第8話 ギーシュ
「タロー、ルイズと調べ物があるから、先にテラスで紅茶とケーキを頼んでおいてね」
「うん、分かった。でも、種類とか分からないから、お任せにしておくよ」
「大丈夫よ。私達がタローにそこまで求めるわけないじゃない。行きましょアリサ」
あれから数日、授業を受けたり、使い魔たちと仲良くしたり、トレーニングをして過ごす日々が続いた。
相変わらずルイズは“ゼロ”のルイズと遠くからバカにされていて、直接からかいに来るのはキュルケぐらいだ。
そんな2人を見て「意外と仲の良い事だなー」なんて、アリサと話をしたんだよね。
あの爆発した授業から、アリサは図書館で色々と調べ物をしていて、それにルイズが付き合うといったものが日課になりつつある。
それと僕に対して妙な視線を感じたりするんだけど、果たして何なのかな?
「やぁ、シエスタ。こんにちは」
「あ、タローさん、こんにちはです」
大きな銀のトレイにデザートのケーキを載せて、生徒たちが待つテーブルに運んでいるシエスタがいた。
「大変そうだけど手伝おうか?」
「い、いえ。タローさんには毎日色々と手伝って貰っていますから……」
そう言ってシエスタは遠慮する。
毎日手伝ってると言っても、水瓶に水を溜めたり、荷物を持ったりぐらいしかやってないんだけどね。
ちょうど朝のトレーニングの時間に手伝えるから、意外と効率的なんだよ。
「まぁ、運ぶぐらいしか僕は手伝えないけどさ。手伝う代わりに、アリサとルイズが来たら紅茶とケーキを用意してくれると嬉しいんだけど……」
「もう……分かりました。そういう事なら、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」
「うん」
僕の言葉にシエスタは微笑んで、手伝う許可をしてくれた。
ただテーブルで待ってるのも暇だし、使い魔が1人で居ると嫌な事を言われたりしてアリサ達に迷惑がかかるかも知れないからなー。
そして僕がケーキを運び、シエスタがそこからケーキを配って行く。
そんな作業をしていると、金髪の巻き髪にフリルの付いたシャツを着た男に対して、その周りの友人達が口々に冷やかしている。
「なあ、ギーシュ! お前、今は誰と付き合ってるんだよ!」
「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」
ギーシュと呼ばれた金髪の男は、手に持っていた薔薇を自分の胸ポケットに挿し、すっと唇の前に指を立てた。
「つきあう? 僕にそのような特定の女性はいないんだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
キザというか変な人だな。
なんとなく遊に似てるけど、あっちはもう少しだったな。
次元野球に関してはかなり真面目だし……。
そんな事を思ってるとギーシュのポケットから小瓶が落ちた。
僕だけではなく、シエスタも気が付いたようで、大量のケーキを載せているトレイを持った僕よりも早くそれを拾い上げる。
「貴族様、小瓶が落ちましたよ」
シエスタの言葉にギーシュは振り向かない。
その反応に困りオロオロとシエスタはし始めると、ギーシュの友人たちがその小瓶に気がついた。
「おお? その香水はもしやモンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のために調合している香水だぞ!」
「そいつをギーシュが落としたってことは……つまりお前は今、モンモランシーと付き合っている。そうだな?」
「違う。良いかい? 彼女の名誉のために言っておくが……」
囃し立てる友人たちに対し、ギーシュが否定の言葉を口にした。
そしてその理由を説明しようとした時、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かって歩いてきた。
茶色のマントって1年生だったよね。
「ギーシュさま……」
栗色の髪をした少女はボロボロと泣き始める。
「やはり、ミス・モンモランシーと……」
「彼らは誤解をしているんだ、ケティ! いいかい、僕の心の中に住んでいるのは君だけ……」
ギーシュが良い終わる前に、ケティと呼ばれた栗色の髪の少女は思い切りギーシュをビンタした。
「その香水が貴方のポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ! さようなら!」
そう言ってケティは立ち去り、ギーシュは頬をさすっている。
まぁ、自業自得というか……痛そうだね。
そう思っていると少し離れた席からモンモランシーが立ち上がった。
