第5話 いただきます
水瓶を満タンにしたところ、シエスタが騒いでいる。
何がいけなかったんだろ……?
「なんでぇ、なんでぇ、騒がしいじゃねぇか」
驚いてるシエスタの声を聞いたのか、調理場の奥から40過ぎの太ったおっさんが出てきた。
服装からしてコックかな?
「マルトーさん!?」
「あ、騒がしくしてすいません。えっと、マルトーさん……で良いのかな?」
シエスタがそう呼ぶからには、きっとそうなんだろう。
「お、おう。俺はコック長のマルトーだ。おめぇさんは……召喚された平民の坊主か?」
「多分それで合ってます。名前は一之瀬太郎。タローって言います」
「おう、そうか。タローは貴族様に振り回されて大変だな」
ガッハッハと豪快に笑いながら僕の背中をバシバシ叩く。
なんか良い人っぽいな。
そんな事を思ってると僕のお腹が鳴るんだけど……そういえば昨日何も食べてなかったな。
「なんでぇ、タローは貴族様に何も食わせてもらってねーのか? 賄い飯で良ければ食わせてやるよ」
「良いの? 実はお腹ペコペコで……」
「構わねぇよ。ちっと待ってな」
そう言ってマルトーさんは厨房の奥へ入って行く。
しばらくしてスープとパンを持って来てくれる。
「ありがとうございます! それでは、いただきます」
両手を合わせ食事をしようとするが、何だかみんながこっちを見ている。
「あれ、なんだかおかしかったですか?」
「いえ、貴族の皆さんは始祖ブリミル様と、女王陛下に祈りを捧げるんですけど……」
シエスタがそう教えてくれるけど、ここの作法なんだろうね。
「僕はそんなモノよりも、食材となったモノと、調理してくれた人に祈るよ」
「じゃあ、“いただきます”ってのはなんでぇ?」
「えっと、食材となって失われた命に対する感謝の言葉かな? 僕も昔のことだから良く分からないけど、僕にこれを教えてくれた両親はそう言ってたよ」
マルトーさんは僕の言葉にキョトンとしたが、やがて豪快に笑い出す。
「成る程、成る程。そりゃ良いな」
そう言ってマルトーさんは厨房にいる他の若いコックや見習いに対して声を上げる。
「おう、お前たち! この使い魔の坊主……いや、タローが面白いことを教えてくれた。これから俺たちも飯を食う時は“いただきます”と言おうじゃねぇか!」
「へい、親方!」
厨房からみんなの勢いの良い返事が聞こえた。
貴族と違って堅苦しく無いね。
「私もこれからは、食事を摂る時に“いただきます”と言いますね」
シエスタもそう言って笑う。
「それじゃあ、貴族様の飯を出す前に俺達も飯にしちまおう」
「へい、親方!」
そう言って厨房は慌ただしく動き、みんなでスープとパンを用意する。
みんな料理を片手にだけど、マルトーさんの言葉を待っている。
「んじゃ、みんなで言おうぜ……いただきます!」
「いただきます」
厨房のみんなやシエスタは声を揃えて言い、それから食事を始める。
仕事の途中だから行儀は良くないが、それでもなんだか楽しそうに食べてるよ。
「何か、食材に感謝して食べるってのはイイもんだな」
「へい、親方!」
「こうやって絶妙の味付けをして料理を仕上げる。これは俺たちの魔法みたいなもんだ」
マルトーさんの言葉に僕は頷くと、それを見て嬉しそうな顔をみんながする。
「その俺たちの魔法は食材があってこそだ! その食材に感謝出来ねーヤツは料理人失格だ!」
「へい、親方!」
「だからタローが教えてくれた“いただきます”ってのは大事な作法だ。これからも忘れずに言わせて貰うぜ」
マルトーさんはそう言うとスープを一気に飲み干し、パンを咥えたまま調理場に戻って行く。
それを見てシエスタが微笑みながら僕に話しかける。
「マルトーさん、自分の言葉に照れているんですよ。でも、照れてまでそんな事を言うなんて、よっぽどタローさんの言葉が気に入ったんですね」
「そっか……そりゃ良いことをしたな。また、来れば食事をご馳走してくれるかな?」
シエスタの言葉に少しふざけて応えると、厨房からマルトーさんの威勢の良い返事が聞こえた。
何だ、聞いてたのか。
本当、いい人なんだなー。
食事をご馳走になった後、軽く運動をしてルイズの部屋に向かう。
正直、アリサの部屋を教えてもらってないんだよね。
だから知ってる場所に向かったんだが……。
「なんて言う格好で寝てるんだ?」
寝相で毛布はベッドから落ち、ネグリジェ姿のルイズがそこにいた。
とりあえず毛布を掛け直し、優しく揺すって起こす。
「ルイズー、朝だよー」
「はえ? そ、そう……」
ルイズは寝ぼけた顔で、あくびをしながら起き上がる。
折角掛けてあげた毛布がずれ落ちる。
「服」
そんな事を気にせずにルイズはそう言うから、とりあえず昨日着ていた制服を目の前に置く。
それを見てルイズはダルそうにネグリジェを脱ぎ始める。
いや、下着をつけてないんだから、ネグリジェを脱いだら裸なんじゃ……。
「下着」
僕がそっぽを向いていると、ルイズの声が聞こえた。
さて、そういうものはどこにあるんだろ?
