閃光ゴーグルを着用した金髪碧眼の女子高生……フレンダ・セイヴェルンがそう言いながら室内に入ってくる。
しかし、室内は既にもぬけの殻であった。
「な、なんで居ない訳? ガラスが割れてるけど、もしかして……」
ベランダの窓が割れてカーテンがはためいていることに気がつくと、慌ててベランでに出て外を見渡す。
そこから見えるのはアリサをお姫様抱っこして落下していくタローの姿だった。
「ここって20階なんだけど自殺願望とか?」
呆れながら地面とキスをして潰れたトマトになる姿を想像しながらベランダから見ていると、空中を足場に跳ねて移動して行くという人間にあるまじき動きを見ることとなる……。
アリサを抱きかかえながらベランダから飛び出して、学園都市の外へ一直線に空中を走り抜けるタロー。
イレインは飛行ユニットを装着したため、既にその場から移動済みだ。
「いきなり部屋ごと攻撃されるとは思わなかったわ」
「そうだね。片付けが終わった後だから良かったけど、敷金とか戻ってくるかなー?」
タローの全く場違いで緊張感のない言葉に、アリサは思わず額に手を当て頭を左右に振る。
「……タロー、あれは学園都市からの奨学金で借りてたんだから、そういうのは無理でしょ」
「そっかー、それじゃ仕方がないね」
呆れたアリサの言葉にも、タローは呑気に返事をする。
「それでタローはいつの間に飛べるようになったの?」
「ん? 人間は普通飛べないよ。僕はその辺にある埃や塵を足場に走ってるだけさ」
「うん、流石にそれは……タローだからしかたがないのね」
アリサのスルースキルも無理なレベルに到達しそうなことをやっているが、70ナノメートルのシリコン塊を普通に掴んでいたことを思い出し、アリサは自分を納得させる。
そんな中、適度なビルの屋上に着地した2人は周りを見渡す。
「何、あの軍隊みたいなの?」
「あれって……
「
タローは佐天に教わった、その都市伝説を思い出す。
しかしアリサは首を左右に振る。
「それは捜索部隊で、これは猟犬部隊よ。暗部組織の1つで嗅覚センサーを使って追いかけて、殺す事に特化した部隊なの」
「嗅覚センサーがあるんじゃ、下に降りたら直ぐにバレそうだね。このままビルの上を跳ねながら行くしかないの……」
タローは言いかけ、アリサを抱きかかえて横に動く。
2人が先ほどまで居た位置には、巨大なコンクリートの塊がぶつかって砕ける。
「超惜しかったですね。そのまま当たれば楽だったのに」
巨大なコンクリートの塊を片手で持ったまま歩いてくる、タローやアリサと同じぐらいの年齢の少女……
そしてまたもや投げつけるが、タローは普通に移動して避ける。
「ちょこまかと……超当たって下さい!」
「当たると痛そうだよ」
そう言ってタローはドンドンと投げられるものを避ける。
そんなタローを心配気にアリサは口を開く。
「タロー、あたしを抱えたまま動くと大変なんじゃない?」
「そんな事ないよ。アリサは軽いから、しっかり抱きしめてないとどこかに飛んで行っちゃいそうだから……」
「もぉ……ばか」
「なんだか……超ムカつきます……」
いつものタローとアリサの空間を派生しつつ回避していると、絹旗は苛つき度がどんどん上がって行く。
それに合わせて投げてるコンクリート片は威力を増している感じがある。
「そう言えばそこの君、その圧縮した窒素の塊を制御して物を投げてるけど、野球のボールは投げられるかい?」
「「!?」」
タローの言葉にアリサと絹旗は驚く。
絹旗は自分の能力“
「能力を見破られた以上、超説明してあげます!」
「いや、別にイイよ。ボールを投げられるかが気になるだけだし」
「……なんだか超訳の分からない人ですね。そんなボールで良ければいくらでも投げられますよ」
「それじゃ、野球をやろう!」
絹旗の言葉にタローは楽しそうに笑い、アリサは思わず額に手を当てる。
「アリサは先に行ってて。直ぐに追いつくから」
「はいはい、どーせこんなことになると思ったわよ」
タローからそっと降ろされたアリサは溜息を付きつつ、背中に炎の翼を生やす。
「そこの貴女、さすがに能力差がある上に、2人いる目標を同時に相手にしようとは考えないでしょ。タローは置いていってあげるから、倒せたらあたしを追いかけてきなさい」
「え? えっと……」
アリサの言葉を絹旗が理解しようとしている隙に、アリサは炎の翼を羽ばたかせ飛んで行ってしまった。
それに気が付いた絹旗が慌てて手に持つ物を投げつけようとするが、先程まで持っていたはずのコンクリート片がない。
正確にはコンクリート片ではなく、ボールをいつの間にか手にしていることに気が付き驚く。