そしてギーシュの正面に怒った顔でやってきた。
「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」
ギーシュは冷静な態度を取っているように見せかけているけど、冷や汗をダラダラかいている。
「やっぱり、あの一年生に手を出していたのね?」
「お願いだよ。“香水”のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りで歪めないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」
ギーシュの言葉を無視してモンモランシーはテーブルに置かれたワインの瓶を掴むと、ギーシュの頭から中身をかけた。
「嘘つき!」
そう怒鳴ってモンモランシーは去って行き、辺りには妙な沈黙が流れた。
しかしギーシュはハンカチを取り出して、ゆっくりと顔を拭いた。
そして首を振りながら芝居がかかった仕草で喋り始める。
「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
そして自分が招いてしまった状況にオロオロしているシエスタの腕をギーシュがつかむ。
「君の軽率な行動で二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだい?」
ギーシュはそう言いつつ、椅子の上で身体を回転させ、オーバーアクションで足を組んだ。
シエスタは泣きそうな顔になっているし……。
とりあえず僕はケーキを置き、シエスタのもとに近付く。
「迂闊なのは君の行動だったんじゃないかな?」
「な!?」
僕の言葉に驚いている間に、シエスタの腕からギーシュの手を
シエスタは解かれた腕を見ると、直ぐに僕の後ろに隠れた。
「あまり僕が言うことじゃ無いと思うんだけど……二股は気を付けなよ」
僕の言葉にギーシュの友人たちが笑い出す。
「そのとおりだギーシュ! お前が悪い!」
「いいかい、給仕君。そこの平民が瓶を差し出した時に僕は知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があっても良いだろう?」
友人の冷やかした言葉に顔を赤くしながらギーシュは言う。
いや、それ無理なんじゃないかな……?
「あぁ、君は“ゼロ”のルイズが呼び出した平民か。平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」
この世界の貴族って随分と偏った考えと性格をしているんだな。
ルイズはアレで良い方なんだね。
とりあえずシエスタの手を引き、そこから去ろうとすると、ギーシュが声をかけてくる。
「そこの下賎な使い魔は去って良いと言ったが、そこの平民はダメだ。ここで土下座して許しを乞えたまえ。そこから僕が処分を考えよう」
その言葉にシエスタは涙を流し震えはじめた。
……あまり怒らない僕も、たまには怒っても良いのかな?
ギーシュからシエスタを隠すように僕が前に出る。
「ギーシュ。今の君は間違っているよ。訂正してくれないか?」
「な!? ……貴族を平民ごときが呼び捨てにして良いと思っているのか!」
「貴族も平民も、主も使い魔もない。間違ったことをすれば誰でも怒られる。それはあたり前のことだよ」
僕の言葉にギーシュは怒りをあらわにして立ち上がる。
「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。決闘だ!」
「頭が良くない僕でも、君のやっていることは礼儀に反していると分かるよ。僕で良ければ受けて立つさ」
僕の言葉にギーシュはマントを
「貴族の食卓を平民の血で汚す訳にはいかない。ヴェストリの広場で待ってるから、すぐに来たまえ」
そしてギーシュの友人たちや、近くに居た他の生徒達もワクワクとした表情で、ギーシュの後を追って行く。
うーん、決闘とかってシグナムの「模擬戦だ!」とか、美琴さんの「勝負よ!」と同じ匂いしかしないんだけど、多分そうだよね。
あれは毎回僕以外の担当者がいたんだけど、ここは僕が担当なんだろうな。
ポリポリと頭を掻いていると、シエスタが泣きながら僕を見ている。
「貴族を本気で怒らせたら、貴方殺されちゃうわ……」
「んー、僕はもう一度死ぬ気はないから平気だよ」
「で、でも……平民はメイジに敵わないのよ……」
シエスタは恐怖からか体を震わせ泣いているので、僕は優しく抱きしめ、落ち着くまで背中をポンポンと叩いてあげる。
さて、自分が撒いた種だけど、少しだけ面倒な事になってきたな~。
アリサとルイズにバレたら怒られそうだし……。