アリサと一緒に住んでいた時は、クローゼットの一番下に入っていたな。
とりあえず開けてみると下着が沢山あったので、一番手前にある上下セットの物を取り出して、振り向かずにルイズの前に投げ渡す。
「服」
「さっき渡したやつじゃないの?」
「着せて」
ルイズがそんな事を言うので、つい口を挟む。
「一応恥じらいとか慎みってモノを持った方がいいと思うんだけど」
「使い魔に見られたって、何とも思わないわ。貴族は下僕がいる時は、自分で服なんて着ないのよ」
「まぁ、別に気にしないなら良いんだけど……」
そんなルイズの言葉に僕が諦めていると、部屋のドアがノックされる。
「ルイズ、起きてるかしら?」
「うん」
「それじゃ、入るわよ。昨日の夜からタローが……」
ノックしてルイズに返事を聞いてから入ってきたのは、当然アリサだった。
言葉を発しながらドアを開け、室内に入って一番最初に見たのは下着姿のルイズと僕。
「……見当たらないって言おうとしたんだけど、こんなところにいたのね」
「アリサおはよー」
「うん、おはようタロー。それで今の状況はどう言うことかしら?」
「えっと、何と言えば良いのか分からないけど……アリサは今日の服も素敵だよ」
「う、うん……あ、ありがと……」
そう言ってアリサは照れつつ、スカートの裾を弄る。
しかし、ハッと我に返り、僕の方に詰め寄ってくる。
「そ、そんなことはどうでもイイのよ。そりゃ、タローに褒められたら嬉しくないわけないけど……。今回は状況を説明なさい!」
「んー、ルイズ曰く……」
そう言ってルイズに言われたことを伝える。
アリサはそれを大人しく聞いて……はおらず、アリサの周りは気温が変化し、大気の揺らぎが普通に見える。
全部聞き終えると少し落ち着いたのか、深く息を吐く。
それで大気の揺らぎが納まったから、これで部屋が燃え尽きることはないだろう。
「ルイズ……ここに座りなさい」
「え?」
「ここに正座」
ユックリとした口調なだけに、威圧感が強く、ルイズも慌てて座るが正座が分かっていない。
僕の方をチラチラと見るので、仕方がなくルイズの隣で正座をすると、ルイズはそれを見て同じ様に座る。
痛みで顔が歪んでいるが、初めて正座するとそうなるよね。
「あのね、タローはルイズの使い魔だけど、下僕じゃなくて友達なのよ」
「で、でも、平民でしょ」
「メイジと平民……なにか違いがあるのかしら?」
「ま、魔法が使えるわ。そしてメイジは貴族よ!」
ルイズの言葉にアリサはため息をつく。
「じゃあ、ルイズが魔法を使えなければ平民なの? タローと違ってあたしは色々と聞いているのよ」
「う、うん……」
「貴族だろうが平民だろうが王族だろうが同じ人間なのよ。ルイズは平民を下僕と言ってる訳だけど、魔法が使えない人は全てメイジの下僕で良いわけね」
「え、えっと……」
「その辺をもう少し良く考えてみなさい。ルイズは頭の回転が速いんだから、一歩違う視点から周りを見れば、色々と違うものも見えてくるはずよ」
アリサの言葉にルイズは頷く。
とりあえず落ち着いたようだけど、僕はいつまで正座してればいいのかなー?