第3話 もう何も怖くない
魔女が消滅したことにより結界が消えた。
そこには何かが1つ落ちている。
下部は針状になっており中央部には黒い球、上部にはエンブレムが模してある。
「これは魔女から出たものかな?」
カードを手の中で遊ばせていたクロノは、興味深そうにそれを拾い呟く。
しかし誰も答えず、妙な緊張感が辺りを支配している。
職務上、空気を読めない(読まない)等と言われることの多いクロノだが、人一倍周りの雰囲気には敏感だ。
「とりあえずこれは置いておいて……キミ、立てるかい?」
マミにクロノは手を差し伸べるが、マミは首を左右に振る。
「だ、駄目……。ホッとしたら腰が抜けちゃって……」
「そうか……なら仕方がない」
マミの答えを聞くとクロノは無造作にマミを抱き上げる。
「きゃ」
マミの小さな悲鳴はクロノにしか聞こえないが、あえて聞かなかったフリをする。
「丁度ここは病院だから、受診して行くかい? それとも家に帰りたい?」
「え、えっと……」
「マミさん平気ですか?」
「無理しないで下さいよー」
マミが返事に戸惑っていると、まどかとさやかが心配そうに見上げている。
その隙にほむらは音も立てず消えていた……。
(彼女の動向は僕はマークしていた。そしてサーチャーで見える範囲を瞬間的に現れたり消えたりする……。ショートジャンプ……テレポート系の能力か?)
「じゃあ、友達も心配しているから病院へ行こうか」
「は、はい……」
クロノの言葉にマミは顔を赤くしながら頷く。
巴マミ中学3年生。
未だ男性に対する免疫は付いていない!
病院内では車椅子をかり、腰を抜かしている状態でも移動は可能となる。
そして診察の結果、過労もあるため1人での帰宅は許されず、数日の入院となってしまった。
「ホント、ごめんなさいね。ここまで色々としていただいて……」
「いや、別に構わないよ。えっと……巴さん」
「マミで良いわ。私の方が年下なんですし……その代わりクロノさんと呼んでも良いかしら?」
「あぁ、よろしくマミ」
診察を受ける待ち時間などを利用して4人は自己紹介を済ませた。
病院での手続きにクロノを除く3人は当然慣れておらず、クロノが全て済ませてくれた。
そのため警戒心も薄れ、助けに来てくれた男性という認識になっている。
「はいはーい、私もさやかで良いよー」
「もぅ、さやかちゃんてば! あ、私もまどかって呼んで下さい」
「うん、さやかにまどかもよろしく」
(クロノ、中学生の少女を誑かしているところ悪いけど報告だ)
(なっ! 僕はそんな事していない!)
(はいはい。それでもう1人居た魔法少女の自宅は分かったよ。ついでに名前は暁美ほむら。そこにいるまどかとさやかのクラスメイトだ)
(相変わらず仕事が速いな)
ユーノの報告にクロノは感心するが、この街全体にサーチャーを張り巡らしたユーノに死角はないも当然だ。
更に今回関係した4名の家には追加のサーチャーをバラ撒いてある。
(僕はひとまずマンションに戻るよ。さすがにクロノの10倍もサーチャーを担当させられたんじゃ疲れもするさ)
(そうか、それはご苦労様。僕の方はユーノのことをこの子たちに伝えたら帰るとするかな)
(まて、なんて伝える気だ!)
(さてね? それじゃまた後で)
(おい、クロノ!)
