第5話 こんなの絶対おかしいよ
見滝原の隣町。
そこで一番高いビルの上、電気すらついていない時間帯である真夜中。
赤く長い髪を後ろで束ねた少女はお菓子を食べながら、夜の街を眺めている。
いや、その方角の先には見滝原があるはずだ。
「巴マミが戦線離脱ってのはどういうことだ?」
視線はそのままで、少女後ろから近付くモノに声をかける。
(魔女狩りの失敗……)
「それじゃマミはくたばったのか?」
(いや、イレギュラーの存在で助かったよ。それで魔女狩りが出来ないなら、意味はあまりないと思うけどね)
闇の中から赤い瞳が浮かび、徐々にキュウべえが姿を現す。
それに驚かないということは、この少女もまたキュウべえと契約して魔法少女になった1人と言うこと。
「イレギュラー? どういうことだそりゃ」
(暁美ほむらという僕が契約した記憶のない魔法少女……そして、魔法を使う1人の男)
「男!? そりゃ魔法少女じゃねーよな。ってことはどーゆーことだ?」
少女はほむらに対してよりも、魔法を使う男という存在に驚愕する。
(彼がなぜ魔法が使えるか。何者なのかは僕にも良く分からない。だけど、魔法少女じゃない存在に魔女を狩られると困るのは誰かな?)
「ケッ、全く迷惑な男だぜ。つまり、魔女の代わりにあいつらも狩ってしまえば良いってことか」
(さすが話が早いね。マミが狩りを出来ないなら、あの狩場は空白になる……)
「見滝原は良い狩場だ。アンタの言うことを聞くのは癪だけど、マミがやらねーならアタシが貰ってやるさ」
そう言って少女はビルから飛び降りて、どこかへ行ってしまう。
その姿を見届けたキュウべえは誰となしに呟く。
(それじゃあ頼むよ……
(クロノ、B-32で結界反応。中にいるのは“落書きの魔女”ってところかな)
(くそ、人使いが荒いな! “ハコの魔女”に続いてのダブルブッキングか)
ユーノからの念話にクロノは思わずボヤく。
先ほどまで集団自殺をさせようとしていた“憧憬”の性質をもつ人型の魔女を退治してきたばかりだ。
その自殺をしようとしている集団の中にユーノのクラスメイト、
彼女は失恋をしたばかりで、友人を祝福しつつも失意の中にあり、それが魔女の付け入る隙となり“魔女の口づけ”を付けられてしまった。
それによってユーノが魔女の存在に気が付けたのだから皮肉なものだ。
(そうだよ。クロノとエイミィのデートにマミも来たようなものさ)
(ちょっと待て……。何がどーなってそうなるんだ?)
(さてね? それよりも魔女の性質は“無知”。子供のような姿をしているからって油断はしないでくれよ)
(キミは誰に物を言っているんだ。それよりもさっきの発言について、帰ったらゆっくり話をしようか)
(あぁ、残念。僕は明日も学校があるから先に休んでるよ。それじゃ、しっかり頼んだよ)
そう言ってユーノは強制的に念波を遮断する。
アイツは仕方がないなとボヤキながらも、目的の場所へクロノはバイクを飛ばして行った。
そしてクロノが魔女を倒したのと、朝日が登るのはどっちが早かったのか……。
朝のホームルーム前の時間帯。
外には出さないものの、朝早く叩き起こされたユーノは眠気を堪えていた。
「……ふわああ」
そんな中、大きな欠伸が聞こえる。
ユーノは自分ではないと思いつつも、気になって周囲を見渡すと、仁美が大きな口を開けて欠伸をしており、すぐに顔を赤らめた。
「ああ、はしたない……ごめんあそばせ」
「どうしたのよ、仁美? 寝不足?」
そんな仁美にさやかが明るく話しかける。
上条との一件から更に明るさが増した上に、気遣いスキルまで身に着けたさやか。
正直、上条モゲロとの念がクラス内から湧き出るほどだ。
「ええ。昨夜は病院やら警察やらで夜遅くまで……」
「え~? 何かあったの?」
「何だか私、夢遊病っていうのか……それも同じような症状の方が大勢いて、気が付いたらみんなで同じ場所に倒れていたんですの」
「はぁ? 何ソレ?」
さやかと仁美の会話はまだ続き、医者に集団幻覚と言われたり、放課後に精密検査を受けに行かなければならないと愚痴っている。
それを優しくさやかがフォローしている。
これならあの2人は大丈夫だとユーノは視線を外すと、街の探索に割いているマルチタスクの1つに集中する。
この街に侵入してきた新たな魔法少女の動きを確認するために……。
放課後、1人で街を歩くほむらの前に、たい焼きを食べている杏子が現れた。
「アンタが暁美ほむらかい?」
「佐倉杏子……」
初対面のはずのほむらが、杏子の名前を呼んだことに驚く。
「アタシのことを知ってるのか?」
「そうね。でも
「何が言いてえか良く分からねーな。だが白いのが言った通り、やっぱりアンタはイレギュラーな存在だ」
「私がイレギュラー? 私よりもあの男の事を言うんじゃないかしら?」
ほむらは表情を変えずにそう答える。
「アンタもその男の事を知らねーのか?」
「ええ。あの男
「……一体何が狙いなのさ」
「2週間後、この街に“ワルプルギスの夜”が来る」
その言葉に杏子は目を見開く。
「なぜわかる?」
「それは秘密。ともかく、そいつさえ倒せたら、私はこの街を出て行く。後は貴女の好きにすれば良い」
「ふぅん……“ワルプルギスの夜”ね。確かに1人じゃ手強いが、2人がかりなら勝てるかもなぁ」
たい焼きを全て食べきり、杏子は不敵に笑う。
