第5話 幽霊との出会い
タッタッタと軽快な足音を立てて、2人の学生が麻帆良学園の敷地を走って行く。
普通の人の走るペースに比べれると、ダッシュしているような速度だが、2人の息は上がってはいない。
「タローさん、このペースでは1分30秒の遅刻となります」
「うーん、猫達と話しすぎちゃったからだね。茶々はもう少しスピードアップ出来るかい?」
「はい、あと30%の速度増加が可能です」
「それじゃ、そこのカドを曲がったらストレートでスピードアップかな」
「はい」
走っている速度と対照的に、のんびりとマイペースに話をしているのはタローと茶々丸だ。
2人は野良猫たちと話し込んでしまったため、超包子でのバイトへ遅れそうになってしまった。
正確には話をしていたのはタローだけなのだが……。
「おっと!? ごめん」
カドを曲がった瞬間、タローは何かを回避するようにその場で急に右へステップを踏む。
「急いでいたから油断してたよ。ホントごめんね」
そして立ち止まり謝罪とともに頭を下げた。
タローが立ち止まったため茶々丸も足を止めるが、不思議そうにタローを見ている。
なんせタローは茶々丸の視界に何も映っていない空間に対して、一生懸命謝っているのだ。
まるでそこに人がいるように……。
「タローさん。そこに誰かおられるのでしょうか?」
「ん? おられるって言われても……そこにおられますよ」
「私の視界センサーでは、誰も居るようには見えないのですが……」
「あれ、茶々は見えないの? じゃあ、この子はなんだろね~」
首を傾げている茶々丸の前で、タローも良く分からず首を傾げる。
タローの視界にはそんな首を傾げる2人の間を、どうすれば良いのかとオロオロとしている女子生徒の姿が映っているのであった。
◇
地縛霊になって60余年……彼女、
幽霊の才能なんて言うモノがあるのかわからないが、イマイチ存在感がなく誰にも気が付いて貰えない。
しかも怖がりなため、夜の校内には怖くていられず、明るい場所……例えば人が集まる飲食店や24時間営業のコンビニで朝まで時間を潰している。
そんなさよが授業が終わり人がいなくなった教室を離れ、麻帆良学園の敷地内を1人で歩いていると、カドから急に人が飛び出してきた。
いつもならさよに気が付かず、ぶつかること無くすり抜けていくのだが……。
「おっと!? ごめん」
飛び出してきた男子生徒はぶつかることのない幽霊、避ける必要もないさよをわざわざ回避し、さらに謝罪までしてきたのだ。
そんな反応にさよが驚いていると、男子生徒は一緒に走ってきた女子生徒と話をし、2人して首を傾げてしまった。
(はわわわわ~)
そんな悩んでいる2人の間を、さよがオロオロとしてしまったのは、仕方がないことであろう。
さよは自分の出した声がこの2人に届いているなんて思っていなかった。
触れられるなんて思っていなかった。
だけどこの男子生徒……タローはそんな常識が通用する相手ではない。
「そんなにオロオロしなくても大丈夫だよ」
さよの顔を見てそう言うと、落ち着かせようとポンポンと頭を優しく撫でる。
(ふぇっ?)
「しっかし、僕には見えて聞こえて触れるけど、茶々は全くわからないんだよね」
「はい、私のセンサーでは何も感知することが出来ていません」
「うーん……」
茶々丸の答えにタローは悩みつつ、さよの顔を見ている。
さよはタローが自分を見ていることに気がつくと、手をワタワタと動かし必死にアピールを始めた。
(私、麻帆良学園中等部2年A組1番、相坂さよです!)
「僕はタローで、こっちは茶々。よろしくね、さよ」
そう言って無造作にさよの前に手を差し出す。
差し出された手をさよはしばらく見つめた後、戸惑いながらも笑顔でその手を握った。
「地縛霊歴60年ですが、よろしくお願いします。タローさん」
「60年って長いねー。あれ? そう言えば、そのクラスって茶々達と一緒じゃなかったっけ?」
「はい、茶々丸さんとは同級生をやらせていただいてます」
「へー、そうなんだー」
さよの言葉に全く驚かず、全てを普通に受け入れているタロー。
今までそんな存在がいなかったため、さよは驚き戸惑っているが、自分を見てくれる存在に笑顔を隠せない。
「貴女が……さよさんですか……?」
「ん?」「えっ?」
茶々丸の急な言葉に、握手をしているタローとさよの視線が茶々丸に向く。
「あれ? 茶々も見えるの?」
「茶々丸さん……?」
「はい。理由は分かりませんが、現在さよさんの存在を視認できています」
茶々丸の言葉が嬉しかったのか、さよはタローの手を離し、茶々丸に抱きつこうと飛び出す。
(茶々丸さーん!)
