第4話 それはとっても嬉しいなって
マミの病室にてクロノとマミが朗らかに談笑している。
その病室の前でまどかとさやか、付き合わされたユーノは病室に入れずに居た。
「ねぇ、マミさん何だか良い感じだよね」
「さやかちゃん、盗み聞きとか覗き見はいけないよ」
「でも、まどかだって気になるだろ」
「そ、それは……」
そんな2人を見てユーノはコッソリ溜息を付く。
廊下でこんなことをしていたら、明らかに不審者だ。
「2人共、さすがにここで待つわけも行かないから、どこかで時間を潰さないかい?」
「そ、そうだよさやかちゃん。私たちは中庭で待ってるから、さやかちゃんは上条くんの所へ……ね」
「ななな、何をまどかは言ってるのかな?」
まどかの提案に明らかにさやかは動揺する。
しかし、まどかは変わらずニコニコしているし、ユーノは理解出来ていないだけかもしれないが口を挟まない。
「もうすぐ上条くんは退院できるんでしょ」
「え、あ、うん」
「だから、終わったら中庭に呼びに来てね。行こユーノ君」
「うん。さやか、ごゆっくり」
「もー2人共ー!」
2人のからかうような言葉に、さやかは怒るような仕草をするが、2人が中庭に向かう姿を見て上条の病室へ向かう。
「恭介、入るよ」
病室へさやかが入って行くと、上条はさやかの声に返事もせず窓の外を眺めていた。
「どうしたのさ」
いつもと違う雰囲気にさやかは心配気な声をかける。
その声でやっと気が付いたように上条はさやかの方を向く。
「……さやか」
「あのさ、恭介。新しいCD買ってきたんだ……一緒に聞こうよ」
「やめてくれ。今はそんな気分じゃないんだ」
さやかの言葉に上条は強い口調で答える。
「何があったの?」
「僕の指……動かなくなった僕のこの手」
そう言って上条は震える自分の手をじっと見つめる。
「医者から言われたんだ……。今の医学じゃ治る見込みがないって……」
「恭介、でも諦めなければ……」
「もう無理なんだよ! 僕はもう、あの頃みたいにヴァイオリンは弾けない。音楽なんてもう……くそっ!」
そして上条は震える腕をベッドに叩きつける。
さやかはそれを体を張って止める。
「恭介!」
「慰めなんていらない」
「でも……」
「もう治らないんだ。奇跡や魔法でもない限り……」
「奇跡……魔法……」
さやかの脳裏に浮かぶのはキュウべえの姿。
そして震えながら涙を流す上条をさやかは見つめる。
「あきらめないで恭介。奇跡も、魔法もあるんだよ!」
「いい加減なことを言うなよ」
「いい加減なんかじゃないよ!」
そう言ってさやかは病室を飛び出す。
キュウべえを探すために……。
そして廊下の角を曲がったところで1人の男性にぶつかり、さやかは体勢を崩してしまう。
「キャッ!」
目を瞑って衝撃に備えるが、一向に衝撃は来ない。
さやかは恐る恐る目を開けると、そこにはユーノの顔があり、さやかが転ばないように抱きしめていた。
「大丈夫? 廊下は走ると危ないよ」
「え、あ、ユーノ……?」
「うん、そうだよ。そんなに急いでどこに行くんだい?」
さやかはユーノに抱きしめられている自分の姿に気が付き、慌ててユーノから離れる。
そんなさやかの姿をユーノは優しく見つめる。
「え、あ、ありがとう」
「うん。それよりさやかはキュウべえを探していたんじゃないのかい?」
「!?」
突然のユーノの言葉にさやかの思考が止まる。
何でユーノがその事を知っているのか……。
「まさかとは思うけど、さやかはキュウべえと契約しようとしているのかな?」
さやかが息を呑むが、ユーノは言葉を続ける。
「例えば、ここの病院に入院している幼馴染の怪我を治すために……とか」
「だ、だったらなんだって言うのよ!」
その言葉にさやかは我に返り、ユーノを睨みつける。
ユーノは動揺することなく、さやかの瞳を見つめかえす。
「昨日のクロノが助けに来なければ、あの魔法少女は死んでた。それだけ過酷な運命を背負う魔法少女に、さやかはなるつもりなのかい?」
「ユーノには関係無いでしょ! 幼馴染が……恭介がどれだけヴァイオリンに……音楽に情熱をかけていたか私は知っているの! そんな恭介のためなら私のことなんて!」
ユーノの言葉にさやかは叫ぶ。
その叫びは心の声。
さやかがどれだけ優しい少女なのか、ユーノは一人の少女と重ねて思う。
「僕には関係ないかもしれないけど、さやかが人に対して思うように、さやかを思う人はどうなのかな? 例えばまどかは、さやかが戦いの運命に身を投じることをどう思うだろう」
「ま・ど・か……」
「そして、そんな事をされてまで治ったことを知った恭介は? 人の犠牲の上に成り立つ幸せなんて望まないんじゃないかい」
「……」
ユーノの言葉にさやかは俯いてしまう。
