第3話 絡繰茶々丸とは
超包子の営業も終わり、タローと超は2人で話している。
正確には超の質問にタローが答え、その珍回答に超が変な汗をかいているだけなのだが……。
「タローは魔法を知ってると言うたが、茶々丸がガイノイドと言うのは気付いてるカ?」
「え?」
超の言葉にタローが疑問気のある声を上げたので、ちょっとだけ満足そうに超は表情を緩める。
「フフン。その様子では気が付いてなかったようネ」
「鈴音……」
「何かナ?」
「ガイノイドってなに?」
しかし事実は残酷であった様だ。
思わず不満気にジト目でタローを見つめる超だが、当の本人は頬をポリポリと掻いている。
深いため息を吐きながら超は口を開く。
「ガイノイド……それは人型ロボットの女性形を表す言葉ネ」
「ロボットって事は自動人形ってこと?」
「うーん、その言葉だとなんだか意味が違う気もするけど、大きな分類ではそういうものかネ」
「へー、そうなんだー」
理解したなら驚くが良いと言う超の思惑と違い、次にタローが呟いた言葉によって、逆に超が驚くハメになってしまった。
「じゃあ、イレインやノエルさん達と一緒か。でも、イレイン達の方が表情豊かだから、茶々は生まれて間もないのかな?」
「……どう言う事ネ」
「ん? なにが?」
「その、イレインとか……」
「あー、僕の友達の家のメイドさん達だよ。イレインって言うのがアリサの家のメイドさんで、ノエルさんとファリンさんって言うのがすずかの家のメイドさん」
「いや……そうではなく……えと……メイドさん?」
「うん、そうだよ。ちゃんとお給料も出てるし……あっ!?」
「な、なにネ?」
「ノエルさんは恭也さんと忍さんと一緒にドイツに行っちゃったんだ。今頃元気かなー」
勝手に思い出して、勝手に自分の中で納得しているタロー。
何だかもうどうでも良くなって来てはいるものの、もう少し聞いてみたいという好奇心にもかられている超。
「それでその3人は……機械人形なのカ?」
「うん、そうだよ。ノエルさんはロケットパンチ付いてたし、イレインは腕にブレードや電撃ロープもあったなー。恭也さんと美由希さんが一緒に挑んで勝てないんだから、普通の人間だと倒すの無理なんじゃないかな?」
「その恭也さんと美由希さんの強さが分からないヨ……」
「え!? えっと……神速って言うのが使える剣士なんだけど……説明が難しいなぁ。良く分からないんだけど、数秒間ぐらい時を止めた中で動ける剣士?」
「……もうイイね」
指を額に当てて一生懸命説明しようと頑張るタローだが、それを聞けば聞くほど超は複雑な表情を浮かべてしまう。
大体、茶々丸は魔法と科学の合わさった魔法科学の集大成であり、この時代の科学力では作ることは不可能である。
しかし、タローの身近な所に3人も茶々丸と同様……いや、むしろそれ以上の性能をもった機械人形がいるという。
「とりあえず神速のことは横に置いておくネ」
「うん。説明が下手でごめんね。こういうのは僕の担当じゃないからさー」
そう言って頬を掻くタローだが、超はまだ見ぬこんな非常識な存在の説明担当をさせられている人に対し、心の中で敬意を払うのであった。
まぁ、その説明担当が自ら嬉々としてやっている事に、出会っていない超は当然気が付くはずもない。
「そうだ。そんなに魔法とか色々なことを知ってる鈴音って、魔法使いなの?」
そんな超の葛藤も関係なく、タローは何となしに質問する。
その質問にどう答えるべきか一瞬悩むが、どうせなら誰かに名乗る前にタローに聞かせてみようと超は口を開く。
「フフフ……ある時は謎の中国人発明家! クラスの便利、恐怖のマッドサイエンティスト!」
「あ、鈴音って中国人なんだ」
「名乗りの途中で口を挟まないで欲しいネ」
「ごめん」
超に怒られシュンとするタローを横目に、超は咳払いをして名乗りの続きを始める。
「気を取り直して……またある時は学園No.1天才少女! そしてまたある時は人気屋台超包子オーナー。その正体は……」
超はそこで溜めを作り、ビシっとポーズを決める。
「何と火星から来た火星人ネ!」
「へー、そうなんだー。でも、中国人って言ったり火星人って言ったり……一体どっちが優先なのかな?」
「えっ……ちょっと……タロー?」
「もしかして火星にも中国があるのかな? 僕、火星はまだ行ったことないから良く分からないんだよね」
自分の思考に沈むタローに対し、手で戻っておいでーと超はジェスチャーする。
しかしそこでタローの言葉にふと疑問点が浮かんでしまう。
「ねえ、タロー。火星はまだ行ったこと無いって言うたが、どこの星なら行ったことがあるネ?」
「えっ、あー、ごめんごめん。僕が行ったことあるのはこの次元じゃなくて、別の次元の星だよ。さながら宇宙旅行ならぬ次元旅行ってね」
「いや、それはおかしいネ」
「そうは言っても、野球のチームメイトを探すのに、色々な次元に行ったんだよ」
「もっと意味が分からないネ」
タローはあははと笑いながら軽く話し、口調だけは冷静に淡々とツッコむ超。
しかし超の頭の中では大混乱が起こっている。
(どのデータベースにもこの時代にタローが居た痕跡は残ってなかったはずネ。ただ、何の影響も及ぼさない人物なのか、イレギュラーなのか……)
そう思いタローを見つめるが、当の本人は超の気持ちなぞ何も分かっておらず、夜空を見上げている。
きっと火星を一生懸命探しているのだろうと、タローの行動が少し理解できてしまった超は、複雑な表情を浮かべてしまう。
そんな2人の元に茶々丸が近付いてきた。
「お2人共、お夜食の準備ができました」
