第8話 わたしの、最高の友達
ユーノはついに
キュウべえは諦めたように動きを止めていたが、自分の視線の先にある魔女を見てニヤリと笑う。
「確かに僕はもう終わりかもしれないね。だけどワルプルギスの夜はどうするつもりだい?」
赤い感情の篭っていない瞳は瓦礫に押しつぶされてしまった3人と、未だにビルに身体が埋まり捕らわれたままのほむらを見つめる。
「キミは僕に辿り着いた……それはとても凄い事だよ。だけどこの結界を維持して、さらに僕を封じているのにどれだけの魔力を垂れ流しにしているんだい?」
キュウべえの言葉に、ほむらとまどかの視線がユーノに集まる。
「結界魔導師としては優秀……いや、恐ろしいまでの能力を有しているかもしれない。だけど、それだけでワルプルギスの夜を倒せるのかい? さっきまで4人がかりでも倒せなかった災厄の魔女を、たった1人で……」
「1人じゃ無いよ」
キュウべえの言葉を遮るように言葉が聞こえると、どこからともなく白球が飛んで来る。
そのボールはほむらが捕らわれていたビルを粉々に砕き、ほむらが開放されゆっくりと下に落ちていく。
「レーザービームみたい……」
まどかはボールが飛んで行った光の道を見て思わず呟く。
その光の道を1人の少年が走り抜けて行き、ビルから開放されたほむらを抱き止める。
「もう、大丈夫だよ」
「え、えっ、え?」
その行為にほむらは動揺して、いつものクールな表情から一転、顔を赤くして俯いている。
ほむらを抱きしめている少年はビルの瓦礫を足場にして、まどか達のいるビルの屋上まで飛んで来た。
まるで一陣の風の様に現れた少年は野球のユニフォームを着ており、背中には“51”と言う背番号が見える。
「遅かったじゃないかタロー」
「ごめんごめん。だけどクロノもそこでサボってるじゃないか」
その言葉を合図にしてか、クロノ達が埋められていた瓦礫が吹き飛んだ。
「タロー、僕はサボってるわけじゃない。ちゃんと2人の怪我を癒してたんだ!」
瓦礫の下から現れた無傷のクロノの足元には、外見上傷一つないマミと杏子が座り込んでいる。
そしてクロノが魔法を唱え、足元に魔法陣が現れるとその場から消え、ビルの屋上まで3人とも転送してくる。
「マミ! 杏子!」
その無事な2人の姿を見ると、ほむらは安堵の表情を浮かべる。
しかし、自分の置かれている姿を思い出すと、また顔を赤らめボソッと「降ろしてください」と恥ずかしそうに呟いた。
「ああ、ごめんごめん。軽いから抱きかかえていることを忘れてたよ」
「おいタロー、それはセクハラ発言になるんじゃないか?」
「そうなの?」
「タローはそう言うの気にしなさすぎだよ……」
男が3人揃って緊張感のない会話で盛り上がっているのを、少女たちはポカンとした表情で見つめている。
「キミ達は一体何なんだい!?」
そんなあっと言う間の出来事にキュウべえはやっと口を開く。
3人の男達は揃って顔を見合わせニヤリと笑う。
「時空管理局、執務官。クロノ・ハラオウン」
「無限書庫、司書長。ユーノ・S・タカマチ」
そしてクロノとユーノが最後の1人に顔を向けると、自然とその場にいた少女たちの視線も集まる。
「僕の名前は一之瀬太郎……野球選手さ!」
「「「「「いや、それはおかしい」」」」」
少女たちとキュウべえの声が1つに揃って、思わずツッコミを入れる。
だが、そんな事は慣れっこのタローはいつもの様にスルーし、クロノとユーノはプッと吹き出す。
「あはは、そんな訳でキュウべえ。これが僕の最高の友達さ」
「ユーノ……キミは既にこれ以上魔法が使えない上に、そこの野球選手は魔力の欠片も感じられない。先程の戦いを見ていたけど、執務官1人の魔法で倒せないのは実証済みじゃないか」