「視界センサー、音声センサー……共にさよさんをロストしました」
「あれ?」(えっ?)
茶々丸に飛び込んだ所でそんなことを言われ、タローとさよはキョトンとしてしまう。
そしてさよは茶々丸をすり抜けてしまい、若干マヌケな格好で地面に突っ伏す。
(うぅ……なんでですかぁ~)
「なんでだろうね? ほら、手を出して」
(は~い)
地面に突っ伏しているさよにタローが手を差し伸べ、その手を掴んでさよは立ち上がる。
「ありがとうございます~」
「!? 各種センサーで、さよさんを確認です」
「ん?」「へ?」
茶々丸の言葉にタローとさよが不思議そうに首を傾げる。
そして2人で向き合い軽く頷くと、おもむろに掴んでいた手を離す。
「茶々、さよが見える?」
(茶々丸さん、聞こえますかー?)
「見えません」
茶々丸の反応を見て、タローとさよは手を繋ぐ。
「今度は見える?」
「聞こえますかー?」
「はい、視界センサーと音声センサー、共にさよさんを確認できます」
茶々丸の言葉にタローとさよは頷く。
「私、タローさんと手を繋いでいれば、他の人に見てもらえるのかもしれません!」
「手を繋ぐ以外じゃどうだろ? 試しに僕の肩を触ってみてよ」
「はい!」
タローの言葉を聞いて、嬉しそうに色々な方法で確認を始めるさよ。
その都度、見えたり聞こえたりするか茶々丸に聞いて、一喜一憂している。
実験を始めて30分、さよにとって満足の行く結果が得られたようだ。
とりあえずタローにさよが触れてさえいれば、他の人にしっかりと見聞きしてもらえる事が分かった。
逆に茶々丸がタローに触れていれば、タローに触れていないさよを認識することも出来る。
他にもポルターガイストの効力が上がったり、見えないようにーと念じれば、タローに触れていても見えないようにすることが出来るなど、他にも便利機能を発見したようだ。
「タローさんも茶々丸さんもありがとうございました」
「いえいえ、私は聞かれたことをお答えしたまでです」
「僕はそこにいただけ、なんだけどね」
さよはタローの背中に乗っかり、背後霊のように肩から上半身を見せ、茶々丸に頭を下げる。
タローにも頭を下げたいが、場所的にちょっと無理があるようだが……。
「そ、それでお2人に、もう1つお願いがあるんですけど……」
「良いよ」
「そうですよね……って、早!? まだ、どんなお願いだかも言ってないのに、了承しないで下さい!」
さよの言葉に間髪入れずタローが答える。
その返事にさよが、タローの背中から一生懸命ツッコミを入れているのは、不思議な光景かも知れない。
「あの、タローさん。さよさんのお願いを、ちゃんと聞いてからの方がよろしいのでは?」
「別に良いんだよ。僕に出来ることは断る理由もないでしょ」
「そ、そうなのかも知れませんが……」
茶々丸のツッコミもタローには暖簾に腕押し、糠に釘。
昔からのこんな性格は、成長しても変わらない様だ。
「うん、そうなの。とりあえず了承したから、お願いごとを言ってご覧よ」
「は、はぁ……。そ、それでは気を取り直しまして、私のお願いを言いますね」
さよの言葉にタローと茶々丸が頷く。
「私と……お友達になって下さい!」
「私で宜しければよろしくお願いします」
さよの言葉に茶々丸がほんの少しだけ表情を和らげ答える。
しかし、タローは腕を組んでうーんと唸っていた。
「タローさん?」
「うーん……。既に友達だと思っていた僕に、新たに友達になれと……。なかなか難しい謎かけだ……」
タローのその言葉にさよはガクッとコケる。
そして茶々丸の表情が、若干呆れているように見えるのは気のせいではないはずだ。
「タローさんのデータから、なんとなくそのような言葉を言うのではないかと思っていました」
「はぁ……変わった人なんですね」
「はい、私の知る限りではダントツで特殊な方になります」
「私が幽霊ということを全く気にも止めてませんものね」
「私もガイノイドなのですが、そんな事を気にして居るようには見えませんでした」
唸っているタローを挟んで、茶々丸とさよが会話している。
これを見たら一体何をしているのかと思われても、不思議では無さそうだ。
