第2話 使い魔契約
異世界に召喚された僕と、飛び込んできたアリサ。
とりあえず僕の分かっていることを、アリサにちゃんと説明しないといけないかな?
まずはアリサの瞳を覗きこんで、ゆっくりと口を開く。
「アリサ……落ち着いて僕の言葉を聞いてくれるかい?」
「!?」
「落ち着いて……ね」
「……う、うん」
そしてアリサに僕が得た情報をゆっくりと伝える。
アリサが求めていた言葉じゃないのか、最初は凄い不機嫌だったけど、話すに連れて元の調子に戻ってきた。
僕達がそんな話をしている横で、ルイズとコルベールさんが話を再開し始めた。
「さ、さて、何だか色々あったが、儀式を続けなさい」
「えー、彼と?」
「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうというか、もう時間を過ぎているんだ。君が何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。いいから早く契約したまえ」
コルベールさんの言葉に、周りから「そうだそうだ」と野次が飛ぶ。
ルイズは僕の前に来て困ったように見つめる。
「ねえ」
「ん、なんだい?」
「なに?」
ルイズの言葉に僕とアリサが答えるが、アリサの方は見向きもせず話を続ける。
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんな事されるなんて、普通は一生ないんだから」
「貴女、何あたしを無視しているのよ!」
アリサの怒った声を聞かなかったことにして、ルイズは目を瞑り、手に持った小さな杖を僕の目の前で振った。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
ルイズは呪文を唱え、杖を僕の額に置いた。
そしてゆっくりと顔を近づけてくる。
「ちょっと、タローに何すんのよ!」
「外野は黙ってなさい」
「あたしは外野じゃないわよ!!」
「もう……うるさい!」
アリサの言葉をルイズが流すけど、そんなんで流されるアリサじゃない。
何だか似た2人だな……。
アリサの手がルイズの肩に触れると、ルイズが怒ったような声でアリサに怒鳴る。
「ああもう! 邪魔しないでったら!!」
そして僕の顔を両手で掴み、僕の唇にルイズの唇が重ねられる。
……キスされたのか!?
そう思った瞬間、ルイズはアリサによって僕から引き離された。
「ちょっと、誰に断ってあたしのタローにき、き、キスしてんのよ!」
アリサは真っ赤になって僕に抱きつきながらルイズに怒鳴る。
ルイズも顔を真っ赤にしながら、コルベールさんの方を向いて口を開く。
「終わりました」
「終わりましたじゃなーい!」
アリサの叫び声を放置して、コルベールさんは頷く。
「“サモン・サーヴァント”は何回も失敗したが、“コントラクト・サーバント”はきちんと出来たね」
その言葉に周りの人たちはまた騒ぎ始める。
そして笑いながら口を開く。
「相手がただの平民だから、“契約”できたんだよ」
「そいつが高位の幻獣だったら、“契約”なんて出来ないって」
その言葉を発した人たちをルイズは睨み付け言い返す。
「バカにしないで! 私だってたまにはうまくいくわよ!」
「本当にたまによね。ゼロのルイズ」
ドリルみたいな髪型の少女がそう言ってルイズを笑っている。
それよりゼロのルイズってなんだ?
いや、そんなことよりも急速に何とかしなければいけない事案がここに……。
「ミスタ・コルベール! “洪水”のモンモランシーが私を侮辱しました!」
「誰が“洪水”ですって! 私は“香水”のモンモランシーよ!」
「うるさい(ぼそ)」
ルイズとモンモランシーの言い合いに、アリサがポツリと呟くが、一向に2人は言い合いをやめない。
「あんた小さい頃、洪水みたいなオネショしてたって話じゃない。“洪水”の方がお似合いよ!」
「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせに何よ!」
「こらこら。貴族はお互いに尊重しあうものだ」
コルベールさんが2人を宥めているが、それと関係なくアリサが立ち上がりる。
アリサの周囲が歪められるほどの熱量を纏って……。
「うるさいって言ってるでしょー!!」
アリサを中心に火柱が立つ。
いや、僕も近くにいるんだけど……。
火柱が消えると背中に炎の翼を生やし、明らかに怒っているアリサがいた。
周りの人たちはアリサを見て「魔法?」とか「貴族だったの?」とか言ってるんだけど、コルベールさんだけは誰よりも早く我に返り、アリサの前に立ちふさがり杖を構えている。
緊急時にすぐさま対応できるって……軍人とか兵士かな?
いつもポヤポヤしている守護騎士達も、イザという時はこんな感じに反応するからねー。
「少し黙ってなさい」
アリサの一言により、僕達とコルベールさんの間に炎の壁が出来上がる。
しかも完全に向こうが見えないぐらいの厚く高い壁が……。
僕達側にいるルイズはその炎を見て驚き尻餅をついてしまっている。
「タロー、こっちを向きなさい!」
「はい」
こういう風になったアリサの言うことは聞いておくに限る。
学園都市でたっぷり学んだ事だ。
海鳴市の時には涙ぐむだけで、こんな迫力はなかったんだけどなー。
「これは、どういうことなの!」
「いや、僕も良くわからないんだけど……そこのルイズの使い魔にさせられたってぐらいなのかな?」
「使い魔にさせられたって……何か身体に変調はないの?」
「ん? 今、全身が焼けるように熱くて、左手の甲に何か刻まれてる感覚があるよ」
僕の言葉にアリサは驚き、僕の左手を握る。
そして座り込んで動けないルイズの方を見る。
「確かルイズって言ってたわよね。貴女、タローに何をしたのよ!」
アリサの言葉に合わせて周囲の炎も動く。
これ、脅してるんじゃないのかな……?