ユーノの言葉にキュウべえは冷静に言葉を紡ぐ。
「そして魔法少女達のソウルジェムは黒く濁り、もう魔法は使えない……絶望的だねぇ」
キュウべえはそう言って不気味に口を広げて笑う。
その言葉に魔法少女達は自分のソウルジェムを目にする。
「クロノさん……私達はとても魔法が使える状態じゃないわ」
「すまねぇ。これ以上使ったら魔女になっちまうかも知れねぇ……」
「私は魔力だけじゃなく、弾丸も何も残ってないわ」
3人の魔法少女の言葉に3人の男は顔を見合わせて頷く。
「マミ」
「クロノさん?」
マミの前でクロノは手を差し出すが、マミは意味が分からない。
「バトンタッチだよ。ここからは僕らが戦う……だけどキミの思いも一緒に戦うんだ」
そう言うとクロノだけでなく、ユーノは杏子の前へ、タローはほむらの前に立つ。
「一応初めましてかな? クロノを通して杏子の事を僕は知ってるけど……」
「へっ、あのキュウべえを捕らえたアンタ……ユーノなら他にも策はあるんだろ。後は任せたぜ」
杏子は不敵に笑い、ユーノとハイタッチを交わす。
「なんで貴方は私に拳を向けているの?」
「んー、ちょっと違う方が良いかなって。それと僕の名前はタローだよ」
拳を向けるタローに対し、怪訝そうな顔になるほむら。
しかし、少し間を置いてからペコリと頭を下げる。
「……タロー、さっきは助けてくれてありがとう」
「いや、友達を助けるのは当然の行為だよ」
タローの言葉にほむらは頭の上にハテナマークが飛び交う。
今日、初めて出会ったのに友達とは何を言ってるんだろうかと……。
「……友達?」
「うん、そうだよ。僕はクロノとユーノの友達。それでクロノの友達でマミと杏子、その友達がほむらだろ。ユーノの友達がまどかで、その友達がほむらなら、僕とほむらはもう友達さ」
正直、普通では理解出来ないほどの屁理屈と、訳の分からない理由だとほむらは思う。
伝言ゲームが連想ゲームになったような感覚。
しかしタローは大真面目に言っている。
「ウェヒヒヒ! 何だか凄いねタロー君」
「まどか!?」
いつの間にかほむらの横にはまどかが立って笑っている。
「やっと私の前で名前を呼んでくれたね、ほむらちゃん」
「!?」
「さっきも私の名前を叫んでくれて……いっぱい心配してくれたんだね」
「そ、それは……」
まどかの言葉にほむらは動揺してうまく言葉を伝えられない。
そんな2人をタローはニコニコしながら見つめる。
「ほむらちゃんとゆっくりちゃんとお話したいから……タロー君、お願いね」
まどかはそう言ってタローの拳に自分の拳を軽く当てる。
ほむらはそんなまどかを見て我に返った。
「私もお願い」
「うん、2人共任せておいて。それとほむらは偽らずに素の姿を見せた方がイイよ」
「な、何を言ってるの!?」
「だって、さっき僕に抱きかかえられた時……可愛かったよ」
タローの言葉にほむらは顔を真っ赤に染める。
そんなほむらにまどかは抱きつく。
「ま、まどか!?」
「ウェヒヒヒ! そういう事も後でゆっくり話そうね」
「……うん」
抱きついたまどかの腕の中で、ほむらはコクリと頷く。
「さ、マミ。後は僕達に任せて、そこから応援していてくれ」
「……はい。だけど必ず無事に帰って来てください」
「あぁ、当然さ。そういえばケーキ作りが得意って言ってたけど、いつか食べさせてくれるかい?」
「はい、喜んで作らせていただきます!」
そして2人はタッチを交わす。
「さて、そろそろワルプルギスの夜も使い魔を出しきったかな?」
「そうだね。僕の計算だとこれが最大数で、これ以上の召喚は出来ないはずだよ」
みんなの待つビルから500mは離れただろうか?
