第21話 神の一打
アリサと麦野は戦闘中だ。
上空にいるアリサに対して麦野が
「これって、あたしが逃げの一手なら麦野は飛行できないから、簡単に振りきれるんじゃないかしら?」
アリサがそんなことをボソリと呟くが、答えを言ってくれる人は誰も居ない。
しかし、ふと先ほどのタローを思い浮かべると、妨害してきた能力者に野球勝負を吹っ掛けていた。
つまりここを自分が通過するということは、後から来たタローが野球勝負をするだけであろう。
「それは結局あたしが何もしていないのと同じなのよね……。それならコレぐらいはあたしが倒しておかなきゃ」
そう呟き炎の翼をはためかせ空中に静止する。
それを見た麦野は目を細めてニヤリと笑う。
「おやおや、逃げるのはそろそろ止めたのかにゃーん?」
「そうよ。今、あたしはタローの隣に立っているんだもん。アンタの相手ぐらいあたしがやらないとね!」
麦野の言葉にアリサは胸を張って答える。
しかしそれは麦野の神経を逆なでする行為であった。
「おいおい、たかが
「良いのよ! 他の誰からも理解されなくても、あたしはタローの横に立つの!」
「「…………」」
お互いを理解できず、2人の
「あたしのために引きなさい!」
「ぶち殺し確定ね!」
夜の空に赤い熱線と白い光線が交差する!
「おいおい……空を走るなんざ、随分メルヘンなことしてんじゃねーか」
空中を走りアリサを追いかけているタローの前に、天使のような6枚の発光する翼を背中に生やした新人ホストのような風貌の男が立ち塞がる。
「いや、メルヘン度はキミの方が高そうだけど……」
「自覚はある!」
「いや、自信満々に言われても……」
タローの言葉に男がそう答えた瞬間、タローは何かに踏みつけられたような圧力を受け、ビルの屋上に叩きつけられる。
叩きつけられたものの普通に立っているタローの正面に男が降りる。
「随分簡単に終わったかと思えば無傷とは……おもしれぇなテメェ」
「僕としても今のは面白かったけど……なんだいアレは?」
タローの言葉に男は大きく笑い始める。
その笑いにタローは首を傾げて不思議な表情を浮かべた。
「おいおい、敵対してる相手にそんな質問たぁ、随分と頭がメデてぇな。おし、分かった。特別に説明してやんぜ! 俺は
「なるほど……ていと君か」
「ていと君って呼ぶんじゃねー!」
垣根の言葉に対しタローは普通に愛称で呼んだのだが、それは彼の逆鱗に触れることとなった。
その瞬間正体不明の爆発がタローの真後ろで起きるが、タローはすでにその場にはいない。
「今のを避けるかフツー?」
「いきなり真後ろで爆発したらビックリするよ」
「ビックリさせるつもりでやった訳じゃねぇんだが……なんか調子狂うな」
そう言って垣根は頭を掻くが、タローはニコニコと笑っている。
「まぁ、お前さんを学園都市の外に出さなければ良いだけの仕事なんだが……どーにも面白くねぇ」
「僕は急いでるから早めに通してくれると有り難いんだけど……それとも僕と野球する?」
「意味が分かんねぇ! なんだよそれ。だいたいスポーツだぁ!? あんなもん、努力やら希望やらをまだ信じてるガキ共の遊びだろーがっ!」
タローの言葉を冗談として受け取り馬鹿にした垣根だが、その瞬間タローからの突風のようなものが発生し、数歩後ろに下がる。
「今……なんて言ったんだい?」
低めの声でそう言うタローに睨まれ、垣根の背筋に冷たい汗が垂れる。
垣根の頭の中では、生存本能に従って警戒のアラームが鳴り響いていた。
しかし、暗部組織でやっている垣根には強固なプライドがあり、それによってアラームを押し込める。
「野球なんてもんはガキの遊びって言ったんだよ。そんなもんに命なんか賭けられる訳でもねーくせに、粋がってんじゃねぇよ」
「賭けられるよ」
「はぁ?」
垣根の言葉に間髪入れずタローは答える。
しかし、それは逆に垣根の理解を超えた言葉だった。
「野球は命を賭けるに値する球技だよ。少なくても僕はそう思っている」
「じゃあ、この俺がボールを投げてやるから、それを3球中1本でも打ち返せたら学園都市を出るまで守ってやるよ。その代わり3球全部抑えられたら、テメェの命は貰うってのはどうだ?」
「うーん……」
垣根の言葉にタローは少し考える様子を見せる。
それに対して垣根は馬鹿にしたように笑う。
「おいおい、命を賭けるってのは嘘なのか?」
「3球中1本ってのは、ちょっと厳しいんじゃないかな」
「自信がねぇなら5球投げてやろうか?」
「うーん……」
タローは首を傾げ悩む仕草をするが、いい案が浮かんだとポンと手を叩く。
「うん、5球中4本で良いよ」
「はあ?」
タローの言葉を垣根は理解できなかった。