念波を突然切られてしまい不安に駆られるユーノ。
しかし何をする事もできないので、大人しく帰路についた。
「さて、そろそろ僕は帰るけど、君たちはどうするんだい?」
上手く個室に入院できることとなったマミ達にクロノは伝える。
「あ、私も帰ります。さやかちゃんは?」
「えっと、私は……その……」
口篭るさやかを見てマミとまどかは思わず噴出す。
「なんで笑うかなー」
「だって、さやかちゃん。上条くんに会いに行くんでしょ」
「そう言えばこの病院に入院してるのよね。だから魔女の結界を発見するのも早かったのね」
「いやいや、何を言っているんですかマミさん」
2人の言葉を受けて、慌てつつも軽く頬を赤らめるさやか。
「うふふ、お姉さんの情報網を甘く見ないでね」
そう言ってマミの視線をさやかが追うと、そこにいるのはまどかだった。
まどかは教えた事が間接的にバレたことに顔を背けて誤魔化している。
「まぁ、あまり遅くまでいると面会時間が終わってしまうからな。じゃあ、僕はまどかを送っていくから、さやかは気をつけて帰るんだぞ」
「はい」
クロノの言葉にさやかは素直に返事をするが、まどかは若干戸惑う。
「え、送って行ってくれるんですか?」
「あぁ、バイクでヘルメットもあるから家さえ教えてくれればすぐだよ。それではマミ、また見舞いに来るからな」
「あ、マミさんお大事にして下さい」
「また明日来ますからねー」
「はい、クロノさん色々とありがとうございます。2人とも気をつけてね」
3人はマミに別れを告げ、病室から出る。
そしてさやかとも別れ、クロノはバイクでまどかを家へ送り届ける。
ほむらがそれを監視していることに気が付きながら……。
「クックック。ほら、早く行かないと遅刻するぞユーノ」
「他人事だと思って……」
見滝原中学校の白い制服を身にまとったユーノを見て、クロノが笑っている。
実は冗談で女物の制服を用意しようとしていたのはクロノだけの秘密だ。
「僕が学校に行ってる間の仕事は頼んだよ」
「あぁ。あの白いのを本体にバレないように捕まえておくさ」
「出来れば数匹頼むね。アレの術式の解析ができないことには、本体に辿り着けないからさ」
既にこの街に何匹もインキュベーターが居ることに気がついている2人。
分体をいくら潰しても無駄なのは、無限書庫での情報で明らかだ。
だからこそ、リンクする分体の術式を解析し、逆探知しようとしている。
「他の問題はこの街を中心に起きている次元震だな。まぁ、それがなければインキュベーターの存在に気が付けなかったわけだが……」
「それは起こしている本人に聞くか、時間を掛けて調べないと分からないね。その辺は後回しに……出来ないから困るね」
「それはともかく遅刻するぞ!」
「初日から遅刻はマズいって。それじゃクロノ、後はよろしく」
「あぁ、行ってらっしゃーい」
クロノに見送られてユーノは見滝原中学校へ向かう。
高町家で鍛えられた脚力を持って、遅刻しないように急いで……。
「何でこの学校ガラス張りなんだろう?」
何とか間に合い職員室へ向かうユーノは思わず呟く。
職員室で事務的な手続きをすませ、ソファーに座りながら考える。
とある親友を基準に考えれば、この街におかしなことはない。
数ある次元世界でも彼だけは別枠の存在なので、ユーノはそうやって自分を納得させる事に慣れている。
「
「はい」
教師の誘導でユーノは教室へ向かう。
そして教室の前でしばらく待たされると、中から教師が呼ぶ声がしたので教室に入って行くユーノ。
教室に入ると女性とのため息が聞こえる。
「はーい、それじゃ自己紹介いってみようー」
「ユーノ・
そして頭を下げる。
クラスメイトから拍手で迎えられ、ユーノは安堵の表情を浮かべ頭を上げる。
それによりこのクラスにまどかとさやか、ほむらがいることに気が付くが、ポーカーフェイスはユーノの得意分野だ。
(クロノ!)
(なんだ? 自己紹介でボケたけど誰もツッコんでくれなかったのか?)
(さすがにそんな事は、はやてでもやらないよ。それより同じクラスにまどかとさやか、そしてほむらがいるんだけど)
(なんだと!?)
(しかもほむらに凄く睨まれてるんだけど、僕って何かしたっけ?)
(うーん、情報不足だな。今は追跡中で忙しいから、とりあえずその辺は夜にでも話をしよう)
そう言ってクロノからの念話は一方的に切られる。
その間マルチタスクでクラスメイトの質問に対し、当たり障りのない回答をしている。
そして授業が始まるが、ユーノの学力では問題が全くない。
時間はあっさりと経過して昼休み。
それまで近寄って来なかったさやかが、まどかを連れてユーノの元にやってくる。
「高町さんって、クロノさんが言っていた人かな?」
「クロノが僕と同じ中学生の知り合いが出来たから話をしておくって言ってたけど、それは鹿目さんと美樹さんかな?」
一体なんて話をしたのか不安になりつつ、笑顔でユーノは答える。
「う、うん。それにしても2人目の転校生もこのクラスってびっくりだよね」
「そうだねー。2人とも転校生って呼ぶと被っちゃうから、高町さんって呼んだほうがいいかな?」
「僕はユーノで良いよ。苗字で呼ばれるのは慣れてないからさ」
「じゃあ、私もさやかでイイよ」
「あ、私もまどかで……いいです」
さやかに釣られてまどかも口にするが、男の人に名前で呼ばれるのは恥ずかしいのか、語尾は小さくなって行く。
その瞬間、ほむらからの視線が強くなった気がするが、ユーノは背中に汗をかきつつスルーすることにした。
(この子は何にこだわってるんだろう……? そしてインキュベーターと契約している魔法少女なら、何が願いなんだ?)
「……でね、ユーノは行くでしょ」
「え、あ、あぁ」
「じゃあ、放課後ね」
そう言ってさやかはまどかを連れて自席に帰って行く。
思考の海に入りマルチタスクを切っていたユーノは、さやかの問に曖昧な返事を返してしまった。
それがマミの見舞いにユーノが付き合う事となったと気が付くのは、授業が全て終わった放課後の事だった……。