「あっ!?」
「どうしたんですか?」
「バイト……忘れてた」
「既に45分の遅刻となっています」
「それじゃ、ちょっと急いで行かないとね。さよはどうする?」
「あっ、はい。私はいつもの様にぼーっとしているつもりでしたけど……私も憑いて逝っても良いですか?」
何か字が違う気もするが、タローはいつもの様に2つ返事で了承し、茶々丸もしっかりと頷く。
そして3人は超包子に向かうのであった……。
※
「思い切り遅刻ネ!」
「ごめんね鈴音」
珍しく少し強めの口調で文句を言う超と、軽く謝るタロー。
「申し訳ありませんでした」
「うぅ……私のせいなんですぅ……」
その横でしっかりと頭を下げている茶々丸と、タローの背中から半泣きになっているさよがおり、それを視線に収めた超は深くため息をつく。
「とりあえず責めるのは後回しにするヨ。今日は古とハカセがいないから人手が足りないネ。茶々丸は五月の手伝いに入って、タローは注文取りと料理運びするヨ」
「分かった」「分かりました」
「相坂サンはお客さんを驚かせるかもだから、しばらくここで待ってるか、姿を隠しておくネ」
「はーい、わかりましたー」
超の言葉にさよは姿を消す。
実際はタローの背中に取り憑いたままなのだが、それが見えるのは霊感の強い人ぐらいであろう。
そしてタローはそんなことを気にも止めず、テーブルの間を走り回るのであった。
閉店時間になりお客さんが全員帰ると、それを見計らったかのようなタイミングでハカセがやってきた。
「超さん、お呼び出しのご用件は何ですか?」
「忙しいところ申し訳ないネ。また、タローが……」
「また……ですか……。はぁ……ホント非常識な人はこれだから困りますね」
超とハカセが顔を見合わせ深いため息をつく。
当然なんでため息なんて付いているのか分からないタローは、それを見て首を傾げている。
お客さんがいなくなったので、さよも姿を現しタローの背後からその様子を窺っていた。
「それで、遅刻した理由も含めて、タローは今日あったことを教えるネ。それと茶々丸はタロー語が出たら、それの説明をお願いするヨ」
「了解しました」
超の言葉に茶々丸は頷く。
その横でタロー語ってなんだろーと首を傾げているタローがいるが、他の全員は何となく理解したようだ。
「まぁ、良いか。それじゃ、今日あったことを話すね……」
いつもの様にタローは深く悩まず、あっさりと頭を切り替え今日の出来事を説明し始める。
それに合わせて茶々丸が説明とフォローをして行くが、超とハカセの頭には大きな汗が浮かぶこととなるのであった。
「……って訳で遅刻しちゃったんだ。ごめんね」
「本当に申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい」
話を終えた後に三者三様の謝罪をするが、それを受け入れる程の余裕が超とハカセにはなかった。
「超さん……普通に猫とコミュニケが取れるタローさんって、一体なんなんですかね?」
「それだけでなく、タローと接すれば幽霊も見れるとか、霊能力者もびっくりヨ」
溜め息混じりに呟くハカセと超。
しかし、そんな2人の気持ちをタローが理解するはずもなく、余計なことをぼそっと呟く。
「あれ? 科学の力でその辺ってどうにかならないの?」
「ならないネ!」「なりません!」
猛然とタローに怒鳴り返す2人。
その声にヒィと声を上げ、さよがタローの背中に隠れるが、タローは首を傾げるだけだ。
「だって2人は“麻帆良の最強頭脳”と自他共に認める“マッドサイエンティスト”なんでしょ。常識に囚われちゃ駄目なんじゃない?」
「タローさんは少しでいいので、常識の枠に収まって下さい!」
「そうネ。非常識すぎるネ!」
「そんなこと言われてもな~。ねぇ、茶々」
「ノーコメントです」
「あはははは」
さらに大きな声で文句を言う2人。
タローはそんな2人の勢いを削ぐように茶々丸に話を振るが、一言であっさりと返されてしまう。
そしてそんなやり取りをさよが笑って見ている。
——あのー、そろそろ片付けを手伝ってくれませんかー?