そのため、タローが分かりやすく説明する次の言葉は、馬鹿にされている風に取ってしまう。
「だから、ていと君が5球投げて4本打てば僕の勝ち。3本以下だとていと君の勝ちってことで……」
「何ふざけたこと言ってんだよ!」
「いや、ちゃんとストライクゾーンに投げてくれれば、どんな球でも打ってみせるよ」
「……後悔すんなよ」
垣根は暗部組織に属している。
日々、危険な任務を乗り越えるため身体は常に鍛えている。
そして、
「んじゃ、まずは打ってみろよ」
そんな彼がタローより受け取った白球を握り、振りかぶって投げれば時速150kmぐらい簡単に出せる。
しかし、タローはいつもの構えからバットを振り抜く。
その瞬間、垣根の横を白球が通り抜けて行った。
「へ?」
垣根は後ろを振り向くが、打球は遥か遠くに飛んで行く。
着弾点は確認できないが、お約束で窓のないビルに直撃しているだろう。
垣根はおおきく振りかぶってもう1球、先程よりも速い速度で……時速200kmのストレートを投げ込むが、またもや打ち返され、打球は星となって消える。
「がっかりだよ第2位。
「ムカついた。次から能力使ってやるよ!」
そう言って垣根は白球を握りこむ。
そして背中に天使のような白い6枚の翼を生やし、能力を使って投げ込む。
投げたボールは七色に輝き、7つに別れ飛んで来る。
「俺の
「それはまだ常識の範囲だよ」
タローの一振りで7つに別れたボールは全て打ち返される。
呆気にとられる垣根だが、タロー相手にこれぐらいを常識の枠に捉えては無駄だろう。
当然タローは楽しげな表情を浮かべ、次は何が来るのかとワクワクして待っている。
「……バッカじゃねぇの! ばっかじゃねーの! テメェと野球なんてやってられっかってんだよ!」
垣根はふと我に返り、大声で喚き散らす。
そしてその声に応じるように、6枚の翼が一気に力を蓄え、長さを変え、質量を変え、殺人兵器と化した白い翼が広がった。
まるで引き絞られた弓のようにしなり、その照準をタローの急所6箇所へ正確に定められる。
「それがキミの本気かい? ならば僕もしっかりと受け止めるよ」
タローはそう言うと、背筋を伸ばして後傾気味に重心を取り、右手でバットを垂直に揃え、左手を右上腕部に添える動作を行う。
「くたばれ!」
6枚の翼……いや、6つの光がタローに襲いかかる。
その瞬間タローは、誰よりも早く、誰よりも力強く、全力を持ってバットを振り抜いた。
「
その瞬間、強烈な光と衝撃波が発生する。
6つの光の奔流はたった一振りで消え去た。
天使は神の御使い……天使の羽は神の一打によって無に還る。
「さ、これで問題なく僕は進ませてもらうよ」
タローはそう言ってバットをデバイスに仕舞い、ゆっくりとビルの端に歩いて行く。
膝を付きガックリと項垂れている垣根はその背中に問いかける。
「てめぇ……一体何もんなんだよ……」
「ん? そういえば名乗ってなかったね。僕の名前は一之瀬太郎……」
ゆっくりとタローは後ろを振り返り、垣根の顔を見る。
「……野球選手さ!」
その楽しそうな笑顔を向けられた垣根は一言も発せず、前を向き空中を走り去って行くタローの背中を見つめるしかなかった。
「俺の常識は……野球選手には通用しねぇのか……」
垣根の呟きは夜の街に消えて行く。
タローが走って行く先には、崩壊したビルと空中で息切れ気味のアリサを見つける。
「アリサ……随分と派手にやったね」
「はぁ……はぁ……。ちゃんと熱反応が全くないことは確認したし、廃ビルだったから問題ないはずよ」
アリサと麦野の戦闘は熾烈を極めたものの、相手を殺そうとして攻撃してくる麦野に対し、相手に攻撃しつつも真の目的は足場の破壊としたアリサでは、勝負の結果もこうなるであろう。
戦闘の余波によってアリサの服は破れ、下着がチラチラと見えている。
そんなアリサの姿に溜息を付きつつも、タローはアリサを抱きかかえる。
「ちょ、ちょっと、いきなり何してるのよ!」
動揺しながらも抱きかかえられたことによって炎の翼を消したアリサに、タローは自分の着ていたユニフォームの上着を羽織らせる。
その行為によって自分があられもない姿になっていることに気が付き、顔を赤らめる。
「もう……ちゃんと口で言いなさいよね」
「いや、そろそろ時間だから目立つ炎の翼を早く消して欲しかったからさ」
タローの言葉を合図に学園都市の電気が徐々に消えて行く。
そして数分後、あたりは完全な闇と化した。
「イレインは上手くやったみたいね」
「それでも直ぐに復旧するだろうから、早めに行こうね」
アリサの返事を待たずにタローは空を走り抜ける。
一直線に学園都市の外へ向かって……。