クロノとユーノの視線の先にはワルプルギスの夜と、それによって召喚された1000を超える使い魔。
さながらワルプルギスの夜を中心に踊っているようだ。
「これで彼女は攻撃と防御が出来ても、回復は出来ないほどに魔力を放出した。使い魔は僕達が片付けるから、タローはワルプルギスの夜を頼めるか?」
「うん、イイよ。丁度良い感じに僕のバットが完成したところだったからね」
クロノの言葉にタローはデバイスから一振りのバットを取り出す。
それは素材不明、正体不明の謎だらけなバット。
だが、タローにとっては友人が錬金術の粋を集めて作ってくれたもの。
「じゃあ、僕も本気を出させてもらうよ」
クロノはS2Uを仕舞い、ポケットから青く輝くカードを取り出した。
「デュランダル・セットアップ」
『Start up.』
その声に合わせカードは起動し、クロノの手に1本の杖と、周囲展開された4機の浮遊ユニットになる。
そして展開と同時に、周囲に冷気を撒き散らす。
「このデュランダルは対遺失危険物用のデバイスだ。全てを凍結させて無力化させるが、発動まで時間がかかる」
「それまでは僕が守るさ」
そう言いユーノはデバイスから2本の小太刀を取り出し構える。
“永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術”……それは高町家で血と汗と涙の修業によって身につけた古流武術。
ユーノは免許皆伝とまでは行ってないが、魔法を同時に駆使すれば師範代である高町恭也よりも遥かに強い。
「それじゃ、まずは彼女をこっちに向けるところから始めようか」
タローはボールを1つ取り出し、軽く後ろに下がる。
「あれが本当のレーザービームだと思われてしまうと困るからね」
そして助走をつけて全力でボールをワルプルギスの夜に向かって投げる。
「
その光り輝くボールは地面をエグリ、周囲の使い魔をなぎ倒し、ワルプルギスの夜にぶつかる。
その衝撃で歯車の1つが欠け、逆さまに浮いている状態から大きく傾く。
それが逆鱗に触れたようで、ワルプルギスの夜を中心に使い魔たちが一斉にクロノ達の方向へ向かってくる。
「じゃあ、行くよ」
使い魔はほむらの銃弾でも倒せる相手だ。
ユーノは小太刀で切り、鋼糸で縛り飛針を打ち込む。
さながら舞いの様に美しく戦う。
「デュランダル展開」
『OK, Boss.』
クロノの言葉に4機の浮遊ユニットが大きくワルプルギスの夜を中心に、その回りにいる使い魔ごと取り囲むように展開する。
その間ユーノは1人、使い魔を殲滅すべく戦う。
「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ……凍てつけ!」
100体は滅ぼしただろうか……ユーノとクロノの視線が一瞬交差すると、ユーノは大きく後ろに飛び、クロノの横に立つ。
それを横目に確認すると、クロノは力ある言葉を発する。
「エターナルコフィン!」
『Eternal Coffin.』
クロノの持つ杖から凍結魔力粒子の放射による反応冷凍が発生する。
そして外周に展開した浮遊ユニットにより発生した冷気を閉じ込め、さらに溢れた凍結魔力を反射させることで冷凍効果を倍加させる。
本来はランクSオーバーの高等魔法であるが、デュランダルの氷結特化性能とクロノが長年培った魔力変換・温度変化技能が合わさり100%……いや、それ以上の形で発動された。
アハハハハーーーー
ワルプルギスの夜の笑い声が木霊するが、それは今までとは違い悲鳴のように聞こえる。
周囲にいた1000を超える使い魔は周囲の地形もろとも全て凍りつき、空高くに位置しているワルプルギスの夜も、その強大な冷気から各部分を凍らせ動きが封じられる。
「それじゃ行ってくるよ」
まるで散歩に行くような口調で一言呟くと、タローが空中を走って行く。
それを強大な魔力放出によって息切れしているクロノと、直接戦闘で疲労しているユーノが見送る。
タローによってもたらされる勝利を確信して……。
「これは随分と巨大だな~」
ワルプルギスの夜の正面、先程からワルプルギスの夜から炎が舞い、黒い触手が襲いかかってくるが、全て避けながら何もない空中を足場にタローは1人呟く。
そして軽い素振りを数回行うことによって空気の壁を作り、ワルプルギスの夜の攻撃を逸らし始める。
攻撃が自分に来ないことを確認すると、タローは背筋を伸ばして後傾気味に重心を取り、右手でバットを垂直に揃え、左手を右上腕部に添える動作を行う。
「
その瞬間タローは、誰よりも早く、誰よりも力強く、全力を持ってバットを振り抜く。
強烈な光と衝撃波が発生し、ユーノが周囲を包み込んでいる封時結界を消滅させた。
そして周囲に色彩が戻って行くのと同時に、ワルプルギスの夜は消え去って行く。
まるで生者の間を歩き回る死者と無秩序な魂を追い払い、光と太陽が戻る様に……。