1人コツコツと調理器具を片付け終えた五月の声で我に返った5人が、慌ててテーブルとかを片付け始める。
(認識阻害があってもタローの事はこの程度しかスルー出来ないのカ?)
麻帆良学園の認識阻害に若干の不安を覚える超であった。
◇
数日後、超とハカセのラボに茶々丸が呼び出された。
「やっと来たネ」
「遅くなりました」
「そんなことはいいので、茶々丸はそこの椅子に座って下さい」
「はい」
茶々丸は超とハカセの言葉に従い、メンテ用の機械が付いているイスに座る。
そしてその前に2人が手を後ろにして立つ。
「この間、我々2人はとある人物に侮辱されたことは茶々丸も知っての通りです」
「は、はぁ」
ハカセの言葉に曖昧に頷く茶々丸。
そんな茶々丸の反応を気にせず、ハカセは言葉を続ける。
「あんな非常識の塊に言われたまま引き下がっては、科学に魂を売り渡した私達の沽券に関わります!」
「マッドサイエンティストとして、あの言葉は私達への挑戦と受け止めたネ」
「はぁ……」
妙に盛り上がっていくハカセと超に対し、何が言いたいのか良く分からない茶々丸は首を傾げる。
「そこであれから研究に研究を重ね、遂に完成した茶々丸の新機能!」
「これがあればもうあんなことは言わせないネ!」
今までのデータから非常に嫌な予感が止まらない茶々丸だが、それを表情に出すことはない。
最近、タローやさよと一緒に野良猫の世話をし、表情がドンドン豊かになっているため、ポーカーフェイスで取り繕うのが大変になってきているのは本人だけの秘密だ。
「ふっふっふ、茶々丸も喜びのあまり声が出ないようですね」
「私達の努力の成果……とくと見るネ!」
ジャジャーンと言う効果音がどこからともなく鳴り、2人は後ろに回していた手を前に出す。
超とハカセの手にはとあるものが握られていた。
「これが新たに開発した茶々丸用オプションパーツ!」
「これを装着すればタローなんて目じゃないネ!」
「オプションパーツその1“ワンとにゃんダフル”」
「オプションパーツその2“みえ~る君グレート”」
ハカセが手に持っているのは犬耳と犬の尻尾だ。
そして超が手にしているのはパッと見、普通の縁無しのメガネである。
「それでは説明するネ」
「スイッチオン!」
妙なテンションの2人がテーブルのボタンを押すと、空中に立体映像が現れる。
「この立体映像はまだ試作品ですけどね」
「麻帆良祭までにはちゃんと完成させないといけないネ」
「まぁ、それはこのオプションパーツを説明するには些細なことです!」
「そうネ。それでは説明するヨ!」
もうハイテンションな2人について行けないが、明らかにあのオプションパーツは自分に取り付けられるであろうと想像できるため、声を上げずに大人しく聞く事にした茶々丸。
そのため誰もツッコミがいないので、マッドサイエンティスト達のテンションは天井知らずだ。
「この“ワンとにゃんダフル”は装着すれば、犬や猫といった動物とのコミュニケーションを取ることが出来ます!」
「耳が入力、尻尾が出力を補助するだが、両方装着しないと効果が出ないから注意するネ」
形はともかく、かなり非常識なほどの性能を持ったオプションパーツだ。
あくまで茶々丸の機能に対する補助的なものなので、普通に人が装着しても聞くことが出来ないのがネックといえるかもしれない……。
「そして次は“みえ~る君グレート”ヨ。これを装着すれば、本来ピントが合わず見ることが出来ない幽霊などを見ることが出来るネ」
「魔力や気もオーラのようにボンヤリですが、見ることも出来ますからね」
ドドーンと言った効果音が聞こえるぐらいに誇らしげに胸を逸らす2人。
「さあ、装着しましょう!」
「ほら、早く付けるネ!」
「「さあ、さあ、さあ!!」」
オプションパーツを持って迫り来る2人。
そんな2人から逃げることが、茶々丸には出来なかった……。