確かに恭介を治してあげたい気持ちは本当だが、安易な奇跡に頼ってしまうべきなのか……。
「まぁ、僕も人のことは言えないんだけどね。頼れるものには頼ってしまうし、縋れるものには縋ってしまうんだよ」
俯いたさやかにユーノは優しい声をかける。
そして思い浮かべるのは1人の少女との出会い。
過酷な運命に巻き込んでしまいながらも、不屈の心で共に立ち向かってくれる少女。
「じゃ、行こうか」
「え?」
いきなりのユーノの言葉にさやかはキョトンとする。
「ちょっとだけズルいけど、奇跡に頼らないで魔法にだけ頼ろうか」
「え? え?」
「恭介の病室へ案内してくれるかい? 僕は悪魔の契約と違って何も対価は求めないさ」
そう言ってユーノは指を鳴らすと、ズレていた空間が元に戻る。
得意の封時結界を解除し、呆然とするさやかを置いてユーノは歩いて行く。
「ちょ、え、何? ユーノってば!」
さやかは慌ててユーノを追いかける。
そんなさやかをユーノは優しく笑いかけながらも歩いて行った。
さやかとユーノが病室に入ると、先程よりは落ち着いた上条が迎える。
しかし初めて見るユーノに対して警戒した表情を浮かべた。
そんな上条にユーノは笑顔で挨拶をする。
「初めまして。僕はユーノ・S・タカマチ。今日、同じクラスに転校してきたんだ」
「えっと、僕は上条恭介。タカマチさん初めまして」
「タカマチは呼ばれ慣れてないから、ユーノで良いよ。僕は恭介って呼んで良いかな?」
「え、あ、うん。よろしくユーノ」
上条は驚きながらも、無害なユーノの笑顔に引っ張られ自己紹介を済ませる。
さやかは何もできずオロオロしているが……。
「恭介はヴァイオリン奏者だって聞いたけど、怪我だけで全てを諦めたのかい?」
「「!?」」
いきなりのユーノの言葉に恭介だけでなく、さやかまで言葉をなくす。
しかし構わずユーノは続ける。
「以前のように指が動かせない程度で、ヴァイオリンだけでなく音楽まで捨ててしまうのかと聞いているんだよ」
「そんなことっ!」
「僕は音楽に詳しいわけじゃないけど、自分でヴァイオリンが弾けなければ、弾ける子を育てれば良い。自分の代わりに弾いてもらう曲を作れば良い。音楽はヴァイオリンだけなのかい?」
上条の声をユーノは故意に無視して話を続ける。
ユーノは思い浮かべる……もう一度空へ飛び立とうとした1人の少女の姿を。
「恭介は憂鬱な雰囲気に酔って、周りに甘えているだけのお子様なんだよ」
「ちょっと、ユーノ!」
「……違う」
ユーノの言葉にさやかは声を荒げる。
しかし上条の呟きを聞いて、さやかは上条の顔を見つめる。
「僕は諦めていない! 例えヴァイオリンが弾けなくなっても……僕は音楽が好きなんだ!」
「恭介……」
上条の言葉にさやかは嬉しそうに笑う。
そしてユーノは満足そうに頷く。
「そんな恭介には魔法と奇跡の押し売りだよ。後は2人で頑張ってね」
ユーノはそう言うと指を一度鳴らして病室を出て行く。
その姿に唖然として、思わず顔を見合わせる2人。
「何だったんだ……?」
「えーっと……私も良く分からない」
そう言って2人は笑い始める。
上条が入院してから初めて病室に笑い声が響き渡る。
その笑いが収まると、上条はさやかに頭を下げる。
「ごめん、さやか」
「ど、どうしたんだよ一体」
「僕がバカだった……。さやかは全然悪くないのに、キミや家族に八つ当たりをして……。本当にバカだよね」
その言葉に驚くさやか。
上条は頭を上げ、強い意志の灯った瞳で自分の手を見つめる。
そうすると自分の手に違和感を感じる。
「恭介?」
その訝しげな表情を浮かべる上条を、さやかが心配気に見つめる。
「あれ……何で……?」
「どうしたの恭介? 手が痛いのか?」
「違う……痛いんじゃないんだ……」
そしてさやかの前に手を伸ばし、ゆっくりと動かなかったはずの指を動かす。
動かすのには凄い集中力と、多少の傷みを伴うが確かに動いている。
「恭介の指が……」
「動くんだ……。まだ動かすのは大変だけど……動くんだ……」
そう言ってさやかの顔を上条は見る。
さやかはすでに涙を流していた。
上条はそんなさやかを見て、やっと実感が湧いてきた。
「さやか……これから今までみたいに動かせる様に、リハビリを頑張るんだ」
「うん」
「さやかにはヴァイオリンを弾ける様になったら、聞いて欲しいんだ」
「うん、うん」
上条の言葉に泣きながらさやかは頷く。
そんなさやかの頭を、動くようになった手で上条は無でる。
「さやかは泣き虫だな~」
「泣かせてるのは恭介だろ」
「そうかな?」
「そうだよ!」
「そっか……ごめんね」
「もう……知らない」
その後も病室では、いつまでもそんな会話が繰り返されていた。