「そうか、済まないネ」
「え!? 僕も良いの?」
茶々丸の声で、元のペースを取り戻す2人。
いや、タローは元々マイペースで変わって居ないのだが……。
「タローさーん。しっかり働いたんだから餌の時間だよー」
——ハカセさん。流石にその言い方は……。
「良いんです。しっかり働いたペットにはご褒美を上げないと。大体、科学で解明できないヒトはペットで充分なんですよ!」
——言い方はともかく、タローさんはホントに良く働いてくれましたからね。
「なんでもイイね。早く食べるヨロシ」
ハカセと五月の会話を他所に、既に食べ始めている古。
それを見て超はプッと吹き出す。
「ほら、早く行かないと、クーに全部食べられてしまうヨ」
「お腹が減っている僕として、それは困るなー」
小走りで先に行ってしまった超の背中を見送りながら、タローはゆっくりと歩き出す。
その横を茶々丸も歩いているので、タローはゆっくりと口を開く。
「そう言えば茶々……」
「はい、先ほど超さんが行った通り、私は人間ではありません」
「いや、そんなことはどうでも良くて……茶々丸って呼ぶと長いから茶々って呼んでるけど良いかな?」
先程まで茶々丸の聴覚センサーで捉えていた2人の会話から、タローの言葉を先読みし答える。
しかし、タローの言いたいことは違っていた上に、その言葉が茶々丸は一瞬理解出来なかった。
人間でないことをどうでも良いの一言で済ます人物……しかも口調からは茶々丸に対して興味が無いわけではなく、ニックネームを付けようとしているところから、茶々丸を受け入れているように感じられる。
「どう言う理由でも、どういう呼び方でも私は構いません。タローさんのお好きな様にお呼びください」
「うん、それじゃ改めて……茶々、よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します」
おかしい……データの中にエラーと感知されない異常がある。
これは隔離して保存しておくべきだ……そう茶々丸の中で何かが判断を下した。
そんな思考をしている内に、2人はみんなの元へ辿り着き、イスに座る。
「それじゃ、いただきまーす。あれ、茶々は食べないの?」
そう言って食事を食べ始めるタローだが、横にいる茶々丸が何も口にしないので、首を傾げながら質問する。
「はい、私に食事は必要ありませんので」
「いや、必要とか必要じゃないとかじゃなくて、食べられないの?」
どうもタローの言葉を茶々丸は理解しきれない。
先程人間でないと説明があったのだから、食事のことだって不要であろうと想像できないものか。
だけど、このヒトにはそんなことが無理なことなのかもしれないと、茶々丸はタローのデータに書き込む。
「そんなことはありません! 茶々丸には味覚センサーも搭載済みなので、食事は食べられますよ!」
「それじゃ、一緒に食べようよ」
「で、ですが……」
「聡美がそう言ったんだから、食べてもお腹が痛くならないでしょ。みんなで一緒に食べるとご飯は美味しいんだよ」
「いえ、そう言う問題では……」
妙に楽しそうに食事に誘うタローに、戸惑ってしまう茶々丸。
そんな茶々丸の前にお皿が置かれた。
——賄い料理ですが、ご一緒しませんか?
「みんなで食べるご飯は美味しいアル!」
五月だけでなく、古もニコニコしながら茶々丸を食事に誘う。
茶々丸が周りを見渡すと、超とハカセも頷く。
「その……それでは頂きます」
——はい。従業員みんなで食べましょう。
「うん、お腹減っていたんだよねー」
閉店後の超包子だが、従業員一同の賑やかな食事会となった。
※
『今日のニュース特集は、餌付けされてしまった動物です』
テレビからキャスターの軽快な声が響いてくる。
『陣内さん。これはどういうことなんでしょう?』
『これはですね……近所の動物に餌をあげたりする、または飼われていない動物を拾ってくる方がいると思うんです』
陣内と呼ばれたキャスターが、続けて内容を語り始めた。
『はい』
『実はその動物をそのまま手放す……そういうことが問題になっているんです』
『と、言うと?』
何も考えていなそうな女子アナウンサーが、態とらしく合いの手を入れる。
しかし、それが脚本通りなのか、男性キャスターはその質問に答えるように、話を進めていく。
『餌付けされてしまった野生動物は、自ら餌を取りに行くと言う行動力が減ってしまいます。また、1度拾われてしまえばその恩恵に甘え、野生には戻りにくくなります』
『なるほどー』
『ですから、一度拾ったりした方は責任を持って最後まで飼って頂きたいものです』
『小さな優しさでも、色々と考えさせられてしまうという話でした。それでは次のニュースです……』
そのテレビを見ていた茶々丸は、ふと側に居る人物に話しかける。
「マスター?」
「どうした茶々丸」
「やはり拾ったり餌を与えたものは、ちゃんと飼わないといけないのでしょうか?」
マスターと呼ばれた少女……エヴァは見ていたテレビの内容から、茶々丸が餌を上げている野良猫がいることを思い出す。
しかし、エヴァは魔力を封印されており、アレルギー性鼻炎……花粉症や猫アレルギーになっているため、その猫に対し近付く事も触ることも出来ない。
だが、従者が自ら考えて質問してきたという行動を、ただ否定するのも憚れる。
「そうだな。私の登校地獄が解除されれば、ウチで飼ってもいいぞ」
「ありがとうございます」
エヴァは気がつかない。
登校地獄と魔力封印の関連性がないことを。
そして、茶々丸が言っているのは餌を上げている野良猫ではなく、拾ったものについてと言う事に……。