「うん、そんな物騒なものを投げるよりそれを思い切り投げて欲しいな」
絹旗の真横でタローがそう呟く。
慌てて振り向くが、ニコニコとしたタローと目が合うだけだ。
それを見て溜息を思わず付いてしまった絹旗は悪くないと思う。
「それでこのボールを超貴方に投げつければ良いんですね」
「そうだね。ルールとかストライクゾーンとか分からないだろうから、それで一向にかまわないよ」
タローはそう言って絹旗から数歩離れると、デバイスからバットを取り出し素振りを始める。
それをチャンスと思った絹旗は、素振りをしているタローの脳天めがけボールを投げつけた。
「あれ?」
気がつくと、絹旗の投げたボールは遥か遠くの夜空に消えて行くのが見えた。
タローは何事もなかったように、素振りを終わらせてバッティングフォームを取る。
「今のはウォーミングアップだよね。さ、次行こうか」
その言葉に我に返った絹旗が、足元においてあったボールを掴み全力で投げつける。
しかし、そのボールも遥か彼方へ打ち返される。
「超馬鹿にして……ボールなんかじゃなくって、これなら……」
ボールではなくこのビルの屋上にある給水タンクを土台ごと持ち上げ口を開く。
「これが打ち返せるなら、超見逃してあげますよ!」
「そっか、そんなんで良いんだ」
その言葉に絹旗はタローめがけて全力で投げつけるが、タローのバットは給水タンクを破壊せず、元々あった場所にピンポイントで打ち返す。
絹旗はそれを見てペタリとその場で座り込んでしまう。
「うん、結構面白いものを打ち返せたよ」
「超訳が分かりません! 貴方は一体何者なんですか!」
「あれ? てっきり追いかけてきてるから名前を知ってるかと思ったんだけど……」
座り込んだままタローを指さし問いかける絹旗に、頭を掻きながらタローは笑う。
「一ノ瀬太郎ってことは超知ってます! だけど能力があんな馬鹿げてるだなんて……」
「うーん、能力であって能力じゃないんだよ。むしろ技術?」
「そんな……超何なんですか!?」
タローの言葉を全く理解できず絹旗は大きな声を上げる。
「僕は野球選手さ」
「それは超ないです」
絹旗はタローの言葉に思わず冷静に突っ込んでしまった。
しかし、そんな言葉は聞き慣れているため、タローは全く気にせず口を開く。
「それじゃ、約束通り見逃してもらうね。アリサを追いかけなきゃ」
そう言って絹旗に背を向けてビルの屋上から飛び出して行く。
その背中をポカンと座り込んだまま見つめる絹旗。
「空中を走って行くとか、野球選手だからとか超関係ないですよね……」
非公式勝負
絹旗最愛
VS
野球少年
一之瀬太郎
勝者、タロー。
タローが野球してる間になるべく距離を稼ごうと、アリサは速度を上げて学園都市の外を目指す。
ここまで能力を使いこなして飛行できるのは、能力の特性などもあって誰もが飛べるというわけではないが、
「先にあたしがここから出て、タローを待っててあげるってのも良いわよね」
遅かったわねと言ってキスを強請ろうかしらと考えているアリサに向かって、ビルの屋上から白く輝く光線が打ち込まれる。
ギリギリで気が付いたアリサは緊急回避で何とか避けるが、バランスを崩して高度をかなり落としてしまった。
「電子……粒機波形高速砲ね」
「あら、一発で分かるだなんて優秀ね。
「!?」
ビルの屋上にはアリサも知っている人物……同じ
2人の
「それにしても空を飛ぶだなんて器用な真似をするわね。まるでハエみたい」
麦野はそう言って粒機波形高速砲……白く輝く光線を放出し、アリサを狙い打つ。
それを飛行速度を上げてアリサは避ける。
「ブンブン、飛んで避けて……やっぱりハエかよアンタ!」
「うっさいわね! 人が好きな人とこの街から出るのを邪魔してんじゃないわよ!」
麦野からの光線を避けながら、アリサは火の球を自分の周りから撃ち出す。
しかし麦野はその場から一歩も動かず、その火球を光線で撃ち抜く。
「なんで私に楯突くのかなー? 第6位は第4位に勝てないんだにゃーん」
「その序列は能力研究における応用価値から生まれる利益が基準でしょ! あたしの
アリサが冷静に突っ込むが、麦野は鼻で笑う。
「あらあら、負け惜しみかい……お嬢ちゃん!」
「ウルサイわね……オバサン」
「……ぶち殺し確定ね!」
麦野の売り言葉に買い言葉で放ったアリサの一言は、麦野の逆鱗を見事刺激したようだ。
それによって麦野から放たれる光線の量が一気に増える。
「あたしも年下に言われたら怒りそうな言葉だけど、あそこまで怒らなくても良いと思うわね」
「殺す殺す殺す!」
完全にブチ切れた麦野を上空からアリサが眺めながら呟くが、そんな声は誰にも届かない。