「アンタが去った後はアタシがこの街を貰う。それでも良いってことかい?」
「ええ。問題無いわ」
ほむらは髪をかき上げ、そう答える。
「へへ、契約成立っと。アンタも食うかい?」
そう言って杏子は袋から新たなたい焼きを取り出し、ほむらに向ける。
「いらないわ」
「じゃあ、僕が代わりに貰おうか」
「「!?」」
急に後ろから聞こえる声に2人は振り向く。
そこにはクロノが立っており、それを見ると同時に2人は間合いを取る。
「いやいや、そこまで警戒しないで欲しい。このとおり何も持ってない」
そう言ってクロノは両手を広げて腕を上げる。
杏子は警戒しながらも口を開く。
「アンタが……」
「クロノだ。クロノ・ハラオウン。2人とも名前を聞かせて貰えるかい?」
杏子の言葉を遮りクロノが口にしたのは自己紹介。
これは非常識な友人に感化されたせいなのか、クロノやユーノの癖になって来ている。
「チッ……佐倉杏子だ」
「……暁美ほむら」
気が削がれたのか、舌打ちしつつも杏子は答え、それに続きほむらも答えた。
それを満足そうに頷き、話し始める。
「杏子にほむら。もし良ければ話し合いの場を儲けたいんだけど、一緒に来ないかい?」
「「!?」」
ちょっとそこまで行こうか的な話し方だが、内容は2人を警戒させるには十分なものだった。
しかし2人の警戒する姿を気に留めた様子もなく、クロノは歩き出す。
「おい、ちょっと待てよ! アタシら別に着いて行くとは一言も……クソ!」
杏子が文句を言っていると、それをスルーしてほむらが着いて行った。
それを見て毒づきながら杏子も着いて行く。
「あら、クロノさんいらっしゃ……佐倉さんに、暁美さん!?」
勝手知ったるなんとやら。
クロノが2人を連れてきたのはマミの病室だった。
マミはクロノが来たことで笑みを浮かべたが、後から入ってきた2人を見ると驚きの声を上げる。
当然驚いたのは2人も一緒だ。
(ユーノ)
(うん、今は周囲にいないよ。元々その病室は結界が張ってあるから大丈夫)
口に出さないものの、ユーノに対して「さすがだ」とクロノは思う。
念話しつつ、2人を病室の中へ入れドアを閉める。
「クロノさん……もしかして2人にも?」
「ああ。この街にいる魔法少女はマミを含めて3人。全員に真実を伝えておきたい。絶望しないようマミがフォローしてくれるかい?」
「ええ、任せてちょうだい。これでも魔法少女としては、みんなよりも先輩だもの」
そう言ってマミは豊満な胸を張る。
思わずクロノは視線を逸らしたが、3人には気が付かれてはいない。
「おいおい、何なんだよ!」
「佐倉さん、落ち着いて。クロノさんの話を落ち着いて聞いて」
「マミ……あぁもう、わぁったよ!」
杏子はマミの顔を見て少しだけ落ち着く。
マミと杏子は過去にちょっとしたイザコザがあって今は別れたが、根っこのところは未だに仲間なのだ。
故に杏子はそんなマミの言葉を無意識に信じている。
「ありがとう佐倉さん。暁美さんも良いかしら?」
「構わないわ」
「そう……それなら先に先輩として忠告しておくわね。希望は絶対にあるから、けして
その言葉に杏子は首を傾げるが、ほむらはあからさまに動揺する。
マミはそんなほむらを落ち着かせようと優しく微笑む。
「それじゃあ、話をさせてもらうよ。魔法少女についてキュウべえが語っていない真実を……」
まずクロノが伝えたのは、魔法少女になった時点で魂と肉体が切り離され、魂が結晶化したものがソウルジェムであると言うこと。
そして魔力を使えばソウルジェムに穢れが溜り、完全に穢れに染まればソウルジェムの崩壊し、魔法少女は魔女へと変化する。
「おいおい、それじゃアタシ達って……」
「ゾンビみたいなものね」
杏子の驚きをほむらが一刀両断で叩き切る。
それを見たクロノが口を開く。
「その様子だと、ほむらは既に知っていたようだね。だからこそ、まどかを魔法少女にさせないように頑張っていたんじゃないかな?」
「…………」
「まぁ、今は良い。続きを話すよ」
キュウべえは魔法少女が魔女になる時、ソウルジェムが砕けた時に生じるエネルギーを集めている。
だからこそ魔法少女を作り出し、絶望させて行っているんではないかと。
「ふざけんな……そんなおかしな事……」
1人動揺する杏子をマミが優しく抱きしめる。
「大丈夫よ佐倉さん。希望はまだあるって言ったでしょ」
「そうだね。そのソウルジェム……僕達が調べた限りだと君たちの魂ともう1つ、リンカーコアと言う物が混ざっているんだ」
クロノがリンカーコアについて説明する。
魔道師が持つ魔力の源で、大気中の魔力素を取り込み、魔力へと変換し、蓄え、また外部へと放出する器官。
生物が遺伝的に有するもので、これがない人はどんなに頑張っても魔法を使うことが出来ない。
「リンカーコアを体内に戻す方法は、僕の方で何とか出来る事が判明した。それによって魂も肉体に戻せる……もうゾンビとか思わなくて良いんだよ」
ただし、傷ついたり壊れたリンカーコアの修復は出来ない。
つまりソウルジェムが破壊された人は死亡するという事には変わらない。
クロノの説明を聞いて1番驚いていたのは杏子ではなくほむらだ。
「そんな……それなら……」
マミはそんなほむらを見ると、杏子ごと優しく抱きしめる。
そしてそっと2人にささやく。
「大丈夫……奇跡も、魔法も、あるんだから……」