「え、あ、そ、その……」
「はっきり答えないさい! あたしのタローに何をしたの!!」
「そ、その平民と使い魔の契約をしたから、今は使い魔のルーンが刻まれているだけです……」
ルイズの言葉を聞き、アリサは再び僕の方を向く。
そして心配そうに僕の左手を擦る。
「タロー、大丈夫なの?」
「ん? 熱いのはもう治まったし、左手の甲には文字が刻まれたね」
「身体が大丈夫なら良いんだけど……」
一緒に文字を見るけど、さっぱり分からずお互いに首を傾げる。
「ルイズ、貴女はこの文字分からないのかしら?」
「わ、私?」
呼ばれたのでハイハイしながらこっちへルイズがやってきた。
これ、腰抜けてるんでしょ……。
そして僕の左手の文字を覗きこみ悩む。
「珍しいルーンね……。私は分からないけど、ミスタ・コルベールなら知っているかもしれないわ」
「それってさっきの教師っぽい人かしら?」
「はい、ここはかの高名なトリステイン魔法学院です」
ルイズはそう言って少しだけ落ち着いたようだけど、僕もアリサもそんな名前の学院は聞いたことがない。
アリサはふぅと息を1つ吐き出し、自分を落ち着かせる。
そして指を鳴らして全ての炎をかき消した。
「コルベールさん。申し訳ないけどこちらに来て、タローの手に刻まれたルーンを見てもらえるかしら?」
「は、はい」
アリサの言葉に警戒しつつもこちらへ歩いてくる。
そして僕の左手を見る。
「あ、先に行っておくけど、変なことしないようにね。この周辺の炎は全てあたしの制御下にあるから」
「え!?」
アリサの言葉にコルベールさんは驚き、慌てて杖を振るが何も起きない。
それを見てアリサはニッコリと笑う。
「分かってもらえたかしら? あたしとタローに危害を加えるというなら、容赦はしないわよ」
「は、はい」
コルベールさんは頷き、僕の手に刻まれたルーンを書き写しながらも、チラチラとアリサを見ている。
「なにかしら?」
「い、いえ……貴女はどちらの貴族なんでしょうか?」
「貴族?」
「え、えぇ。魔法を使えるのが貴族の証しです。そこまで強力な炎を使える者は、私は知りませんでしたので、どちらの高名な貴族かと気になりまして……」
その言葉に僕は首を傾げるけど、アリサは自信ありげに発育の良い胸を張って答える。
「貴方達の知らない国になるんでしょうね。あたし達もこの魔法学院を知らないぐらいだもの」
「え!? このトリステイン魔法学院を知らないと言うのですか? このハルケゲニアでも有名な長い歴史を誇る由緒正しい魔法学校ですよ!」
「えぇ、そのハルケゲニアと言う地名すら知らないわ」
「そんなバカな……」
アリサの言葉にコルベールさんは言葉を失う。
それにしても良くそんな事言える……って、アリサって元々お金持ちのお嬢様だったな。
要するに現代の貴族のようなものか。
そんな事を考えてる僕にアリサはウインク1つして、言葉を続ける。
「召喚の儀式を行ってるけど、どこから使い魔がやってくるとか知らないようね」
「た、確かに……」
「知らない土地に人間を召喚した。いえ、誘拐したということだけど、どう責任取るつもりかしら?」
「え、あ、う……」
アリサの交渉術と言うか、頭と口の回転の速さは凄いな。
僕はそんな事何も考えつかないや。
「とりあえず授業もあるようだから、それが終わって落ち着いてお話をしたいものです」
「は、はい。後ほど場を設けさせてもらいます」
「ありがとうございます。それでは続きをどうぞ」
アリサは笑顔でそう言うと、僕に抱きつき耳元で囁く。
「タローはこういうの苦手そうだから、あたしに任せておいてね。でも、代わりにあたしのことはしっかり守るのよ」
「うん、分かったよ。ずっとアリサを守るよ」
「もう……ばか」
そう言ってアリサは僕から離れる。
向こうではコルベールさんが他の生徒達に教室へ戻るよう指示を出している。
そして指示に従いコルベールさん以下生徒たちは空を飛んで建物方へ向かって行った。
「ここって、やっぱり魔法が普通の場所なんだね」
「まー、なのは達を見ているからそれほど驚かないけど、月が2つあるから完全に異世界ってのは感じるわね」
僕らの雑談の横でルイズは一生懸命立とうとしているが、案の定腰を抜かしており立ち上がれない。
そして空を飛んで行く他の生徒を見て悔しそうにしている。
「うぅ……使い魔をやっと召喚できたと思ったら、こんな平民だし……。そしたらなんだか凄いメイジまで出てくるし……。私はどうすれば良いのよ~」
僕達は顔を見合わせ、ルイズの側にしゃがみ込む。
視線が僕と合うと、ルイズは騒ぎ出す。
「あんた、何なのよ! なんで私の使い魔こんな冴えない生き物なのかしら……。もっと格好良かったら良かったのに」
ルイズの言葉を聞いてアリサがまたイラッとしている。
おかしいな……僕の前じゃこんなに怒らないんだけど……。
「ルイズ。貴女、タローを冴えない生き物とか、もっと格好良かったら良いとか言ったわよね」
「う……そ、そうよ。どうせ使い魔にするならドラゴンとかグリフォンとか……。せめてワシとかフクロウでも……」
「え、ドラゴンとかグリフォンが居るの?」
「タローは黙ってなさい」
「はい」
アリサの言葉に僕は思わず正座してしまった。
いつこんな癖が付いたんだっけかな……?